第三話 イカロスの子ら B
隼人が皆を連れて来たのは、昼は食堂、夜は居酒屋となる“甚兵衛”という名前の店。由来はこの雁の巣の先にある志賀島から出土したという金印を発見(あるいは奉行所に提出)したとされる人物の名に由来したものだという。
高校生であればメニュー的にも価格的にもファミリーレストランを使うのが常道なのだが、この近所のファミレスは平日夜でも人が多い上に学校関係者の出入りが激しいので、落ち着かないからとほとんど使っていないという。
「いらっしゃい」
一行が入店すると、中年の女将さんが優しく声を掛けてくれる。
「紀代美さん、夕食五人前お願いします!」
席に着く前に親しげに注文する隼人。単に常連という以上の慣れ親しみがあるようだ。
「あら、今日は新しい子を連れて来たの?」
「うん。今日から正式に入部してくれたんだ」
「辰星紗菜といいます!」
丁寧に一礼する紗菜。すると江夏は目を細めて微笑んでくれた。
「礼儀正しくて素直な子だね」
隼人が向ったのは奥の個室。掘りごたつ型なので楽に脚を伸ばすことができる。
「ここって……」
紗菜が壁の上方に飾られていた数多くの写真に気が付いた。それは飛行機と、それと一緒に写る高校生らしい少年少女たちだった。
「紀代美さんは雁の巣のOBなの」
純が教えてくれたところで、紀代美が人数分の麦茶を持って来てくれた。
「そうよ。もう二十五年前になるかしら……」
彼女は雁の巣高校の二十五年前の卒業生で、当時はまだ存在していた操縦課の生徒だった。そして航空戦競技でも活躍していたというのだ。
「ま、それはいいからもう少し待ってなさい」
『はい』
それから十分ほどすると、全員分の夕食が出てきた。
この日の献立はブリの刺身と野菜の煮付けが共通で、隼人と鉄也は男だからと鳥のから揚げとどんぶり一杯のご飯が出てきた。価格はファミレスのセットメニューより安く、かつご飯は食べ放題なので隼人と鉄也はここを頻繁に利用していたのだ。
『いただきます!』
ブリは眼前の玄界灘で獲れる新鮮なもの。安くて量も多く何より美味である。
「あの……、隼人くん」
「ああ、さっきの話な」
紗菜の反応を見て、隼人はあっけらかんと答えた。
「オレが行ってた学校で色々あって団体総合から撤退することになったんだ。だったら居る意味無いから転校する事にしたんだよ。んで純に誘われてこっちに来たってわけ」
「!!」
隼人がかつて在籍していた秋津洲航空高等学校は、自走可能な巨大メガフロートを校舎とした航空学校で、航空戦競技で何度も全国大会を制覇してきた名門校だった。
隼人は戦闘機乗りとして小学生の頃から頭角を現していて、中学時代は空中戦競技で全国大会に三年連続で出場を果たし、特に三年生の時は決勝に進んで優勝を争うほど。その実績から名門校への推薦入学を果たしていたのだが……。
「去年の夏の全国大会、準決勝でさ、トラブルがあったんだよ」
「とら……ぶる」
「相手の襲撃を警戒して見回ってたらところで偶然、溺れている子を見つけたんだよ」
隼人は試合空域のとある池で、溺れていた子供を試合中に発見したというのだ。
「当然通報したよ。だけど場所がさ、人気の少ない池だったから救助には結構時間が掛かるってわかったんだ。だから付近の広場に着陸して救助しに行ったんだけど……」
その顛末を聞いて、紗菜は動揺していた。
(私と同じだ……)
「それでどうなったんですか?!」
思わず身を乗り出して尋ねる紗菜。その剣幕に一同は少し驚いたが、隼人はすぐに元の様子に戻って話を続けた。
「その子は無事に救助したよ。だけど俺が警戒網に穴あけちまったから、そこから相手チームの進入を許してしまってチームは敗退」
隼人の行動は反省会で問題になった。通報した時点で義務は果たしたのだから、試合に集中すべきだったというのだ。
「庇ってくれた人も居たけど、まあ大半の先輩たちから避難轟々。ついでに戦闘機系と爆撃機系で元々仲悪かったのがさ、この事件で致命的になってしまってさ……」
戦闘機系のメンバーは隼人を庇ってくれたのだが、爆撃機系はほぼ全員が糾弾に回ったという。
近年は個別競技に専念したい選手が増えている中で起こったこのトラブルは、気が付くと戦闘機系と爆撃機系の選手間での紛争に発展。部長も顧問も抑えきれなくなってしまい、とうとう総合競技からの撤退せざるを得なくなってしまったというのだ。
「オレは総合競技できるからあの学校に行ったのにできなくなってしまったし、オレが火を付けたのも事実だからな。だから責任取って退部と、ついでに転校することにしたんだ」
助けた子とその親からの感謝の言葉と地元消防からの感謝状と引き換えに、隼人は名門校を出て、航空戦競技そのものを何年もやっていないこの雁の巣に転校してきたというのだ。




