腕の傷
ちぃは、大人しく、俺の心臓の音を聞いている。
さっき、流した涙を拭ってやれば、くすぐったそうに、身をよじる。
今は、今だけは。俺だけの、ちぃ。
こんな事、考えてるなんて彼女は、知らない。
抱きしめる体は、小さく華奢。
「へへ。あったかいや。平ちゃん、あったかい。眠い…」
そう言った途端、ずるっと、腕に重みが増す…
「ちょ、ちょっと待て、ちぃ」
流石に焦った。眠い。と言いながらもすでに半分は寝てる、彼女。とりあえず、座布団に横にさせ、慌てて布団を敷いた。
「平ちゃんお昼寝しよー。」
千夜を運ぼうとしる藤堂と、一緒に布団に倒れこんだ
「ちょ、まって。ちぃ。流石にヤバイってっ!」
「いいじゃん。寝よ。」
スースー寝息が聞こえてきた。
この状況、ヤバイって。手を強く握られ、ちぃの顔を見れば、欲望のが勝ってしまう。何を考えてんだ?俺は…
仕方なく横に寝転んだ。———繋いだ手を理由にして
藤堂もいつしか一緒に眠っていた。
しばらくして、
「……ん?あぁ。寝ちまったのか。俺まで…。」
そう言って起きた藤堂。
寝ている千夜を見て身体を起こした。隣でまだ、スヤスヤと眠る千夜。繋いでいた手を見て、藤堂は、ある一点に目を奪われた。
「なんで、こんなところに、沢山、切ったような傷が?」
千夜の手首にある、切り傷。その線は、沢山あり過ぎて藤堂は首を傾げた。
「ん?」
目を覚ました千夜。
「平ちゃん、おはよう。」
「あぁ。おはよう。なぁ、ちぃ。
心臓以外でも、切ったらヤバいとこって何処?」
「ん?首や、手首とか?太い血管が通っているからね。」
そう答えた瞬間、藤堂の表情が明らかに変わった。
「………。」
「どうしたの?」
「じゃあ、ちぃのその手首の傷は、
ちぃが絶望した、回数?」
切った時も切った後も、後悔なんてしなかった。
まさか、まさか、こんなトコで、この傷を見て
悲しんでくれる人が居るなんて…
「もっと切った。傷が残ったのはこれだけ。
平ちゃんの言う通り、これは、私が生きるのを諦めた傷。
ごめんなさい。」
「バカっ!」
この時代、こんな細い場所切って、死ぬなんて思わないから。ちぃの話し聞いたら、死のうとしてたのは事実。
ごめんなさいを聞いたら、自然と出た、バカっ!という言葉。ちぃは、泣いて居て、俺に謝ってくる。
「謝るなら、やら無いでよ。頼むから、ちぃの傷見て、悲しくなった。責めても、変わんねぇ事はわかってるけど
でも、知ってて欲しかった。
傷見ただけで、ちぃの痛みが伝わる時だってあるって、
悲しむ奴だって、居るはずだから。」
俺は、泣き止ま無い、ちぃを
抱き上げ、土方さんの部屋へと連れて行った。
土方の部屋に着き、襖を開けた藤堂は、
ただ、なんて言っていいのかわからず、千夜を抱き上げたまま、立ち竦んだ。
「平助?どうした?なんかあったのか?」
なんかあったのかって聞くのは当たり前だ。
ちぃは泣きながら寝てしまっていて、隠し切れるわけがない。
土方に、そっと、ちぃを渡し、左手首の傷を見せた。
見せたところで、土方には何の傷かわからない。
「ちぃが、死のうとした傷跡だって。
もっと、切ったって言って。」
土方は少し考えて理解する。
「千夜は、もうやらねぇよ。平助、お前が気付かしたんだ。もう安心しろ。」
「はい。ありがとうございます。俺、仕事に戻ります。」
「ああ、目冷やしとけ。総司にからかわれるぞ。」
「はい。失礼します。」
あいつ大丈夫か?
疲れた身体を動かし、手拭いを濡らすために
井戸に行って桶に水を入れ部屋に戻る。
濡れた手縫いを千夜の目に置いた。
「……ん……?あれ?よっちゃん?」
「なんでわかった?」
目を手縫いで覆われてるのに触っただけで土方だと、わかった千夜に驚いた。
「体温と手の大きさかな?」
「体温?」
千夜が、手拭いを手にして、起き上がって土方を見た。
「よっちゃんの手は、少しみんなより冷たいし、ずっとよっちゃんの手握ってたからかな?懐かしいって思うんだよ。」
懐かしい。か。
千夜を抱き寄せ自分の膝に乗せる。
「へ?よっちゃん?」
「充電だったか?」
「いいの?」
「俺がこうしたいんだよ。」
ドクンドクンと波打つよっちゃんの心臓。
よっちゃんは、ここにちゃんと生きてる。




