記憶の混濁
いただきまーす。
パクパクと御飯を食べる千夜の耳に、スゲェとか、春画の感想が聞こえてくる。なんか言ってるが、
お腹が減ってる、千夜は、今、それどころじゃない。
熱燗を飲みながら、お食事中の私に、
「千夜、これ、———お前に似てないか?」
そう聞いてきた、芹沢。
本を見て居なかった、よっちゃんが、盛大にお茶を吹き出した。汚いよ。
「えっと?」
平ちゃんと、総ちゃんに、よっちゃんまで、春画を見る始末。よっちゃんを助けたつもりだったんだけど、何で私が、こんなに視線を集めなければならないのか?
春画といっても、別に、水着姿が映ってるだけなのに、
この時代の人には、刺激が強いのは仕方ないけど、何でこうなるかな?
風呂上がりの千夜は、髪を結ってないし、晒しもしてない。本の千夜と、本人を見返す、失礼な幹部隊士ども。
何で本と比較されなきゃいけないんだ?
「それ、私だけど?」
本のが綺麗に決まってるじゃん。ライト当てたりしてるんだしね?
「はぁ?」「マジか!」
写真が、私だと言った途端、みんなが騒ぎ出した。
「芹沢、今日はブッ潰れるまで呑むぞ。」
「良かろう。」
「嫌、そこ良くねぇだろっ!」
「よーっちゃん♬」
抱っこ。
小さい子供みたいに、俺の膝に座る、ちぃ。
もう、充分酔っ払いじゃないか?
始めは、コの字に座ってたが、酒が入ってか、
ちぃも、お酌するのに歩くのが面倒くさいと、相手を呼びつけ、いつの間にか、ちぃの周りを囲む様に、円になっていった。
「ちぃちゃん、その座り方好きだよね」
土方の膝に居た千夜は、芹沢の膝の上に移動して居た。
「ん?座り方?」
へへ
って笑って僕の膝の上に来た、ちぃちゃん。
これ?って、僕の膝に乗って、聞いて来たけど、心臓バクバクいってるし、ちぃちゃん上目づかいだし、可愛いし…
食べていいですかw
「よっちゃん、総ちゃんのココ、バクバクいってる。
早く寝かさないと。」
本当に心配してくれる、ちぃちゃん
「ちぃ、総司は病気じゃないぞ。」
「普通の男の反応だ。」
「じゃあ、よっちゃんと芹沢は異常なんだね」
他に言い方はないのか?いや、なかったのだろうか…
しかも、俺が芹沢と同類とは、納得いかねぇ!
「ちぃ、戻って来い。」
「嫌だぁー」
と、総司を抱きしめ、胸の音を聞いてる千夜。沖田の心臓は、さらに動きを早めてしまう。
「千夜。」
小首を傾げ、呼んだ主のもとに足を進める千夜
「芹沢?」
千夜呼んだ芹沢は、ザッと鉄扇を開いて見せた。どうやら、ご機嫌のご様子だ。
「俺はもう寝る。後は、お前達好きにやれ。」
そう言った芹沢の手は、震えている様に見える。
「じゃあ、布団敷いてあげるよ。」
芹沢の病を治す薬は持ってはいない。
わたしにできる事は、布団を敷いてやる事くらい。
「芹沢、大丈夫か?」
部屋に着けば、彼の額からは、玉の様な汗が吹き出す。
布団を敷いて芹沢の身体に触れれば、身体は熱を帯びて居た。いつも飲んでる薬を口にする彼。
あの薬は、ただの薬草。効き目なんて、期待出来ない。
「芹ーー
「大きな声を出すな。千夜、大丈夫だ。」
部屋を出るときに
薬を詰め込んだ巾着を一緒に持ってきた。
芹沢に、どれを飲ませたらいい?
とにかく、解熱剤。後は一番弱そうな 抗生物質を選び、芹沢に渡す。少しでも、楽になって貰いたかった。
「芹沢、これは、少しだけ、身体が楽になる薬だ。飲んで寝ろ。」
差し出した薬に、彼は手を伸ばそうとしたんだ。
「くっーー。」
酒が入ると、芹沢は、芹沢ではなくなる。一言で言うなれば、————鬼だ。
ガシャーンッビリビリッ
そこには優しい芹沢の姿はない。
掛け軸や、大事にしていた骨董品が無残に畳に転がった。
「お前は誰だ!!俺は何故ここに… 」
記憶の混濁。
新見と平間がいつもの事なのか飛んできた。
こんなにも、病は芹沢を蝕んでいたなんて、暴れる芹沢
刀が、芹沢の手に
「ーーっ!!」それだけは、ダメッ
「芹沢っっっ!!!」
刀を抜いてしまった、芹沢に、千夜の叫び声が響く。
もう、本当に末期なんだ。立ってるのも辛いのに、
壬生浪士組のために動くあんたは、本当に尊敬に値する。
「芹沢っ!私の事は、忘れてもいい。
平間や新見、お前の仲間は、斬ってはいけないっ!
芹沢、目を覚まして!」
正常であるなら、彼は、その願いを聞いてくれただろう。
だが、目の前の芹沢は、優しさの欠片も残されては居なかった。刀を振りかざし、ニヤリと笑った。まるで、————死神の様だ。そう思った瞬間、
ズシャーッ!!!!と、嫌な音が聞こえた。
カラン…カラン…
千夜の手から溢れ落ちた、大事な刀。
彼女の身体は畳に吸い込まれるように倒れ込んだ。
倒れてる場合じゃないのに………。早く、芹沢を寝かさないと……よっちゃん達が……っ。
自分に、何が起こったかわからない千夜は、そこで、意識を飛ばしてしまった。赤く染まった畳の上で———




