助けに来た黒装束
眠いのに、寝れない。
千夜は、布団の中、幾度目かわからない寝返りを打つ。目は、閉じる事すら拒否してしまい、仕方なく、上半身を布団に起こした。寝間着のまま、真っ暗だった部屋を見渡せば、窓の方は、明るくなっていた。空が見たくて、一度は、立ち上がってみたものの、足元は、毒の影響なのか、覚束ない。仕方なく、はって窓の近くまで行き、窓の襖を開け放つ。
夏の空、朝日が山から、ひょっこりと顔を覗かせていた。茜色に光る山、通り抜ける、風に、頬が緩んだ。この時代の空気は、澄み切っている。肺に入り込む酸素に、平成の空気は、どんなだっただろう?と、疑問を持ち始めた時、
「お前、何してんだよ…。」
呆れた声が、後ろから聞こえた。まぁ、変な目で見られても、しょうがない。窓まで這ってきたから。
だって、動けないから、仕方ないじゃないか。
と、思いながらも、少し照れ臭そうに、ほんのりと、顔を赤らめながら、千夜は、振り返った。可愛らしい仕草に、目を奪われたのは高杉であった。
「高杉、ここ座りたい。」
と、彼女は、唐突に、窓を指差しながら言い放つ。
「は?」
当たり前だが、突然”ここ”と言われても、通じない事もある。しかも、千夜が指指したのは
窓の少し出っ張っている、手すりの場所だ。そんな所に乗ったら即、落ちてしまうだろう。
「ダメだ。」
まるで、子供を叱る父親の様な声色に、千夜は、キョトンっとした表情で、仁王立ちする高杉を見上げた。
「じゃあ下は?」
そこにはどうしても、居たいらしい。それは、高杉には、伝わったのだが、彼女の居る角度からは、高杉には、上目遣いに見えてしまう。そして、着崩れた着物は、高杉の視線の行き場さえ、奪っていく。
「お前なぁ、女子だろ?」
と、目を背ける高杉に、首を傾げる千夜。
着物直せよ。と、込めた台詞だったのだが、
「別に逃げるって、言ってないじゃん。」
と、着物は、直さず放たれた言葉に、高杉は、ため息を落とさずには居られなかった。
二階なんて、別に飛び降りる事は出来るけど、
今の千夜には、無理。這って移動するぐらいなのだ。
「千夜、お前、寝て無いだろ?」
そう言われ、内心驚いたが、千夜は、平静を装い、
「その前に、たくさん寝たからね。」
そう言って、笑った。
ドキンッ!その、笑顔に、高杉の心臓が跳ねた瞬間だった。
「そ、そこに……座りたいなら、手…貸す…」
何故、ぎこちないのだろうか?
そんな疑問を持ちながら、手を差し出してくれた高杉の手をそっと取って、立ち上がる。
まだ足が覚束ず、案の定バランスを崩し、高杉に抱き留められた。
「……ごめん」
「い、いや、大丈夫か?」
「大丈夫だよ?ありがとう。」
そっと優しく、窓際に座らせてくれる高杉。
外見とは、裏腹に意外と紳士的な彼。夏の風が二人の間を通り抜ける。
「いや。に、しても、風が気持ちいいな。」
「そうだね~。」
千夜は、そう答えてから、真剣な眼差しで高杉を見た。
「高杉?私は、尊王だ。でも、佐幕である、壬生浪士組にいる。組にも尊王派の人間はいるんだ。なのに、争いは起こる。死んで欲しくない人間が、どんどん死んでいくのは、悲しいな。同じ、日本に、生まれたのに、争いがおこるなんて……。」
「………」
「私は、さ。藩なんて関係なく、みんな救えたら良いと思ってる。
長州の人間も、薩摩の人間も、会津も、町人も。綺麗事……そう思われても、私は、変えたい。高杉、お前も、救いたいんだ。」
高杉の見開かれた目を見て、千夜は笑った。
「桂、吉田…。お前達もだ。」
ゆっくりと、襖が開き、現れた桂の姿。
寝ていた吉田も、千夜を見た。
「長州の間者は、殺すな。佐々木、佐伯
共に、壬生浪士組が預かる。」
「そんな事出来るわけーー」
「出来るよ。仲間だから。彼奴らは、仲間だから、私が、必ず守ってみせるっ!」
何故だろうか?彼女がそう言うと、
本当に守ってくれる気がするのは…
「お前は……一体、何者だ?」
「私は、
壬生浪士組副長、土方歳三の小姓
壬生浪士組筆頭局長、芹沢鴨の子
そして…クスッ。これは、まだ、秘密かな?
ねぇ、烝?」
秘密?……烝って…
窓に、さっきまで居なかった筈の、黒装束が立っていた。
壬生浪士組観察方、山崎烝の姿。
「ーー! !」
「やっと…。見つけた…。」
汗ばんだ山崎。肩で息をしながら吐き出した言葉には、疲労が伺えた。
ずっと、探してくれてたんだ…。
肩に置かれた彼の手を見て、千夜は、微笑んだ。
「お前、どうやって! !」
「悪いけど、企業秘密や。こいつは、返してもらうでぇ?壬生浪士組の大事な姫やからな。」
ニヤリと笑った山崎。
ため息を吐きながら、スッと立ち上がる千夜。
「お前、まだ毒が……。」
残ってたんじゃないのか?
「毒には、結構、強くてね。お陰様で、なんとか立てるまでに回復した。
騙すつもりは、無かったんだけどね。
ゆっくり、捕まってる時間が無いんだ。私には…。どうしても、止めなきゃいけない奴が居るから。」
「……お前は……」
「私は、この先の未来を知っている。
だから、変えれる未来なら、自分の手で変えたい。私が傷つくのなんて構わない。
それで、みんなが、笑って過ごせる未来になるなら。私は、喜んで命を捧げる。」
そう言って、笑った千夜。
「ちぃ、帰るで?」
彼女を抱き上げる山崎の姿を視界に入れたと思った瞬間、二人の人物は、スッと消えた。
三人共動けなかった。いや、一歩も、足が動いてくれなかった。
まるで、
千夜を逃せと言わん限りに、身体は、固まったままであった。
「.………」
「.………」
しばしの沈黙の後、
「……フッ。やっぱり、あの子面白い。 益々、欲しくなった。」
「桂に、賛成~。」
「おい、佐々木と佐伯は?」
「知らないよ。」
「は?」
知らないって、一応、長州の間者なんだけど?
「何、間抜け面してるのさ!バカ杉、二人に手を出したらあの子が、全力で止めるでしょ?
あんなのより、あの子が欲しいんだって。」
バカ杉……
「お前、バカ杉は、ないんじゃないか?」
「引っかかったのそこ?
まぁ、俺も構わないよ。千夜欲しいし…」
「お前ら、欲しい、
欲しい言うんじゃねー よ!女子だぞ!」
ジトッと、二人に睨まれる高杉。
「抱きつかれて、真っ赤になってた人に、
言われたくないよね。」
「しかも、窓に座らせて、逃げて下さいって
言ってる様なもんだよね。」
「………」
何も、言えなくなってしまった高杉。
一番近くに居たのは自分なのに動けなかった。
でも、そんなことで、負ける高杉では無い。
「何だ?お前ら、抱きつかれたのが、そんな羨ましいか!」
胸を張って言えば二人に呆れた顔をされた。
「……」
「あのさ、あの子、立てたんだよ?
なんか、取られたとか、気にしないの?」
高杉は、吉田に言われ、己の懐を漁った。
「あ?俺がそんなヘマする訳————無い…」
俺が、そんなヘマする訳ない!っと力強くいう予定だった、高杉は、ガサゴソと、慌てた様に
懐を探す。しかし、懐にあった筈のモノがやっぱり無い。
「で?何が無いのさ…」
「あ…のよ…久坂に書いた文……」
「はぁ! ?あれ、佐々木と、佐伯の始末の事書いたって、言ってたヤツ! ?」
「……でも、やらねぇなら…別に、なくなっても、いいよな?」
「いい訳ないでしょ! ?
お前は、やっぱりバカ杉で丁度いい!」
そんなぁーっと、高杉の声が宿に響いたのだった。




