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オヤシロ迷子センター

作者: 黒宮杳騏

真夜中の事です。


あやのちゃんが偶然目を覚ますと、一緒に寝ていた筈のお父さんとお母さんがいません。

「おとうさん?おかあさん?どこ?」

眠たい目をこすりながら体を起こすと、

「はやくこっちにおいで!クマが目覚めてしまう前に!」

という声がどこからか聞こえてきました。

あやのちゃんがきょろきょろとまわりを見渡すと、どうやらここは洞窟の中のようです。

その上、なんとあやのちゃんはクマさんのお腹の上にいるではありませんか。

「クマを起こさないように、そっと、そっとおりておいで!いいかい、そっとだよ!」

あやのちゃんはどこからか聞こえてくる声に言われるまま、クマさんのお腹からゆっくりゆっくり、そっとおりました。

「こっち、こっちだよ」

ほの暗い洞窟の中でじっと目を凝らすと、洞窟の入り口に小さな影が見えました。

どうやら手招きをしているようです。

あやのちゃんはクマさんを起こしてしまわないよう、そぉっと、そぉっと、足音を立てずに洞窟の入り口へ歩いて行きました。


そこにいたのは、金色の毛並みの綺麗なキツネさんでした。

「あいつ、普段は優しいんだけど、寝ているところを邪魔されるのが一番嫌いだからさ。とにかく君が無事でよかったよ」

そう言うと、キツネさんはピンと伸びたヒゲを前足で数回、丁寧になでました。

「ところで、君はなんであんな場所で寝ていたんだい?」

あやのちゃんは困ってしまいました。

自分でも、どうしてクマさんのお腹の上で寝ていたのか分からなかったからです。

「わからない・・・おとうさんとおかあさんと、いっしょにねてたはずなんだけど、きがついたらここにいたの」

あやのちゃんの話を聞いたキツネさんは、目を細めて「うんうん」と数回頷くと、ふさふさの尻尾を大きく揺らしてから言いました。

「じゃあ、やっぱり君も『夢の迷子』ってことだね」

「『ゆめのまいご』?ゆめのなかでもまいごになるの?」

「なるさ、今の君みたいにね。さあ、とりあえずここから離れようか。話し声でクマを起こすとまずいから」

ついておいで、とキツネさんはくるりと尻尾をひるがえして歩き出しました。


細い夜道は月明かりで白く浮かび上がり、あやのちゃんの先を行くキツネさんの尻尾もゆらゆらと揺れて、何だか楽しそうです。

「きつねさん、どこへいくの?」

あやのちゃんが前を歩くキツネさんに質問すると、キツネさんは振り向かないまま答えました。

「オヤシロだよ。迷子になった子供は、必ずみんなそこへ行くんだ」

「わたしだけがまいごじゃないの?」

「どうかな?今晩は君しか見ていないよ」

そう言うと、キツネさんは一瞬立ち止まって月を見上げました。

「まあ、他のやつらが見つけているかも知れないけどね」

「ほかのやつら?」

「そう。迷子を探し出してオヤシロに連れて行くのが仕事の、他のキツネ達」

どうやら目の前のキツネさんと同じく、あやのちゃんのような迷子を集めているキツネさんが他にもいると言うのです。

「そんなにたくさんまいごがいるの?」

あやのちゃんはびっくりして聞き返しました。

「日によるけど、元々この辺はそんなに多くはないんだ。オヤシロがそんなに大きくないからね」

「ねえきつねさん、『おやしろ』ってなぁに?」

さっきからキツネさんが何度も言っている『オヤシロ』が一体何なのか気になっていたあやのちゃんは、思い切って聞いてみました。

「いわゆる迷子センターだよ。迷子になった子供を保護して、一緒に帰る場所を探してあげるんだ」

本当はオヤシロの事は秘密にしなくちゃいけない大事な事で、もしかしたら教えてくれないんじゃないかと思っていたあやのちゃんは、キツネさんがあっさりと教えてくれた事に驚きつつも嬉しくなりました。

「おしえてくれてありがとう、きつねさん」

「どういたしまして。さぁ、もうすぐオヤシロにつくよ」

キツネさんが前を指すと、大きくて赤い鳥居が見えてきました。

「あれが『おやしろ』?」

「そうだよ、これから君が行かなきゃいけない場所」

「あそこにいけばおとうさんとおかあさんにあえるの?」

「行けばすぐに会える訳じゃないよ、帰り道を探すんだ」

「かえりみちをさがすの?」

てっきりオヤシロに行けばお父さんとお母さんに会えると思っていたあやのちゃんは、ちょっとだけがっかりしてしまいました。

急に元気が無くなってしまったあやのちゃんを見て、キツネさんはできるだけ優しく付け加えます。

「心配しなくても大丈夫。ちゃんと君の帰り道を探す手伝いをして、無事に帰るべき場所まで送り届けるまでが仕事だから」

「ほんとうに?いっしょにおとうさんとおかあさんをさがしてくれるの?」

「そうだよ。あそこに見えるあの大きな鳥居の向こうにある、あれよりうんと小さい鳥居をくぐって探しに行くんだ」

「うんとちいさいの?わたしもとおれる?」

「大人でも通れる大きさだから、ちゃんと通れるよ」

キツネさんは小さく笑って、さわり心地のよさそうな尻尾を大きく揺らしました。


キツネさんとあやのちゃんは、ようやく大きな鳥居までたどり着きました。

鳥居のすぐ横には立て札があって、まだひらがなしか読めないあやのちゃんには何と書いてあるのか分からなかったけれど、そこには大きな字で「オヤシロ迷子センター」と書いてありました。

「さあ、まずは入口の大鳥居をくぐろうか」

キツネさんに続いて、あやのちゃんも鳥居の下を通ります。

するとそこには、あやのちゃんと同じくらいの年の子や、少し年上の子供達が何人もいて、それぞれがキツネさんと一緒におしゃべりをしていました。

「みんなまいごなの?」

あやのちゃんがキツネさんに聞くと、

「そうだよ。今日はいつもより少ないみたいだけど」

と返ってきました。

「きつねさん、わたしはこれからどうすればいいの?」

「まずは鳥居を通ってもいいよ、っていう印を貰って、それから鳥居を通って、君のお家へ帰る道を探すんだ」

鳥居を通ってもいいよ、という印って、一体どんなものでしょう?

キツネさんだから葉っぱ?

それともどんぐり?

もっと簡単にスタンプとか?

「しるしはどうやったらもらえるの?」

あやのちゃんは、わくわくしながらキツネさんの目を見つめます。

「あそこに建物が見えるだろう?」

キツネさんは、ちょっとだけ離れた場所にある、小さな建物を差しました。

「あそこに行って貰うんだ。手続きをしてくるから、君はここで待ってて」

そう言い終わるとすぐに、キツネさんは尻尾をひるがえして行ってしまいました。

少し心細く思ったけれど、あやのちゃんは言われた通りにおとなしくキツネさんを待つことにしました。


あやのちゃんがしゃがみこんで地面に絵をかいていると、誰かに声をかけられました。

「あなたも迷子なの?」

あやのちゃんより年上の女の子です。

「うん」

女の子は、あやのちゃんと同じようにしゃがんで話しかけてきました。

「私の名前、ゆかりっていうの。あなたのお名前は?」

「わたしは、あやの」

「あやのちゃんは、ここに来るのは初めて?」

このお姉さんと話していても大丈夫かな?

あとでキツネさんに怒られたりしないかな?

心配になったあやのちゃんは、小さな声で答えました。

「・・・うん」

あやのちゃんの不安そうな様子に気がついたお姉さんは、あやのちゃんの頭をそっとなでてくれました。

「心配しなくても大丈夫よ。私、ここには何度か来ているけれど、毎回ちゃんとお家に帰れるから」

「ほんとうに?」

「ええ。ほら、あやのちゃんのキツネさんが戻って来るわ」

お姉さんが指差す方を見ると、キツネさんがこちらへ向かって来ています。

「きつねさん!」

あやのちゃんが思わず立ち上がって叫ぶと、キツネさんは走って来ました。

「どうしたんだい?」

何があったのかと驚いているキツネさんに、お姉さんはきっぱりと言いました。

「あやのちゃんはまだ小さいもの、ひとりで長いお留守番はできないわ」

「それで君が子守をしていた、という訳かい?」

「だって、ひとりぼっちでさびしそうだったから」

「そうか、それについては感謝しなくちゃいけないな、どうもありがとう」

キツネさんはお姉さんに向かって小さく頭を下げたあと、あやのちゃんの方へ向き直りました。

「君も、さびしい思いをさせてすまなかった」

そう言って、キツネさんはあやのちゃんにも頭を下げました。

「さて、印も無事にもらえた事だし、我々はもう行くよ」

さっきまで垂れていた尻尾をしゃんと伸ばしてから、キツネさんはお姉さんにそう言いました。

「そう。それじゃあ、あやのちゃん、元気でね」

お姉さんはにっこりと笑って手を振ってくれました。

「ゆかりおねえちゃん、ばいばい!」

キツネさんについて歩きながら、あやのちゃんも大きく手を振って、お姉さんとお別れしました。


キツネさんに連れられて、あやのちゃんはたくさんの鳥居が並んでいる場所に来ました。

「さあ、行こうか」

そう言って鳥居をくぐるキツネさんに続いて、あやのちゃんも元気よく鳥居をくぐります。

「うん!」

しばらく無言でキツネさんについて歩いていたあやのちゃんは、思い切って聞いてみました。

「ねえ、きつねさん」

「何だい?」

「とりいをとおってもいいよ、っていうしるしって、どんなものなの?」

「これだよ」

そう言ってキツネさんが差し出したのは、小さくて青い光を放つ、不思議な形をした提灯でした。

「きれいな色だろう?これが帰り道を教えてくれるんだ」

「どうやって?」

「今は明るく光っているけど、帰る場所が近づくと、どんどん光が弱くなっていって・・・最後には消えて、明かりの役目を終える」

「あかり、きえちゃうの?きつねさんがかえるとき、くらくてこまらない?」

「心配ご無用。君が無事に帰れたら、今度は赤く光るんだ。そしてそれを持って戻って、君が帰れた事を報告するんだ」

「ほうこく?」

「そう、大神様に」

あやのちゃんはびっくりして聞き返しました。

「おおかみさま?!おおかみさんはきつねさんをたべちゃうから、あんまりなかよくしないんだとおもってた!」

「他はどうか知らないけど、ここの大神様は優しいし、怒られる事はあっても食べられる事はないよ」

「それならよかった」

あやのちゃんがほっとしたのを見て、キツネさんが改めて言いました。

「ちゃんとついておいで。ここで迷子になると探すのが大変だからね」

確かに、右を向いても左を向いても鳥居だらけで、ここで迷子になったら誰にも見つけてもらえそうにありません。

あやのちゃんはあわててキツネさんとの距離を縮めました。

「そんなに心配しなくても、簡単にはぐれたりはしないさ」

キツネさんはおかしそうに笑って、あやのちゃんの腕をふさふさの尻尾で軽くなでました。

「ほら、見てごらん。さっきよりも明かりが弱くなっているだろう?」

「ほんとうだ・・・」

「きっと、もうすぐ近くに君の帰るべき場所があるんだろう」

「あと、どれくらい?」

あやのちゃんがたずねると、キツネさんは少し首を傾けながら提灯を見つめました。

「うむ・・・この調子なら、あと少しでたどり着けるかな」

キツネさんとあやのちゃんはいくつもの鳥居をくぐり、それに従って提灯の明かりもどんどん弱くなってきました。

あやのちゃんは何だか心細くなって、ますますキツネさんにぴったりとくっついて歩きます。


「ああ、あった。ほら、ここだよ」

提灯の明かりが完全に消えた場所で、キツネさんが立ち止まりました。

キツネさんの後ろから、あやのちゃんも恐る恐る鳥居の中をのぞき込みます。

そこには、お父さんとお母さんの間で眠っているあやのちゃんの姿が見えました。

「わたしがいる!きつねさん、あそこにわたしがいるよ!おとうさんとおかあさんもいっしょだよ!」

嬉しそうに飛び跳ねるあやのちゃんを見て、キツネさんも満足そうに目を細めました。

「そうだね、これで君とはお別れだ」

あやのちゃんはその言葉に驚きました。

キツネさんは迷子を送り届けるのがお仕事です。

無事に戻る場所が見つかったあやのちゃんとは、ここでお別れしなければいけません。

「・・・もう、きつねさんにはあえないの?」

「また君が迷子になれば、もしかしたら会えるかも知れないけれど・・・本当なら、迷子になんてならない方がいいんだから、無理に会おうなんて思わない方がいい」

「でも、きつねさんともっとあそびたかった・・・」

あやのちゃんは急に寂しくなって、キツネさんをぎゅうっと抱きしめました。

「こらこら、提灯が潰れてしまうよ」

「あっ、ごめんなさい!」

あわててキツネさんから離れると、あやのちゃんは残念そうな顔をして、キツネさんの尻尾をゆっくりと一度だけなでました。

「きつねさん・・・またね」

「今はあそこに帰る事だけ考えて。ただ『戻りたい』と思って飛び込むだけでいい」

「うん、わかった」

鳥居の向こう側に見える自分を見つめて、あやのちゃんは大きく頷きました。

「じゃあね、きつねさん!またあおうね!」

寂しさを振り払うように、あやのちゃんはわざと大きな声でキツネさんにお別れを言って、勢いよく鳥居の中へ飛び込みました。


あやのちゃんが目を覚ますと、もうお父さんとお母さんは起きていて、朝の支度をしていました。

「おとうさん!おかあさん!」

「あら、おはよう」

朝ご飯を作っているお母さん。

「おはよう、あやの」

新聞を読んでいるお父さん。

「おはよう!あのね、すっごくふしぎなゆめをみたの!」

「どんな話だい?」

「じゃあ、先に朝ご飯を食べてしまいましょう?あやの、お話はそれからゆっくり聞かせて?」

「うん!」


そして、朝ご飯が終わった後。

あやのちゃんは夢で見た不思議な出来事を話し出しました。


『オヤシロ迷子センター』は、子供達の夢の中にある、たくさんのキツネさんやオオカミさんによって、子供達が悪夢を見ないようにする為の、とても不思議で素敵な場所なのです。

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