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Lv.2 Value of my life

「お前、風紀に行ってたのか」


 放課後、迅速に学生寮に帰ると、その五分後くらいに来も帰ってきた。玄関で開口一番かけられた言葉がそれだ。


「おかえり。そうだよ、委員長に聞いた?」


 キッチンでコップに水を入れていた僕は来を振り返って尋ねた。


「ああ」


 靴を脱ぎ部屋に入ったかと思うと、荷物や上着を置いてリビングに戻ってきた来。ソファに座って目を閉じている。


「お茶淹れる?」

「ああ。ありがとう」


 お茶を注ぎながらふと思った。来は風紀委員会には入らないのだろうか。四月の内に委員会くらいは決まっていそうなものだが。机にコップを置いて、僕は自分の部屋に戻ろうとした。来がここにいるなら僕は邪魔だろうから。しかしその来に呼び止められる。


「お前は何がしたいんだ?」


 何だか抽象的な問いだ。身を翻して来を見ると、来も顔だけを動かして僕を見ていた。じっと僕が答えるのを待っている。テレビもついていない部屋は静けさに包まれた。


「それは生きる目的? それともこの学園での目標?」

「今日のことだ。俺の言うことを聞けってわけじゃねぇ。ただ、誰だって痛い目に遭うのは嫌だろ。お前が何を考えてるのか俺には分からない」

「僕の不幸は来が思うものと違うんだろうね」


 来は喋らない。人と関わりたくないのならこんな質問などせず、ただ挨拶や世間話のみを交わしておくべきなのに。僕が語るのを待っている。


「僕は勝負をするためにここに来たんだ」

「…………」

「とはいっても、僕には待つことしかできないんだけど。命よりもずっと大切なものがあるんだ。僕は自身はひどい目に遭ってもいいかなって思う」

「ちゃんと話せ。その勝負と、大切なものと、お前自身。何のつながりがあるんだ?」

「大切なものを守るための勝負だよ。世界に一つしかないんだ。もう一つあったけど、守れなかった。その時点で僕の価値はかなりマイナスだから、ひどい目に遭っても天罰だよ」


 あまり理解してほしくはないため、こんな意味の分からない説明になる。もう部屋に戻ってもいいのではないかと、僕はチラチラ自室のドアを見た。数秒考え込むように目を伏せていた来は、表情の読めない顔で静かに声を発した。


「俺はそういう独りよがりな考えは好きじゃない」

「いいよ。一から百まで自己満足だし、僕は誰かに好かれたいなんて思わない」


 そもそもこの勝負自体誰にも望まれていない。ただ自棄になっているだけ。こうでもしないと気が狂いそうだ。その姿が他人にどう思われるかなんて気にしていられない。本当は健全で優しい心を持った人になりたかったけれど、もう無理だ。今はただ、弟が幸せになってくれることだけを望んでいる。


「……そうか」


 来は首の後ろをかきながら一つ息をついた。それから一気にお茶を飲み干して、コップをキッチンへと持っていった。追及しないでくれるのは助かる。来は人と距離を取ろうとしているつもりだろうが、それは僕も同じだ。これから先、僕は好きに生きるのだ。足枷となる余計な繋がりはいらない。


「明日は寮を案内してもいい。授業終わった後、暇か?」

「うん、ありがとう」


 それでも同室者として世話を焼いてくれるところはとても助かる。来はキッチンから戻ってくると、微妙に気まずそうな表情を浮かべた。


「あと、悪い。お前が女装してんの、悠真にばらした」

「悠真?」

「風紀委員長だ。俺の兄」

「ああ……」


 何となく話は読める。来が聞いたのか委員長が話したのかは知らないが、とにかく二人の間で僕と日滝の話がされた。風紀委員会室に行ったとき、僕はウィッグも紗良の制服も身につけていなかったが、来はそれを知らない。来が僕の女装のことを口に出し、委員長が知ってしまったというわけだろう。


「別にいいよ。どうせ明日か明後日には気付かれる」

「……そうか。テスト明けにお前を呼び出すそうだ」

「テスト?」


 嫌な単語に少し冷汗をかく。テストがあるなんて聞いていない。風紀委員会が干渉を控えるということは、小テストなどではなく、すべての学年でおこなわれる定期テストのはずだ。そして風紀委員会が呼び出しを後回しにするほど、テストは間近に迫っている。


「え、いつ?」

「明々後日から二日間。六科目」


 あまりのことに言葉を失う。僕は勉強ができない。この学園の編入試験も、合格ラインギリギリというか、ギリギリアウトだったと思う。弟が超成績優秀で品行方正なため、お情けで入れてもらったようなものだ。面接では弟の話が七割を占めていたことだし。つくづく自慢の弟だ。


「赤点取ったら退学とか、ある?」

「いや、さすがにそれはない。補講と追試くらいだ。赤点抜けるまで永遠にな」

「んー……」


 退学処分にはならないことに安心しつつ、真剣にテストのことを考える。とにかく赤点さえ取らなければいい。現代文は勉強しなくてもどうにかなり、歴史は暗記に近いと思っているので、そこまで手間取ることもないと願いたい。問題はそれ以外の数学、英語、物理、化学。この辺りは本当に厳しくて、下手をすると一桁の点数を取りかねない。


「勉強してくる。ありがとう」


 教えてくれた来にお礼を言って、僕は自室へと戻った。とりあえず公式や文法を覚えて、教科書やワークの問題を解こう。好きに生きるにしても、有峰学園の生徒でいたいのなら、その条件を満たさなければならない。厳しい社会だなぁとため息をついた。


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