噂
文久三年五月十一日
将軍 徳川家茂、京に入る
壬生浪士組は警護として同道し帰京。
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やっと帰ってこれた屯所
門で、平隊士が出迎えてくれた。そのまま、中へと進もうとしたら、ガシっと手を握られ、驚いた千夜が、振り向くと、満面の笑みの中村の姿。
背筋がゾクゾクしたのは、言うまでもない。
「千ーー」ゴツンッ
よっちゃんから拳骨をいただいた、何もしてない中村。
哀れ………。
「出迎えご苦労だったな。隊務に戻ってくれ。
中村、お前には話しがある。」
ズルズル引きずられてく中村、なんだか、少し可哀想。
そんな事を考えていたら、後ろに影。
「千夜、お前大丈夫なのか?」
大丈夫って?と、考えながら振り返れば、そこには、芹沢の姿。介錯の事か。と、一人納得して、口を動かした。
「大丈夫だよ。芹沢、お前は心配しすぎだ。
体ちゃんと休めろ。」
そう言って、八木邸に入っていく千夜。
「心配しすぎ。か。千夜、その言葉そのまま返すぞ。」
そう言って、笑った芹沢の声は、千夜には届かなかった。
中村をズルズル引きずり、副長室に放り投げる。
「ウオッ。ビックリした~」
副長室に山崎がいたらしい…
そりゃ、人が急に目の前に転がり込んだら驚くわな。
「留守中なんかあったか?」
「いや、なんもあらへんけど?」
山崎の視線は中村へ。こいつ、何したん?とでも言いたげな山崎の顔。
パタンと閉められた襖。
相変わらず、俺の部屋は、墨と煙管の匂いしかしねぇな。
と、思いながらも、本題に入るべく、頭を切り替えた。
「中村、噂を流したのはお前だよな?」
「えっと、そうです。」
「なんで、噂なん流した?」
視線が泳ぐ中村。
「た、頼まれたんです。千夜さんに。」
土方と山崎は、顔を見合わせる。
スパーンと、開け放たれた襖。
「中村生きてる?」なんとも、物騒な言葉を言って入ってきた千夜 と、新八。
「なんで、新八が?」
「頼まれたんだよ。千夜に 。」
何をだよ!
「んっと、新八さんには、中村を引き取ってもらえるように頼んだの。で、中村に噂を流してもらったのは私。」
「何でそんな事。」
「壬生浪士組の評判が少しでも良くなるようにね。
でも、ダメだった。変な噂がくっついて、
……ごめんなさい……」
はぁ。っと、ため息をした土方。
ポンポンとちぃの頭を撫でる。
まぁ、こいつなりに考えての行動だったが、珍しく、思い通りにはならなかった。そういう事だろう。
しかし、いくつか疑問も残る。千夜が中村に川で溺れろ。などと言うはずが無い。しかし、こいつは、溺れたから、今、此処に居る訳だ。
「中村、お前は、何で、川なんかで溺れたんだ?」
疑問をそのまま、中村へと投げかけた土方。
「千夜さんが見えて、溺れて助けてもらえば
組の評判も良くなるって、考えて、川にーー!」
ゴツンッ
「ーーっ!」
悶絶中の中村。
「お前はバカか?」
「バカって、俺、壬生浪士組に入りたいんです!
千夜さんが、何でこの組が大事なのか知りません。
でも、命の恩人の信じた道を、
俺にも一緒に歩かせて下さい。お願いします。」
勢いよく下げた頭。それは、畳に当ってしまう程に低かった。
「俺は、いいと思うぜぇ、土方さん。
こいつが組に入るなら面倒は、俺が見る。」
新八さんなら、そう言ってくれると思った。
「はぁ、わかった。中村金吾、
今日から、隊士同様に扱うからな?覚悟しとけ!」
「はい!」
案外簡単に決まった中村の入隊に、千夜はホッと胸を撫で下ろした。所詮噂は噂。
千夜の事など一瞬にして消え去り、新たな噂が上書きされる。
それが、
嘘か、誠か、わからないまま、————噂は広がる。




