第二話 若雁たちの集い F
鉄也の零戦が最初に離陸したが、その間にも各機も離陸の準備を進めていた。
園芸部の九九式双発軽爆撃機も、整備科だけでなく紗菜でもできることを極力手伝った甲斐もあって、すでに移動とエンジンを始動させ暖気運転に移行済みである。
「それじゃあ全員搭乗するお!」
紗菜も昨日と同じように機首の機銃席に向うが、その前に部長のボタンが呼び止めた。
「そこへの乗り方だけど、これがかっこいい乗り方なんだお!」
そういってボタンは、機首下の乗り込み口から逆上がりの要領で足からするりと乗り込んで見せた。
「これが素早く乗り込めて、なおかつとってもかっこいい方法んだお!」
逆さに顔を出して自信満々なボタンだが……。
「でも初心者は普通に踏み台使った方がいいよ。常識的に考えて……」
しかし部員のカエデは至って冷静に諭す。
「ですよね……」
ということで紗菜は今回も普通に踏み台を使って乗り込んだのだった。
ほどなく機内全員が配置についた。
「みんな!しっかりベルトは締めたかお?!」
『はい!』
「全員ベルト固定確認、と」
園芸部だけでなく初心者たちが乗る機体にはタブレット式のマニュアルを常備しており、都度必要な確認と操作手順を丁寧に指示できるようになっていた。これも本番の試合では使用不可だが、初心者の練習ならば問題にはならない。
「それじゃあ園芸部のリリーちゃん発進だお!」
プロペラの回転速度を上げて滑走路を疾走するリリー。やがて浮力を得て機体はふわりと宙を舞った。
「ふわぁぁ!やっぱりすごい!」
機首からは周囲を全て視認できるので、紗菜は今回も離陸する光景を全て目にすることができた。
「よっし!さすがに上達したんだお!」
機体を上空に上げると、他の機体を待つために零戦の後を追いかけて少し離れた湾内を旋回。
「あれ?」
「どうしたの?」
紗菜は学校の海側であるものを見つけていた。
「海の方から凄く早く走ってる船が……」
それを聞いたボタンが紗菜に教える。
「それはボート部だお!」
「え?」
しばらく見ていると、水上を滑走していた二本の航跡を引いていた船は空に舞い上がった。確かにそれは飛行機だったのだ。
「ボート部の飛行機は水上機っていう水の上から発進する飛行機なんですよ」
その機体について教えてくれたのはカトレア。ボート部の機体は零式水上偵察機という機体である。雁の巣は滑走路から離陸する通常の航空機だけでなく、海に面していることから水上機も伝統的に保有していた。
なお大半の航空戦競技をおこなう学校は陸上機のみが大半で水上機を保有している学校は極僅かなのだという。
最後に隼人の一式戦が離陸すると一同は速度を合わせて合流する。
『よし、みんな、今日は陸の上を飛ぶぞ』
この日は隣県の佐賀にある天山に向う事になっていた。天文部が使っている天山は、まさにこの山から取られた名前である。
糸島半島から南南西に進路を取り目的地に向う。
「みんな機種が違うから大変だろうけど、速度を合わせて編隊を維持するんだ!」
隼人はこまめに僚機の状況を確認しながら指示を出している。
「一〇〇式はもう少し速度を落として。天山は高度を安定させて。双爆は現状維持だ」
雁の巣の学校なので雁らしくV字の編隊飛行を行おうと訓練しているが、先頭の戦闘機四機以外は初心者ばかりなのでなかなか上手く編隊が組めずにいた。
「下が陸地だから、そんなに迷子にならないでいいんだお!」
「やっぱりそうですよね……」
初心者ばかりなので訓練飛行は陸地の上か陸伝いに飛んでいた。洋上飛行は目標物が無いので自機の位置や進行方向が分からなくなって迷子になりやすいので、練習時にはGPSを併用しながら飛行するのだが、今回は基本は見ないで飛行していた。
ほどなく一行は目的地の天山上空に。天山は標高約千メートルの山で、佐賀県のほぼ中央部に位置している。冬場は人工雪のスキー場が開かれる北部九州でも珍しい場所である。
紗菜は眼下の絶景を吸い込まれるように眺め続けていたが、ふと東側から接近してくる何かを見つけた。
「あれは?」
紗菜はふと空の向こうを眺めると、何か白い点が見えた。他のメンバーは全く見えないというが彼女の目にはハッキリと見える。
「隼人くん!何か来てるよね?!」
「ああ。オレも今さっき見つけた!」
迫ってくるのは見事にV字編隊を組んだ単発機の一群。隼人たちはすぐに機種まで特定できたようだ。
「三式戦で統一していて、方向も東からか」
「お兄ちゃん、あれ大刀洗だよね?」
「ああ。多分大刀洗の菊池たちだな」
隼人は通信端末を起動させて付近を飛行している航空機の情報を確認する。競技では使用できないが、通常の訓練飛行なら全く問題はない。
「尚江、ビンゴだ。ちょっと連絡してみるよ」
隼人は端末で相手と会話を始めた。