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第二話 若雁たちの集い E

「前離れ!スイッチオフ!エナーシャ回せ!」


 エンジンのメインスイッチを“断”に入れると、鉄也は整備員に大声で指示する。日頃殆ど無口な西沢鉄也だが、機体の始動の時は特に意識して日頃出さないほどの大声を出すのだ。


 零戦や隼、九九式双軽爆のエンジン“栄”は、エナーシャ・スターター(プロペラ慣性動力機)を使用しているので、地上整備員がエナーシャ・ハンドルをカウリングの下にあるダイナミック・ダンパーを回す取り付け口に挿入して回転させることで始動するのだ。


 二人掛かりでハンドルが回され、エナーシャが1万5千の最高回転に達したのを確認。


「コンタークト!」


 声を上げ、メインスイッチを入れて、エナーシャとエンジン軸を直結させるため座席右前方の引き手を引き、プロペラが回り出すと左手をスロットルレバーに移動させて慎重にスロットルを解放。プラグが発火してからエンジンが始動するので、シリンダー温度の過熱防止のためにカウルフラップを全開にしておく。


 この時、事前に確認したとおり機体は主脚に車輪止めを噛ませているので前には進まないので、尾部が上がってしまって前方が下がり、プロペラが地面を叩く恐れが生じてしまう。

 そのためパイロットは操縦桿を一杯に引いて昇降舵を使って尾部を押さえつけて前のめりを防ぐ。しかし両手はこの間に動力計器の確認を行わねばならないので握りっぱなしにはできないので、操縦桿を足で挟んで固定し、手を使えるようにしておくのだ。


 計器確認は吸入圧力計、シリンダー温度計、排気温度計、油圧計、燃料圧力計など多数の機器を約二秒で行わねばならない。鉄也は小学生の頃から零戦に搭乗していたので機器のチェック項目は完全にマスターしていた。

 合わせて瞬時に発電機の確認も行う。零戦の場合は左右二つの発電機が装備されている。試運転の際はブーストをゼロ、回転数二〇〇〇回転の位置にしてスイッチを左右両方と切り替えて、ズレが五〇回転以内に収まっているか確認する。


 そして無線機がきちんと作動し会話ができるかも確認するのを忘れない。通信に関する装置は安全にも直結するので当時品やその複製品ではなく、協会が指定している無線機の搭載が義務付けられていた。

 協会指定の無線機は定期的に見直しされていることもあり、当時品とは比べ物にならないほど高性能にして安定しながら、はるかに軽量化と省電力化がなされていた。


 そして飛行そのものには直接関係ないが、戦闘機にとっては必須の装備である射爆照準器のランプを点灯させて球切れの確認を行う。


 かつては電球式だったのだが、現代はLEDに変更されたため競技中の球切れの危険は随分低下しているが、それでも万一切れていた場合は射撃の照準ができなくなってしまうので今でも確認は必須なのだ。


 さらに増槽(追加燃料タンク)から燃料が来るかを確認するため燃料コックを増槽に切り替えて、試運転時の燃料はこちらから供給するようにする。


 なお離陸前には燃料コックはメインタンクに切り替えるのだが、これは離陸時の振動で吸い上げが不良になったり落下の危険が懸念されるためである。


 そしてプロペラのピッチを離陸時は低ピッチに固定。離陸と上昇には最大馬力を要するのでそれを容易にするためだ。

 なお通常は10分~20分ほど暖気運転を行う。これを行わずに急に発進すると、エンジンが止まってしまうからである。


 これら全ての準備が終わるとチョーク(車輪止め)払えの合図を地上整備員に送って機体を進ませて離陸位置に向かう。


「……、よし」


 滑走位置に到着すると、滑走路グラウンドに他の生徒や危険な物が無いか、風速そのほかに問題ないかが確認され、問題なければ離陸が許可される。


「おい、零戦が離陸するぞ!」


「あれって西沢先輩のだよね!」


 エンジン始動の爆音を聞きつけて滑走路の周囲に続々と下校しようとしていた生徒たち、特に入学してから日が無く飛行機を見慣れていない一年生を中心に集まっていた。


「西沢鉄也、零戦1号機、離陸する!」


 鉄也はゴーグルを装着して風防を全開にしたまま滑走を開始する。地上滑走の際は風防を全開にして座席を最大に上げて視界を確保する必要があるからだ。

 あわせてエンジンはスローから全開に切り替えを行うが、プラグに汚れがついている可能性が高いので、先に吸入圧力計を最高出力に上げて一度吹かして調子を確認してから全開にする。


 こうして機体を滑走させるのだが、離陸時の滑走中はプロペラ機の特性でどうしても機体が左に向かおうとするので、方向舵を操作して右に向けることで直進させる、いわゆる当て舵を行わねばならない。


 続けてエンジンを全開にしつつ、向かい風の今日は操縦桿を前方に倒して昇降舵を下げて尾部を浮き上がらせて機体を水平にする。なお追い風の場合は逆の操作を行う。

 零戦の場合、約時速100キロとされる失速速度以上になる少々前から徐々に操縦桿を戻し、機体が浮く瞬間にやや上げ舵に。


『おおー』


 こうして零戦はグラウンドから大空に華麗に舞い上がる。その光景をまだ見慣れていない生徒たちは感嘆の声を漏らしていた。


 離陸した零戦はそのまま上昇して高度100mで主脚を収納する。両脚が完全に収納されると表示板が青から赤になり、両翼上面の赤青の脚位置指示板が翼上面にまで沈み込む。脚の収納がこうして確認できたら脚把柄を中正に戻す。

 なお鉄也の場合は機体に取り付けた小型カメラからの映像で収納を確認している。なお偵察用に高精度のカメラを装備する事はルールに反するが、主脚の収納などを確認する為等の安全に直結するための装置の装備はルール違反ではない。


 脚の収納が終わると座席を照準器と目の高さが合う位置に下げ、風防を閉じる。それから燃料コックを増槽に切り替え、巡航高度の三千メートルまで上昇して他の機体が離陸してくるのを待つ。

 零戦は航続距離が大型爆撃機に匹敵するほど長大なので、他の機体が離陸するのに時間が掛かってもあまり気にせず上空待機が可能なのだ。

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