ご落胤
「……ごめん。ごめんね、ちぃちゃん、僕————っ!」
沖田の頬に伸びた白い腕。それを見て、ビクッと沖田の身体が強張った。
「謝らなくていいよ。総ちゃん、痛かったね。」
「————っ!」
殴られた時に、多分切れてしまった沖田の唇の端を見つめる千夜。斬りつけたのに、そう言った千夜に、沖田は、涙がとまらなかった。赤く染まった千夜の手を沖田は、掴んで謝罪した。
その様子を見つめる、桜色の髪の女の子。
(やっぱり、沖田じゃ、ダメか。————次の手を、考えなきゃな。)
クスクスと笑う彼女は、誰にも、気付かれる事なく、闇に、消えていった————。
*
「本当アホや。」
私は、何度このセリフを言われるんでしょうか?傷口を見終わった烝のセリフが、これだ。
総ちゃんの様子が可笑しい事には、気づいていた。だから、血のりを懐に隠し持ち、わざと、刺される事で、総ちゃんの目を覚まそうとしたのだが、避けきれず、軽症をおってしまった。
私の失態はこれだけじゃなく、刀を手で握ってそらしたが、寝たまま刀を握ってて、さらに深く喰い込ませてしまった。
幸い左手だったからよかったものの、
傷には変わりないと、烝に怒られたのは、言うまでもない。
布団の上で暇を持て余し、クナイやら触ってたら取り上げられた。
本やら借りて読んだが、覚えているものばかりで、面白くない。
「烝、もう痛くないし、動いても————
「ダメや。」
即答ですか。
「別に、重症な訳じゃないのに……。」
「頭が重症やっ!」
なんなんですかね、かなり、キャラ変わってますけど、私なんか悪い事しました?
「……はぁ、八つ当たりやな……」
八つ当たり?
「烝?」
「今日は、俺が充電してもらうかな?」
「いいけど……?どうしたの?」
なんか、みんな、充電ブーム?
「今日は、そういう気分なんや。」
こんな彼は、珍しい。布団に入ってきた山崎は
千夜の胸に顔を埋めてくるが、なんだか、落ち着かない。
いつもは、逆だから……。
「頼むわ。ちぃ。これ以上、俺の寿命縮ませんどいて?」
「………」
「心配なんよ。お前が…」
頼むわ。ちぃ。
「………うん。ごめんね。烝。」
そう、言う事しか、出来なかった。
芹沢の死、全て乗り越えられた訳じゃない。
毎日のように墓に足を運ぶ千夜。右目もハッキリ見える様になり、痛みも感じない。千夜は、芹沢のおかげだと思っている。
墓に花を供え手を合わせる。
「ちぃ!」
そうして、いつも誰かが、迎えに来てくれる。
長州の奴らが、うろついているから。らしいが、別に、平気なのにな。
今日の迎えは、平ちゃんみたい。
ぴょこぴょこ後ろ髪を揺らす平ちゃんは可愛い。平ちゃんに可愛いというのは禁句。
男なのに可愛いは、傷つくらしい。
可愛いのに……。
「平ちゃん、今日も…ぁ、かっこいいね。」
「か、かっこいい?本当か?」
可愛いんだけどね。コクコクと頷いてみせた。
「本当だよ。」
「やった!ちぃ、怪我大丈夫なら、甘味行こうぜー?」
どうやら、機嫌がいいらしい。
「そうだね、行こうか。」
たまの息抜きぐらい、よっちゃんは、許してくれるはず。そう思って、甘味屋に二人で足を向けた。その途中、立派なお屋敷から出てきた。
その中には、このお屋敷の主らしき人も居て、
人に囲まれるように馬に乗って颯爽と出てきた。
藤堂が視線を逸らす。
「…行こう。ちぃ。」
「え?あ、うん。」
腕を引かれ、かなり大回りして、目的の場所、甘味屋へと、到着した。
甘味所にて————。
「ここって、何が美味しいの?」
「みたらしがうまいんだって。」
「じゃあ私みたらし食べよ♪」
机の上に届けられた
二人分のみたらし団子
「さっきの人、知り合い?」
「さっきの人って?」
目が泳ぐ藤堂。何を言っているか、理解は、しているが、言いたくない。と言ったところか。
「立派なお屋敷から出てきた、馬に乗った人。」
「……あ、あぁ。
実は、さっきのお屋敷から出てきた人、俺の兄なんだ。」
「兄?」
「異母兄弟かな。
俺は妾の子。兄は正室の子なんだよ。」
かなり、勇気を出して、告白したつもりだったのに、「へー。そうなんだ。」と、返ってきた返事に、藤堂は、脱力する。
「一応、伊勢津藩の大名だよ。」
「知ってるよ。」
「ちぃは、なんとも思わないの?」
「えっ、何が?」
「俺は、世間で言うと、ご落胤」
ご落胤とは、身分の高い男が正妻以外の身分の低い女に生ませた子の事。
「……だから?」
「だから?って…」
飲んだお茶を置きながら、呆れた声を出した藤堂
「平ちゃんは、平ちゃんでしょ?
他の誰も、平ちゃんの代わりにはなれない。」
違う?そう、首を傾げた千夜。
「……そう、だな。」
何故だろうか、ずっと、悩んでいた事なのに、ちぃに話したら、肩の荷が下りた様な気持ちになった。
何も変わる事なく接してくれる千夜
俺に向けられた笑顔に、顔が熱くなるのを感じた。
あぁ。俺、こいつの事、————好きかもしれねぇ。
帰り道、川沿いを歩いていると、藤堂の足がぴたりと止まった。
刀を見つめる藤堂。
愛刀の兼重。兼重は伊勢津藩のお抱えの刀剣商が作ったもの。平成で価値としては、1000万以上と言われる。ただの浪士風情が持てる代物ではない。
「刀が、どうかした?」
「重いんだ。この刀、母親の気持ちが詰まってて……」
「良い事じゃない?平ちゃんへの想いも、父親への想いも、大事にしてるんでしょ?平ちゃんのお母さんは。」
「俺、ちゃんと応えてるのかな?とか悩むんだよ…。」
「じゃあ、————捨てちゃえば?」
「は?」
聞き間違いだろうか?想いが詰まった刀を捨てちゃえばって…
刀は武士の命。
「何、変な顔してるの?
刀に迷いがあるなら、捨てちゃえばいいよ。
母親の想いも父親の想いも関係ない……
だってそうでしょ?
その刀は、今、平ちゃんの手の中にあるんだよ?
その刀が、重いなら捨てちゃえばいい。
刀は、自分の身を守り、人を守り、そして人を殺す道具。迷いがあるなら、手放したほうがいい。」
「それはできねぇ。言っただろ?母親との思い出が……」
「………思い出が何なの?
人は、思い出だけじゃ、生きて行けない! !
綺麗事だけじゃ、生きていけないんだよ
平ちゃん! !」
俺に掴みかかった、ちぃは、泣いていた。




