永倉と
壬生浪士組屯所近くは、田んぼばかりで、
夜になると、真っ暗であった。街灯はない、この時代
それが普通の事であった。
「新八ぃ〜。今日は、あんまり酔ってねぇな。ヒクッ」
「お前が呑みすぎなんだよ。左之」
呑みに行っていた新八と左之助は、屯所に帰る途中。
「だって今日はよ。鬼の居ぬ間に、なんたらっていうだろ?」
なんたらって……。と、酔っ払いである原田をジト目でみる。そう。今日は、土方が屯所に居ないのだ。
だから、羽根を伸ばして呑みに行った二人だが、原田の場合は、飲み過ぎである。足元は、フラフラで、永倉が支えないと立って居られない状態だ。
「だからって、フラフラになるまで呑むなよ。」
と、文句だって言いたくなるだろう。
原田は、永倉の肩に腕を回している状態で、遠慮もなく、体重をかけてくるのだから、堪らない。
屯所に入って、すぐ、井戸の方から
シュッシュッ、タンッタンッと音が聞こえた。
「なんの音だ?」
音が気になり音のする方へ、
そこは、八木邸の井戸のすぐ近くで、暗闇になびく桜色の髪、手には苦無を持ち、怪我をしているのに関わらず、身体を動かしてる千夜の姿。
「おい、新八、俺、幻見てるのかな?千夜が見えるんだけど」
あいつ、怪我してたよな?と、原田が永倉に確認する。
しかし、永倉が目に映しているモノも、原田と変わらない。千夜の姿だった。
「幻なんかじゃねぇよ。あいつ何やってんだ!
右目、見えてねぇのにっ!!」
ズカズカと、千夜に近づく永倉。
千夜に辿り着く前に、原田は、その場に崩れて地面にねてしまう、それに、目を奪われる事もなく、永倉は千夜に近づいた。そして突然、千夜が右肩を押さえて座り込んでしまった。
「ーーっ」
「おい、千夜!」
「新八さん?あ、左之さんも……。」
寝ているだろう原田の姿も、千夜には見えて居た。
しかし、そう言ってから、まずいと思ったのだろう。
顔を背ける千夜の額からは、汗が流れ落ちた。
「お前、傷口、開いたんだろ?
なんて、無茶すんだよ!」
右肩を押さえたまま、手をどかさない千夜。
着物から薄っすらと赤く染まったのを見て、永倉は、千夜を抱き上げる。
「新八さん!
私、歩けるって!!左之さんどうするの?」
酔っ払って、ぶっ倒れてる、左之助を見て舌打ちする永倉。
新八は、二人を担いでとりあえず、原田は自室に放り投げ、土方の部屋に千夜を抱えて入った。
「山崎は、居ないのか?」
行灯に火を灯しながら、誰も居ない部屋を見て話す永倉。その手つきは、手慣れている。
「居ないよ。居たら、止められるのがオチでしょ?」
よいしょ。と、腰を落ち着けた永倉は辺りを見渡し、千夜に視線を向けた。
————なんだか、落ち着かねぇな。
そんな、永倉の小さな独り言。
「まったく。傷口ちょっと見るから、あー」
こいつ女だったと、今更思う永倉。
「脱げるよ」
晒し、してるし。と言う千夜に、永倉は、ため息を吐く。
そこじゃないんだが………。
とりあえず、脱いで貰わなきゃ、傷が見れない。
山崎が居ないなら自分が、やらなきゃいけない訳で、
シュッ…バサッと着物を脱ぐ音に、変に心拍数が上がる。
見ても大丈夫か?と、聞きたいが、千夜ならいつでもイイって言いそうだ。
「傷見るぞ。」
振り返って、千夜が本当に晒しを巻いてて少しホッとする。括れたウエストに目がいってしまうのは、仕方ない。
に、しても、いい身体してんな。晒し巻いてても、千夜のスタイルは良いと、よくわかる。って、こんな事を考えている場合じゃ無い。
傷の部分が赤く染まってるし、早く手当てしなきゃいけない。見れば傷口もかなり開いている様子だ。
「千夜、着物羽織っとけ。水やら持ってくるから。」
そう言って、すぐに部屋を出て行った永倉。
千夜は、羽織を羽織って、横になった。少し疲れた。
すぐに戻ってくるだろう永倉の帰りを待った。のだが…
永倉が帰ってきた時には、千夜は夢の中。
「……ったく。疲れてんじゃねぇか。」と、言いながらも、持ってきた物を使って治療した。
治療と言っても、応急処置にしかすぎないが、寝てる千夜を起こさない様に手を動かした。
ユサユサ体を揺らされる感覚に、
「ーーよ。千夜。」自分を呼ぶ声。
「ん?あれ?新八さん?ごめん、寝ちゃった…。」
体を起こし、辺りを見渡した。
「いや、寝てる間に傷治療しちまった。」
見れば、傷口に赤はない。
「ありがとう、新八さん。」
「あ、あのよ、今日って一人なのか」
「そうだね烝もよっちゃんも、いつ帰るのかわからないけど?」
どうしたの?と尋ねる千夜に永倉は、顔を赤らめる。
「今日、俺が部屋に居てやるよ。
なんかあったら、アレだし…」
その言葉を聞いて千夜は、笑みを見せる。
何にも的を得てない言葉だが、千夜にはちゃんと伝わった
心配だから一緒に居てやる。
用はそう言いたかった永倉に、千夜は、
「ありがとう。心配してくれて。」と言って笑った。
「千夜?あのよ?いつも本当に、こうしてるのか?」
なんだか疑ってる永倉。
「ん?そうだけど?」
膝の上で、永倉の心臓の音を聞いてる、千夜。
「あの人、本当。千夜には、甘いよな。」
なんだか、脱力気味の永倉に
「え?みんなしてくれるよ?」
「みんなって、まさか、平助も?」
「へ?そうだけど?」
頭を抱える永倉。
まさか、藤堂が自分より先にやってたなんて。と。
に、しても、この体勢ヤバイだろ?
千夜は、寝間着だし、晒しとったみたいだし、
密着してるし……。と、思いながらも、そっと、右頬に触れてみる。少しビクッとした千夜は、永倉の手だとわかると、「あ、新八さんの手冷たい。」と、ヘニャリと笑う。
あー。見えなかったのかと、思いながら、
どうしても見えない右目に視線がいってしまう。
「痛むか?」
「ん?右目?痛くないよ。」
「見えないんだよな?」
「見えないよ。」
「千夜、芹沢さんを嫌いにならないでやってくれ。」
クスッと千夜は笑う。
「嫌いにならないよ。新八さんこそ、
ちゃんと、近藤さん見てあげなきゃだめですよ?」
笑いながら言った言葉。
千夜の想いが、どれだけこもった言葉か
永倉が理解できるわけもなく、そのまま布団に入った。
のだが、
「グー。ガー。グー」
マジか…!
永倉のイビキに起こされた千夜は、たまたま厠に
行ったらしい沖田に遭遇し、一緒に寝る事になったのだった。




