芹沢の乱暴狼藉
文久三年六月二十八日
水口藩公用人の「謝罪文」返却に関する和解の為角屋にて酒宴。席上、芹沢乱暴の末、角屋に営業停止7日間申し付ける。
水口藩公用人が書いたとされる「詫び証」コレを返還して欲しい。といった内容で開かれた宴の席。
水口藩公用方が会津藩邸にて、会津藩公用方に、壬生浪士組の所業の悪さを訴えたことに始まる。
それを聞きつけた芹沢が、永倉新八・原田左之助・井上源三郎・武田観柳斎の4人を差し向け、当事者の身柄引き渡しを水口藩に求めた。
水口藩は、これに驚き、平身低頭謝罪し、詫び証を書いて、その場を納めた。
詫び証は、担当者の独断で書かれたものであったため、ことの露見を恐れた公用方が「詫び証」を取り返したいと必死なのだろう。だから、水口藩の招待なんだろうが…
角屋でやるなら、千夜も居るしとタカを括り、留守番を決め込んだ土方。
それが甘かった。
ドタバタと響く足音
スパーンと開け放たれた襖
「土方さん、芹沢さんがっ!」
血相変えて部屋に飛び込んできた 永倉新八の姿。土方は、数人の隊士を引き連れ土方は角屋に向かう。
角屋の部屋に駆け込むと割れた茶碗やらが散乱した部屋の中、部屋の真ん中に、芸妓小寅と付添いの芸妓だろう、
カタカタと身体を震わせ、涙を流す姿が飛び込んできた。
千夜の姿はない。
どうなってる?
そう、土方が考えている時だった。
「ちょうど良い所に。土方、お前そいつらの髪を切れ。」
何を言ってる?そいつらって、女の髪を切れって事か?
芹沢が言ってる事は理解出来た。だが、身体が動かない。
いや、動きたくない。
「どうした土方、お前、鬼になれぬか?」
すでに、平山は刀を持ち付添いの舞妓の前に立っていた。
刀を抜き小寅に歩みよる。
手が震える。やりたくねぇ。
踏ん反り返って俺たちを見る芹沢。
切るしかないのか?本当に、
「お待ちよしっっ!!」
部屋に響く女の声。芹沢の顔が明らかに歪む
「誰だ!貴様は!?」
芹沢の怒鳴り声を聞いて、俺たちを止めた女を見て
目を見開いた。
芸妓は笑う。すごい剣幕の芹沢を見て、
「芸妓の君菊どす。」
メチャクチャになった、角屋の部屋に入ってきて、
怒鳴る芹沢に歩みよった芸妓。
それは、ちぃだった。
「なんのつもりだ!無礼であろう?!」
「無礼…?
その言葉、そっくりそのまま、お返しします。芹沢はん。」
「んなっ! !」
流石の芹沢も、まさか芸妓に楯突かれるとは思ってなかったのか、言葉が出てこなかったらしい。
「ここは、島原や。うちらは、芸妓。
芸を売るのが仕事や。肌を売る事は、ありゃしません。
店をメチャクチャにして、挙句に刀で、何しようとしてますの?」
「小娘に言う必死はない!」
……小娘……
「フッ。刀が可哀想どすな?
武士って方は、———その小娘の髪切るのが好きなんどすね?」
芹沢の顔が真っ赤になる。怒りでだ
「俺は、壬生浪士組筆頭局長!芹沢鴨だ!」
「そんなん、知っとります。」
冷ややかな、千夜の声がピシャリと言い放つ。
よほど頭にきたのか、芹沢が、刀を千夜に向けた。
部屋に居た皆が動きたいが動けない。
刀を向けられても、ビクともしない千夜
ギロリと芹沢を睨みつつも、表情は冷ややかなまま。
「ほお、刀を向けても泣かんか?」
気づいてない芹沢にとっては、珍しい女なのだろうが
土方、新八にとったら当たり前。
千夜だと知ってるから
「ーー泣く?刀向けられて、泣きしません。
斬られても泣く事もない。ただ、芸妓に刀向ける武士なん、————なんの価値があります?」
低い声。殺気まで漂ってきた。
ハッとしてまだ芸妓に、刀を向けたままだったのを収めた。
「土方さん?」
ぽかーんとした平山。
「平山、刀をおさめろ。」
ーーあれは芹沢だ。
そう平山に伝わるぐらいの声を出す。
「は、はい。」
刀をおさめてくれたのは、少しばかり安心した。
平山は、芹沢の隊に所属している、芹沢派の人間だから。
「お前など知らん!」
手が震える芹沢。話している意味がわからない
「誰だ!お前達は!」
部屋の中を見渡して怯える様にそう言った。
また、病か、、、。
「副長、芸妓達を外に。」
土方と平山は近くの芸妓を外に放り出す。
千夜の殺気は止まらないままに、
「お前は誰だ?」
そう、千夜の低い声が部屋に響く。
「俺は、俺は、芹ーー」
「お前は局長なんかじゃないっ!
あいつは、地べたに這いつくばっても、高みを目指す男だ!
今、私の前にいるのは、ただ病に負け、武士としての誇りも忘れ、自我の為に、女をはべらす男が壬生浪士組筆頭局長の訳がない!目を覚ませ!」
芹沢の顔面を殴る、千夜。
だが、ガタイのいい芹沢は、よろっとしただけで倒れたりしない。
「ダメか。」
いつもの事なのか、千夜のそんな声が聞こえた。
カチャっと千夜が銃を構える
「お前は、ーー誰だ?」
「俺は、」
バキューーーン
へ?ちぃが銃を撃った
目を見開く隊士達。
「目は、さめたか?」
「ーーっ。あぁ。」
そりゃ覚めるだろよ。
顔スレスレに銃弾が飛んでいったんだから…
「お前が何者かわかるなら、ここを収めれるのは、お前だけだ。壬生浪士組の名を汚したら、今度は、迷わず撃つからな。」
フッと芹沢が笑った
「千夜が、キレるとはな。」
「うるさいぞ。ササッと終わらせろ。」
私は、武士のやり方なんか知らない。
武士じゃ無いから
壬生浪士組筆頭局長が、女のために暴れたなんて噂は
壬生浪士組の恥。
隊士の前で、芸妓の変装で、キレたふりをするつもりが
小娘という言葉に反応してキレたらしい。
「角屋徳右衛門、
不埒によって7日間の営業停止を申し付ける!」
店の営業停止は止められなかった。
だけど、芸妓の小寅、並びに付添いの芸妓の髪は、切られなかった。
少しの変化…それが大きな変化になるのを願うことしか、できないんだから…私は————。
角屋の営業停止。
ちぃは、知ってたのだろう。
七日の営業停止は店には大打撃の筈が、ちぃの働きでその心配はないとのこと。それに、芹沢が暴れる前に店の客は、いなくなっていた。
流石に、壬生浪士組の局長が、女が言うこと聞かねーで暴れました。なんて、アホくさい。
に、しても、ちぃがキレたの初めて見たな。
ありゃ、怒らせねぇ方がいい。
千夜のキレた時の顔を思い出して、そう思う土方。
「ったく、暴れるだけ暴れて、寝るってどう言う事だよ。」
背中の暖かな温もりを背負い直す。
「お前、俺の小性だろうが。俺は副長だぞ?
小性をおんぶなんて聞いた事ねぇ。」
屯所に帰る土方の独り言は、誰にも聞かれる事はなかった。




