閉じ込められた蔵…弐
赤くなった山崎の頬に、その時、ようやく気づく。まだ、周りは見えるが、外よりは、薄暗い蔵の中、頬を見ようと、山崎へと身体を近づける。
「烝?頬痛い?」
「痛いに決まっとるやろ?土方さん、容赦無いんやから…」
赤く染まった彼の頬にそっと、手を当てる。
「ーーお前、手冷たい。」
冷たい手に、ビクッと驚いた山崎。
「ここ、水ないから変わり。」
変わりて……
「そうや、聞きたかってん。毒は、慣らしたんか?」
今度は、千夜がピクッと、反応する。
「知らんわけないやろ?命狙われとる言うたやろが!」
「ごめん……」
「ごめんって事は、毒つかって、死のうしたんか?」
「違う。心配かけてごめん。睡眠薬と同じだよ。少しづつ、体に入れて慣らした。」
はぁ「お前、無茶苦茶や……」
無茶苦茶って……。そんな事、言われても困ります。しかも、ため息まで、つかなくてもいいじゃないか。
「一度ね、毒を盛らた事があったんだよ。まだ先に入る隊士なんだけど……」
「隊士に?」
そう。まだ先に、入隊する。伊東甲子太郎に……
「そう。よっちゃんの弱点だって。私のせいで、よっちゃんに肩身の狭い思いさせちゃった。」
「ちぃ……」
「結局、殺されたんだけどね、仲間もーー。そいつに騙されて、同じ日に死んでった。」
「………。」
「嫌なの。また、同じことが繰り返すのは…
どうしても、イヤ…。」
まだ起きてない事だけど、思い返すのは、辛かった。
「ちぃは、悪ない。」
「へ?」
「なに、間抜けズラしてん?」
それは、ちょっと酷く無いでしょうか?仮にも女子相手に…
「なんや?女扱いしたら怒る癖に、今は女か?」
なんでしょうか?なにか、怒らせる事を言っただろうか?
「別に、そんなつもりはないけど?」
「俺に何を求める?」
何も、求めてなんてない。ただ、生きていて欲しい。
「俺は俺や。他の何者でもない。ちぃは、ちぃやろ?」
「……そうだけど…」
何が、言いたいのかわからない。
「だったら、お前は、お前の信じた道いったらええ。俺はな、お前の信じた道歩きたいん。だから、長州の事黙っててん。
俺かて、お前に、生きてて欲しいて思うとる。
死んで欲しいない。生きてて欲しい。お前と同じや。
壬生浪士組の為に命かけるお前を止める方法なん、ないやろ?」
「烝…」
「俺は、ちぃが、好きや。
お前が、愛や恋に興味ない事は、知っとる。
せやけど、どうしようもないねん。」
気持ちだけは、どうしようもできん。
こんな、色気もへったくれもない場所で、俺は何を口走ってんねん。
「………」
ちぃが、黙ってしもうた。黙られると、辛いねんけど……。
「……烝はやっぱ、バカやね。」
俺の真似をする、ちぃ。ズルいわ。そんな逃げ方……何にも言われへんやん。
「………バカって、それは酷いやろ?」
「好きや。烝。」
それは彼の言ってる好きとは違う。それはわかってた。
「それ、ずるいやろ。」
すぐに、呆れた顔されてしまったが、他に言える言葉が、見つからなかった。
まだ日が高い。夏の蔵の中、うだる様な暑さに、やる事もなく、土の上に彼の横に寝転んだ。
****
「暑い。まだ、七月入ったばっかなのに、なんで、こんな暑いんですか?」
文句を言いながら、胸元を無造作にはだけさせて、涼しさを求める沖田の姿。
こいつは、なんでこんな無駄に色気があるんだ?
中立的な沖田の顔に、少し見惚れる土方。
「嫌ですね、ジロジロ見ないでくださいよ。気持ち悪い。万年発情期なんですか?僕、そういう趣味無いんですけど……。」
見惚れてたのは事実だが、
「誰が、万年発情期だ!」
流石に頭にきたらしい。
「土方さんしか、居ないじゃないですか?」
シレッとした顔で言われてしまう。
「無駄口叩いてねぇで、さっさと吐かせろっ!」
「吐かないから、休憩しに来たんでしょうが、
バカになったんですか?」
バカって……
「あの女……。」
あの女とは、女中の事である。
少し前に捕まえた女中だが、何も喋らない。今は、島田にも見張らせてるが、ちぃに、毒まで盛った女。本当、何者なんだ?
「お前、女だからって手ーー」
「抜くわけないでしょ?ちぃちゃんをいじめたんですから…」
いじめたって…。そんな、かわいいもんじゃねぇだろ。
「お前は、変わらねぇな。小せえ時から、ちぃちゃん、ちぃちゃんで……。」
「なんですか?嫌味ですか?僕の中では、特別なんですよ。土方さんこそ、いつも、ちぃちゃん優先じゃないですかー。
大体、ちぃちゃん、僕より三つ下なんですよ?
ちぃちゃん諦めてどうぞ、他所に行ってください。」
他所に行くって…。ちょっと、どっかに遊びに行くとは、訳が違う。
「うるせえよ。歳を引っ張りだすんじゃねぇ。」
「あぁ、一応気にしてたんですか?土方さん、他に、女の人居るじゃないですか」
こいつこそ、嫌味かよ。
「お前だって、遊女買っただろうが…」
バッと、総司の顔が赤くなる。
「それ!ちぃちゃんに、言わないでくださいよ?!」
慌てた沖田。どうやら、触れられたくない過去らしい。
「お前も、まだまだガキだな…。
で?お前は、どうして、ちぃが好きなんだ?」
ますます、顔を赤くさせる総司。真っ赤になったと言った方がいい。
「……っ!なんで、そんな事聞くんですか!」
手をバタバタとさせる総司は、意味不明だ。
多分、本人もわかってないのだろう。そんな動きをしてるなんて…
「お前、ちぃに、手出しただろう?」
そう言われ、振り返りながらいつもの調子で、
「そんな訳ないでしょ?」って、返す予定だった。だけど、真剣な眼差しの土方に、僕は、その言葉を飲み込んだ。
真顔で言われたら、答えなきゃいけない気分になる。
「………はぁ。土方さんって変態なんですか?」
「は?」
いきなり変態扱いの土方…
「普通知りたいと思います?手出したか、どうか。なんて。」
「ただ、聞いただけだろうが。」
「だからって聞くんですか?」
へえ~
ジト目で見れば、
「わかったよ!もう聞かねぇ。」
土方さんには、教えたくないんですよ。
本当の事なんか…
だって、同じ子が好きなんですよ?
言ったら不利じゃないですか。ちぃちゃんだけは、誰にも渡したくない。
そう、思っていたら、土方は、急に歩き出した。自室とは、反対側へ。
「土方さん!どこ行くんですか?」
だから、聞いたんだ。
「うるせえ、ちぃの様子見に行くだけだ!ついて来んな!」
はぁ、まだ一刻もたってませんよ……?
どんだけ、過保護なんですか?
「僕も行きますって!」
そう言って、土方の後を追いかけた。




