第二話 若雁たちの集い G
大刀洗航空高校は大刀洗陸軍飛行場を前身に持つ学校である。この学校は完成当時東洋最大と謳われた航空基地を前身にしたと言うこともあり、今日でも敷地面積も所有機数も生徒数も九州最大にして西日本でも屈指の規模を誇っている。
そして歴史と生徒数に恥じぬ強豪校としても全国に名を馳せており、殆どの競技で全国大会上位の常連にして、全国一位の栄冠を手にすることも珍しいことではなかった。
しかし団体総合競技からは十年前を最後に手を引いてしまったので、現状は団体総合出場を目指す雁ノ巣とは別に敵対しているというわけではない。ただ、隼人は相手の隊長とは知り合いらしく、会話に時々笑いが入っていた。
「おーいみんな!大刀洗の飛燕隊が“お手本”を見せてくれるんだとさ!」
彼らはV字編隊を維持したまま雁の巣の団子状の編隊の横を通り越すと、真横に編隊を傾け、さらに流れるようにぐるりと回って飛び去っていった。
「すっごーい!」
「かっこいい!!」
相手に黄色い声援は届くわけはないのだが、並走した際に相手のパイロットたちの大半が大きく手を振るか、手でポーズを決めて雁の巣の女子たちに懸命にアピールしていた。
『みんな気をつけろ!戦闘機乗りの男ってのはな、空を飛ぶ事と女の子と遊ぶのが同じくらい大好きな連中ばっかりだからな!』
隼人の言葉に皆が大笑いする。実のところ空よりも女の子という者が大半だとか、競技での撃墜数より口説き落とした女の子の“撃墜数”をこそ競って誇るような連中ばかりというのが実態なのだが、あえてそこまでは言わないのが隼人であった。
「でもやっぱり、動きながら綺麗な隊列が組めるのは腕がいい証拠です」
自分の過去を振り返ってしみじみと紗菜は言う。その時彼女の脳裏には、疾走しながらも指揮官の腕の振り方一つで整然とフォーメーションを切り替える騎馬隊の姿があった。
「競技に出られるかは置いといても、やっぱり編隊飛行は憧れるかも!」
そこへ隼人の下に再度通信が。
「鉄也、菊池たちからツーオンツーで一戦やらないかって来たけどどうする?」
「任せる」
「よし。だったら受けて立とう」
かくして雁の巣と大刀洗の戦闘機同士の空戦が行われる事になった。
先ほども述べた通り、大刀洗は個別競技が盛んでどの種目でも全国大会出場はもちろん、上位入賞は珍しくないほどの猛者ばかりである。今回試合を行うのは隊長の菊池と、その相棒の二名。菊池選手は昨年の戦闘機の二対二部門で別の選手と組んで全国大会まで出場した腕前である。
対する雁ノ巣だが、隼人と鉄也は二年前の中学生部門で全国大会決勝まで勝ち進んだコンビだった。高校に進んでからは隼人は理由あって出場していなかったが、雁ノ巣に進学していた鉄也は純と二人で出場し、全国大会三回戦まで進んだ腕であった。
他の部活からの参加組は初心者ばかりだが、戦闘機を駆る隼人、鉄也、純は全国級の腕を持っており、尚江も昨年中学生部門で上位入賞を果たしている。そのため現状でも出場校の少ない団体総合に限ってみれば、雁ノ巣は十分太刀打ちできるのだ。
そのため大刀洗の飛燕隊も二人を決して侮ってはいなかったし、見守る誰もが激闘になるのを予感していたのだ。
「お兄ちゃんたちー!負けたら罰ゲーム!!」
尚江の激励に不敵な笑みを浮かべる隼人。鉄也は全く表情を変えない。
試合形式は二対二で、制限時間は二十分。野試合なので互いに撃墜数はカウントされないが、勝敗の結果は噂となって広まるので気を抜くわけにはいかない。
「一度双方が15km取って、それからだ」
最大速度で互いに距離を取ると大きく旋回。互いに小さな雲にまぎれて姿を消すと、本格的に勝負が始まる。
零戦も隼も飛燕も競技に用いられて半世紀以上。その間に競技に使用できる機体の特性と、磨かれた技術はあまねく知られており、高校生の時点でほぼ全ての技術は教えられていた。
空戦は先に相手を発見して奇襲を仕掛けた側が圧倒的に優位に立てるが、戦闘機同士の空中戦の試合の場合、よほどの雲海が広がっているか積乱雲が出現していない限りは奇襲ができない。そのため最初から互いを視認した上での空中戦になるのだ。
故に日本国内での戦闘機の試合では零戦や隼などの旋回性能が高く格闘戦に強い機体が好まれるが、それは愛国的な感情以上に双方が視認した状況から空中戦を行うことが多いのが理由であった。
「来たぞ」
今回は互いに相手の姿が視認できる状況での勝負となる。だからこそ僅かな気の緩みが命取りになるのだ。
「まずは居合いだな」
「ああ」
砂つぶにも満たない大きさの相手が急速に迫り、双方が高速で擦れ違って機銃を発射。
「何か光った!」
双方の銃口からストロボの連続光のような光が昼間にもハッキリ見える。本番の試合では実弾が使われるが、通常の練習試合では実弾は使われずに光線銃で命中及び撃墜判定が自動的に出るようになっているのだ。
光線銃は機銃の種類に応じて弾数と軌道が設定されており、機体の挙動だけでなく高度や風速も計算されて判定が出されるので、単純にロックオンするだけでは勝敗は決しない。被弾箇所や被弾した弾数が規程を超えてから判定が出されるのだ。
双方互いに熟練していただけあって、共に撃墜判定が出ずに最初の激突は終了。だがここからが本番だ。