「通夜の涙」(がじん渡辺・短編集02)
(耶麻杉家ご葬儀会場)
「あ、こっちこっち。あなたぁ! どこ探してんのよ」
「え、あった?」
「まったく、道順聞いたのはあなたよ。しっかりしてよ、もう」
「はい、はい」
「はいはいじゃないわよ、まったく」
(通夜がしめやかに執り行われている。喪主は亡き人の夫、すでに喜寿を過ぎている)
「辰夫おじさん、ごめんなさいね。ウチの人が道まちがえて、遅くなってしまったわ」
「お忙しいところ、ご会席いただきありがとうございます。亡き妻も喜んでくれるでしょう」
「叔母には可愛がってもらったんだもの、あたりまえよ。ねえ、あなた」
「叔父さん、この度はご愁傷さまで……」
「どうも、茂之くんまで。ご迷惑をおかけします」
「えーと、ミッちゃんたち来てるわよね?」
「ミッちゃん?」
「ほら、叔父さんの弟の長女よ」
「あ、ああ。台所を手伝ってもらってるよ」
「そ、じゃあ、あたしも手伝うわ」
「おい、まずは奥様にご挨拶しなくちゃ」
「あーら、やだ、ご挨拶だなんて。まるで生き……ま、そうね。じゃ早く済ませましょ」
「では、おじさん、また後で。気を落さずに……と言うべきですが、お気持ちお察しします」
「うっ……」
「叔父さん、辛いでしょうね。長年連れ添った伴侶を亡くすことになって」
「茂之くん、長かったんだよ、本当に。ううっ……」
「早く、あなた!」
「ご焼香をして、すぐ戻りますから」
「あ、ちょっと、茂之くん耳を」
「は? はあ」
「…………」
「そうですか。また後でお話ししましょう」
(食事が供され、ときおり笑いも起きる)
「ミッちゃん、若いわねぇ、ウフフ」
「なによ、アンタこそ5年前より若がえったみたいよ」
「まあ、ホントのこと言わないでよ、ハハハ」
「お互い亭主が暗いからさ、あたしたちだけでも明るくしなきゃねぇ。そう思わない?」
「そうそう、そうして長生きしないとね」
「ホホホ」
「……女はいくつになっても姦しいですねぇ」
「ま、死んだ女房も同じ類だったから、仲間が来て喜んでるだろうよ」
「それで、叔父さん、さっきの話のつづきですが」
「おお、そうだったね。辛いのも昨日までという話ね」
「さっきも辛そうに泣かれていたじゃないですか」
「茂之くんならわかってもらえると思ってね」
「そりゃ、伴侶がいなくなれば……」
「うれしいのさ」
「え! 叔父さん、気は確かですか」
「君はわからんか? この気持ち」
「……実は……わかる気がします。ぼくと同じなら」
「さっきの涙は、うれし涙だよ」
「そうですか、そうだったんですね。わかります、わかりますって」
「ありがとう、茂之くん、ううっ」
「あらやだ、うちの亭主ったらもらい泣きしちゃって」
「故人は湿っぽいのが嫌いだったから、明るく楽しく送ってあげようって言ったのにね」
「いいのよ、放っておいて。こっちは明るくやりましょうよ。ね!」
「そうそう、なんちゃってね、ハハハ」
「早く、ぼくも叔父さんみたいに、思い切りうれし涙を流したいなあ」
「そうなるように、祈ってやるよ、キミ、うううっ」
「ありがとうございます。約束ですよ、うくっ」
「明日の告別式は、おおいに笑って送ってやるつもりだよ、ううっ」
「ウチのも一緒に送ってやれたらなぁ、うくくっ」
(奥方たちは惜しげもなく笑い、殿方たちは密かに笑う通夜となったのである)