芹沢派?近藤派?
木刀を振り回し過ぎて動けなくなった千夜を背負い、歩く芹沢。その背中は、大きくて、暖かい。
「芹沢、お前は鬼だ。
だったら、私は悪魔になってやる。」
「悪魔?」
「そう。悪魔。知っている?
悪魔の“魔”という文字は、死者を意味するという事を…
私は、死者によって此処に飛ばされた。私にピッタリでしょ?」
得意げに言えば、ハハッと芹沢が笑ったのを聞いた途端
睡魔に襲われた。
「鬼に、悪魔か…」
そう、聞こえた後は、記憶にない。
温かい背中と揺れに、千夜は眠りについてしまっていた。
寝てしまったか。
ズシリと重身が増して、千夜が寝てしまった事を悟る。
それにしても無茶をする娘だ。
綺麗だった顔は泥まみれ、着物も同様だ。
女子なのに、手に血豆をつくり、手の平も赤く染め上がる。何故そこまでして、強くなりたいのか?
何故、そこまで壬生浪士組を…。
命を賭けてもいいと言った千夜。俺や俺の作った壬生浪士組の為に何故そんなにも…。という思いや、
どれだけの思いがあるのか?ハッキリとはわからない。
千夜から感じるたくさんの想いが、芹沢には、なんとなくではあるが伝わっていた。
背に伝わる温もりに、芹沢は、久方ぶりに笑った。
人に興味なかった芹沢。幕府などどうでもよかった、
ただ、また、一から、一旗上げたかった。一度、栄光を掴みかけ、地まで落ちた人間は此処までできるのだと、ただただ、知らしめる為に…。
千夜の存在が、芹沢の一つの拠り所になるなど、考えた事もなかった。
こんな小娘に心を見透かされ、かき乱されるなど、思ってもいなかった。
「小娘ではないな。なぁ、
————椿姫様。」
口角を上げる芹沢からは、木蓮の香りが漂った。
穏やかな時間を、彼女と過ごせるの事は、もう、そんなに長くはない。芹沢は、背中の彼女を背負い直し、屯所へと歩いて行った。
芹沢の背中と、歩くリズムが気持ちよく 、どうやら私は、眠ってしまったらしい。少しして、目が覚めたものの、狸寝入りを決め込んだ。
「……芹沢……」
そう。よっちゃんの怒りのオーラが漂ってきたから。
「ちぃちゃんっ!」
あ、総ちゃん帰ってたんだ。って、呑気な事を考える。
「「「ちぃ!」」」
狸寝入りしているだけだが、なにやら心配をかけたのはわかった。
「芹沢!ちぃに何をした?」
「俺は、何もしてはおらん。
ただ、こいつは、俺の養子になったがな。」
「………なに、言ってやがる?」
土方の怒りの声に、もう、これ以上の寝たふりは無意味だと目を開けた。
近藤派が7人。
芹沢派というか、芹沢はただ一人。
私は、芹沢の養子に入った。理由なんかいうまでもない。
————壬生浪士組の為に。
手続きなんかは、芹沢がやってくれたし、私が動かなくとも私の養子の話しなど、近藤派の人間が知らないうちに
片付いた。だが、それ以上なにも言わない芹沢は
「本当、口下手。」
背中から下りたら生まれたての小鹿ってとこ…。
自分で想像して、小さく首をふった。近藤派の視線がものスゴく痛い。
「話すから、道端っての、やめないかな?
とりあえず、前川邸に入って?」
「ちぃ!」
怒鳴るよっちゃん。
無理矢理、芹沢の背中から引きずり下ろされた。
多分よっちゃんが抱き止めようとしたのだろうが、芹沢の鉄扇が空中で、それを阻止した。その為、私は足腰に力を入れるのが叶わず、その場に座りこむ。
地べたに落ちて、擦り傷が増えるし地味に痛い。
「あーもう。何で、必要最小限しか話さないかな?
芹沢との養子縁組は、私が提案した事だ。決して芹沢に脅されたからではない。」
「ちぃちゃんっ!何言ってるかわかってるの?」
わかってるよ。私は、芹沢派になるって事だ。
近藤派の表情が、怖い。
ただ一人、私を真っ直ぐ見つめる視線は、永倉新八のモノ。
「それを踏まえて話がしたい。嫌なら嫌でいい。
ただ、ずっと誤解を解かぬままでもいいなら、話し合いは無用。どうしますか?判断は、各自に委ねます。
私は、前川邸で、お待ちしています。」
芹沢が、立てない私を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこである。
ドサッと前川邸の広間に乱暴に降ろされ、
ハァっとため息をつく
「芹沢、話すならちゃんと話してよっ!」
「奴らは、ワシの話す事など聞く耳もたん。」
煙管に火をつけ吸い出す始末…
「聞く耳もつから、養子の話しで拗れたんでしょ?」
「ふん。お前が狸寝入りをしておるからだ。」
はい…仰る通りでございます……




