帰還
腕の中に、戻ってきた温もりに安堵しながら、山崎は、その温もりを抱き抱え、屯所へと走り出す。彼女を待っているのは、自分だけではないからだ。
「姫は、ないんじゃない?」
文句を言っても、山崎は、笑みを見せる。
なんだか、気持ち悪い。だって、文句を言ってるのに笑うって、ないよね?
「ええねん。」
よくない。そう思うのに、それ以上文句を
言えなくなってしまうのは、烝がちゃんと、私を見つけてくれたから。落ちない様に、彼の首に回す。
「烝、ありがとう。」
「文句の後は礼か…忙しい奴やな。」
ほんのり、頬を赤く染めた山崎の胸に頬を寄せるれば、瞼が、急に重くなる。
タッタッタっと、聞こえる山崎の足音。
ドクンッドクンッと、彼の鼓動が、とても、心地良い。そのまま、彼女は、彼の腕の中で眠りについた。
****
場所は、変わり、屯所の副長室。
スパーンッと開け放たれた部屋の襖。
「土方さん!ちぃちゃん、いませんでしたぁ~。」
段だら模様の浅葱色の羽織を着た沖田が部屋に入ってくる。
「ああ、御苦労だったな。」
小寅に貰った宿を調べているものの、まだ、千夜に辿りつかない。
「今、戻りました。」
「ああ、山崎。御苦労………ちぃ?」
入り口に立つ山崎の腕には、千夜の姿が確かにあった。思わず、立ち上がった土方は、信じられないものを見るかの様に、山崎をみつめていた。
「ちぃちゃんっ!」
沖田が、駆け寄り、山崎から、千夜を受け取れば、山崎の緊張の糸は、プツリときれる。
ちぃ、
帰って来たでぇ。————お前の居場所に。俺も、疲れたわ。
グラっと、揺れる視界。彼の身体は、傾いていく。
「山崎っ!」
「山崎君っ!」
眠いだけや。大袈裟やな。
言葉にしたいのに、言葉にならない。
今は少し、寝かせてや。少しだけや……
山崎と、千夜を副長室の布団に寝かせた後、
「ちぃちゃん、襲われたりして無いですよね?」
着物が違うのなんか、山崎が抱えていた時から気付いていた。心配そうに千夜の頭を撫でながら言う沖田。
「ちぃなら、大丈夫だ。」
なんの確証もない。だけど、そう思うことしか出来ないじゃないか。
「土方さんが、そう言うなら、信じてあげない事もありません。」
「……素直じゃねぇな。」
「土方さんに、言われたく無いです。」
煙管に火をつける。白い煙がゆっくりと部屋に漂う。吸い込んだ煙が、なんだか心地いい。
ちぃが戻ってきた。ただ、それだけの事。
半日、居なかっただけ。なのに、手放した期間が、ものすごく長かった気がして、居なくなっちまったら、どうなっちまうんだよ。
そんな事を考えて、すぐさま、頭を振った。
そんな事は、ありえないと————。
「土方さん、佐々木と佐伯は……」
遠慮がちに、そう聞いてきた沖田に、フッっと、土方は、鼻で笑った。
「 彼奴らは、何にもしてねぇ。————何もしてねぇよ。」
もう、答えなんて出ていた。
長州だろうが、
何処の藩の者かなんて関係ねぇ。
壬生浪士組に居たいと言うなら居ればいい。
「だが、何かあった時は、殺るぞ。」
「それでこそ、土方さん。」
何かあったら…裏切ったら。そう言う意味。




