見える様になった右目
”貴方の手の震えは、誰でも感じる普通の感情。決して、貴方が弱いから…では、無い。
きっと、私も山南さんと、同じ。
一緒に乗り越えよう。貴方は、大事な仲間だよ。何も怖くない。また、一緒に本を読もうね、山南さん。 千夜より ”
そっと、山南に紙を返す。少し、震えている山南の手に、その時、初めて土方は、気づいた。
「すまねぇ……。気づかなかった。」
「いえ。大丈夫ですよ。」
そっと、沖田が山南さんの手をとる。
「山南さん、僕は、この手に支えられて居ます。刀が持てる、持てないじゃ無くて、山南さんに自身に支えられている。忘れないでください。山南さんは僕の兄です。」
ふわっと、笑った沖田に、つられて山南も笑った。
「はい。覚えておきますね。」
「じゃあ。俺も兄か?」
土方の声にキョトンとした沖田。
「何言ってるんですか?土方さんは、
母上………気持ち悪いデス…」
自分で、言ったのに、本当に気持ち悪そうな顔をする沖田は、不服そうな表情で、
「やめてくださいよね。」と、言い放った。
「テメェが、言ったんだろうが!」
「ははは。はいはい。さっさと、着替えないと風邪を引きますよ。」
どう考えても、山南さんは母上なんじゃないか?と思う土方だった。
******
山崎の部屋へと連れて来られた千夜は、芹沢鴨に斬られた右目を押さえたままで、心配になった山崎は、声をかける。
「ちぃ、大丈夫か?」
千夜の前に立っても、目が合わない。何処か遠くを見ている彼女は、山崎の問いにも、何の反応も見せなかった。
「目痛いん?」
なるべく優しく、声を掛ける山崎。
山崎とて、人を殺した事が、無いわけじゃない。身内を殺めた訳ではないが、多分、自分より辛い筈。
コクンと頷く千夜。
でも、右目からは、手を退かしてはくれない。
「ちぃ?目見せて?なんもせえへん。見るだけや。な?」
千夜は、山崎を見て、そっと、右目の前から自分の手を退けた。赤いモノがまだ、付着している千夜の顔。目も同様で、衛生的によろしくない状態であった。
桶に用意してあった水に、
手拭いをつけかたく絞り、千夜の顔を優しく拭いた。そして、山崎は、顔を近づけ、目の状態を確かめた。
目は、なんともなってへん…。痛い言うたけど?
「いつから痛いん?」
「……芹沢が、息絶えた時から。」
死んだ時から、痛い?
今朝までは、左右色が違った千夜の目。今は、同じ色で、左右の瞳の色には大差はない。山崎は、そっと、左目を隠してみる。
「ちぃ、これ見えるか?」
半信半疑だった。見えなかったモノが、突然見える。など、思っては、いなかった。
「三。」
山崎の立てた指も三本。
「見えてるんか?」
「………見えるよ。まだ、ボンヤリと。だけど。」
でも……
痛くて、痛くて、仕方がない。
そんな事を口に出したらいけない気がした。
右目は、芹沢の死と共に、痛み出した。
なんでかは、わからない。芹沢は、私の目を気にしていた。神社で最後に願ったのも、目の事。
私は、気にしてないのに、あいつは、ずっと気にしてた。
———自分が傷つけた。すまない。
そう言うんだ。右目を見ながら……。
「……そうか。目は、なんともなってへん。
今、島田さんに、風呂焚いてもらってんねん
先、入るか?」
「私より、山南さんに入ってもらって?
外に居たみたいだから…。」
「そうやな。声かけてくる。ちぃ、着替え此処に置いとくから、着替えるんよ?」
「…わかった。」
スーパタンッっと、襖の閉まる音。一人になると感じてしまう恐怖。
カタカタと、面白いぐらいに震える手を無理矢理、押さえつける。
ーー…芹沢…
「私は、案外、強くないみたい。」
『お前が.トドメを刺せ。千夜。
壬生浪士組の為に、ーー近藤勇の為に…』
あんたバカだよ。最後の最後まで、近藤さんを認めてるとは言わなかった。
「意地っ張り…」
そんな独り言が、虚しく部屋に響く。
本人の前で、認めてやればいいのに、私なんかに託して……。どんだけ、不器用なんだよ。
ぎゅっと、唇を噛み締める。
「……壬生浪士組の為に……」
もう、言う事も無いだろう言葉を口にする。
芹沢、壬生浪士組は、お前の命そのものだ。
新たな名前になった。それでも、何も変わらない。お前が作り、お前が守りたいと思った組だ。
————私は、お前の意思を間違わず継いでいきたい……。
****
ザァーザァーと、音を立て降る雨は、止む気配は全くない。
「ちぃちゃん、大丈夫かなぁー?」
そんな声が、沖田の口から零れ落ちる。
誰も、答えてやる事が出来ず、様々な思いが交錯するその部屋に、「失礼します。」そう、声が聞こえてきた。
スーッと開いた襖、そして、パタンッと閉じられ、男が一人部屋に入ってきた。
「山崎、ちぃは、どうだ?」と、土方は、声をかけた。
「今んとこ、普通に話せる。変わった事は、目が、見えるようになったと…。」
「目が?」
いや、おかしいだろ?突然、見えるようになったって……。気持ち的には、嬉しいが。
「ちぃが、言うには、芹沢が死んでから、見えるようになったって…。」
芹沢が、死んでから?
「……また、光?」
総司が、そんな事を言い出す。
「光ですか?」
山南さんは知らない。光の存在を……
簡単に、俺は、話した。その光は、ちぃの希望だという事を。そして、ちぃの過去である、新選組の隊士達の魂だという事も。
全てを聞き終えてから、
「千夜さんの希望。ですか……。」
納得してない山南の声。信じれないだろうよ。
俺だって何が、何だか、わからないんだから…
「それが本当なら、目が見えたのは、芹沢さんの魂が、千夜さんに入り込んだ。そう考えれば…」
あり得るかもしれない。
山南の言葉に、皆が、息を飲む。
「……あれや。わからん事は、わからんやろ?
山南さん、風呂入ってきて下さい。」
風邪ひくと、あきませんから……。
「私が…ですか?それなら、千夜さんを……」
やっぱり、そう、言うわな。
「ちぃが、山南さん外におったから先に入れたって言うたんよ。」
「そうですか……じゃあ、遠慮なく。先に入らせてもらいますね。」
そう言って、笑った山南さんは、風呂へ向かったのだった。




