偽物
唇をそっと、意味ありげに触る中村を見て、ピクッと土方が反応した。
「お前まさか…」
「さぁー?何の事ですか?俺は、人口呼吸して、もらっただけですよ?」
人口呼吸で反応したのは山崎。千夜の医学書に書かれていて、山崎は、知っていた。人口呼吸の仕方を————。
「中村、大人しく、土方さんに斬られろ!」
「何で、ですか!俺、何も悪いことしてません!」
「なんなんですか?二人とも殺気立っちゃって………。」
訳のわからない沖田。ある意味、平和。
「中村がな、ちぃに接吻してもろおたんやて。」
「は?」
「違いますって!人口呼吸です。」
中村も必死である。こんな所で、殺されるなんてありえない。しかも、くだらない理由で。だ!
(くだらない。)
冷ややかな幼い女の子の声が、部屋に響いた。
「誰だっ!」
(あぁ。初めまして。だっけ?)
サラサラ揺れる髪は、千夜と同じ、桜色。瞳の色も同じ碧。山崎が目を見開き、「………椿。」そう口にした。
(そう。私の名前は、椿。以後、お見知りおきを。)クスッ
その、女の子の容姿は、千夜にソックリ……
「……ちぃ。」
土方が、幼い頃の千夜を思い出し、声を出した。
(ねぇ、一つ、教えてあげる。————あなたたちは、騙されている。彼女にね。)
そう、黒笑みを浮かべ、女の子は言った。
————騙されている?誰に?
「何、言ってるの?君。」そう声を上げたのは、沖田だった。
(信じるも、信じないも、あなたたち次第。
けどね、あなたたちが覚えている千夜は、
————もう既に、死んでこの世には居ないの。ねぇ?山崎烝。)
ビクッと、山崎の肩が大きく揺れた。
「山崎?」
(貴方は、隠したんでしょう?土方宛に来た、ノブさんからの文を………。)
「何、それ…?文って、何の文なの?」
(千夜、死亡の知らせが書かれた文をね。)
「山崎、それは、本当か?」
「………。」
何で、こいつが、それを知ってんねん。
「山崎っ!」
ビクッとする山崎を見て、土方は、
「総司!お前、山崎の部屋見てこい!」
そう、声を上げた。
「あ、は、はい!」
その声に、戸惑いを残したまま、指示に従う沖田は、部屋を出た。行かせまいとする山崎の前に立ちはだかる土方。
「…………。」
さっさと、処分すべきだった。
あの文を————。
「ありました!ノブさんからの文がっ!」
戻ってきた、沖田の手に握られた文に山崎は、顔を俯かせた。
「どうして、黙ってた?山崎!!」
「……。」
「山崎っ!」
「……申し訳、ありませんでした。」
頭を下げる山崎。
「謝れって、言ってるんじゃねぇ!どうして、隠したっ!」
「……俺は、今、此処に居る、ちぃを信じてるから、こいつは、嘘は吐かん。
拷問されて、ようやく、みんなに認められ始めた頃、この文が届いた。また、疑いの目を向けられると思ったら、隠す以外、方法が見つからんかった。」
静かに、そう言った山崎。土方は、沖田から文を受け取り読み進める。
「間違いねぇ。ノブ姐の字だ。」
「………じゃあ、ちぃちゃんは、————偽物?僕の記憶にある、みんなの記憶にある、ちぃちゃんとは、違う子って事ですかっ! ?」
ショックを隠しきれない沖田は、そう、声を上げた。
「………。」
「………そんな…。」
————僕の記憶の片隅をあげるから。彼女を助けて?
「そんな事って…。」
————総ちゃん。
笑いかける彼女の笑顔が、崩れていく……。
そう。偽物。そう言えば、貴方は、怖くなって
————あの子を殺してくれるでしょう?
口角が上がった女の子。だが、土方は、それを見て、眉を寄せた。それから、千夜に似た、椿と名乗る女の子の姿は、消え、意気消沈したまま、思い思いに、皆が部屋に戻った。
土方は、未だ眠ったままの千夜の頭を撫でる。
「こいつが、偽物?総司、お前の目は、節穴かよ。俺たちの事を一番に考え、組の為に、自らの手を汚す、こいつは、間違いなく、俺が知ってる、ちぃ。だ。例え、俺が育てた、ちぃが死んでしまっていても…。こいつは、ちぃ。」
————俺は、此処に居る、ちぃを信じとる。
山崎は、情なんかで、人を庇う様なバカじゃねぇ。
「……ん……。」
身動ぎする千夜に土方は、声をかける。
「ちぃ?」
いつもの様に、
「………よっ、ちゃん?」
寝ぼけまなこで、土方を見る千夜。いつもと変わらない、自分が知っている、千夜の姿に土方は、彼女を抱き寄せる。
「……?どうしたの?」
「無理ばっかり、してんじゃねぇよ。」
「ごめん、なさい?」
「はぁ。俺が、充電したい。」
「……?どうぞ?」
抱きしめる腕に力がこもる。ドクン、ドクンッと聞こえる心音。ちぃは、此処に、生きている。ふわっと、頭に乗った、彼女の手。
「なんか、あったの?」
自分が辛い癖に、人の心配をする彼女。
————俺が惚れたのは、此処に居る、ちぃ。
「何にもねぇよ。お前は、此処に居ればいい。
何があっても…」
何があっても?
「うん?ありがとう。よっちゃん。」
そう言って、ちぃは、笑った。
いつもの満面の笑みでは無いが、今のちぃには、コレが限界なのだろう。
それでも、笑いかけてくれると、胸が温かくなる。本当、不思議な女だよ。お前は………。




