浅葱色を求めて…
そろり。そろりと、逃げようとする木戸と伊藤の姿。
「————ちょっと待て。」
ビクッと身体を停止させた2人。
「まさか、総理大臣殿が説明も無しに逃げるんじゃねぇよな?」
「……木戸、鬼が見えるよ。俺、疲れてんのかな?」
「それは疲れのせいじゃないと思うよ。」
「俺、悪役なの?」
「まぁ、沖田に、黙ってた訳だしね。潔く鬼に捕まるんだね。」
「全部聞こえてんだよっ!木戸、テメェも同罪だろうがっ!」
「土方さん、縄にかけましょか?」
「山崎君、一応、総理大臣ですよ。と、言いたいところですが、大賛成です。」
怪しく光る山南の眼鏡
「そうだな。」
「こりゃ、マジにヤバい。」
「俺迄…。」
こうして2人は屯所に連行される事になった。
屯所に連行された伊藤と木戸。少し遅れて沖田がやってきた。
「総司、ちぃは?」
「今は、眠ってます。」
「……そうか。で?話してくれるよな?」
目が座った土方。もはや、逃げ場などない。
「わかった。わかったから、いちいち睨むな。」
「千夜は、清に行ってからも、狙われててな、
診療所も三回は移転させた。」
「三回も?」
「ああ。治安が悪くて、診療所も危険でね、
火炎瓶が投げ込まれた事もあった。」
「そんな事が、あったんだ。」
「ちぃの事だ。俺たちに心配かけねぇように
知らせなかったんだろうな。」
「俺たちも、診療所の周りには警備を着けたんだがな…あの日、爆破があった日、
千夜の診療所は、人が沢山いる時間帯でな、その日は、俺たちも診療所に行く予定だった。」
「俺たちが着く少し前、爆破音が聞こえたんだ。」
「俺たちが着いた時、診療所は、炎に包まれ、
辺りを探しても千夜の姿は、どこにも無くて…」
言葉を詰まらせる伊藤
「……見てもらった方が早いかも。」
「そうだな。」
「千夜がね、外には自由に行けないから、来る時に町の様子を見たいって言ったから、動画をとりながら千夜の診療所に向かってたんだ。」
伊藤が差し出した携帯は、沖田が持っているのとは別のもの。
昔、千夜が使っていたものにはメモに薬品の名前が入っていたため千夜が清に持っていったものだ。
動画を再生すると、清の町の様子が映し出された。
そして、しばらくすると
ドカ————ンッ!
慌てた様な伊藤と木戸の声。そして映し出された診療所は、赤く炎が上がり、人々の叫び声が聞こえてくる。
『千夜っ!千夜は?』
画面が揺れる。2人が動揺しているのがわかる。手に握ったまま存在を忘れてしまったのか
携帯は地面ばかりをうつしていた。
まだ火が回っていない裏口から、2人が診療所の中に入っていく。
携帯が中の様子を映し出した。
倒れる人。黒くなった小さな遺体。うつ伏せで息絶えた女性の姿。
それを見る限り、千夜の生存は、無いに等しい。そして、爆風に飛ばされたのか壁に背にして腰をつけた千夜の姿。少し伸びた髪が彼女の顔を隠す。
周りには椅子らしきものが転がっていた。
「……千夜…」
体は傷だらけで、赤が目立つ。映像なのに、その身を心配する新選組の皆。
不思議な事に、彼女の周りだけ炎がやってこない。
「……コレ…。芹沢さんだ。」
映像を停止させ、沖田は少し巻き戻した。
そして再生させる沖田。千夜の全身が映った状態で沖田は、停止させる。
「これ、おかしく無いです?」
おかしい?
千夜の背には壁。気絶してるからか前のめりに
座っている。
「気絶して、座ったまま、この体勢を保つのは不可能でしょ?」
そう言われたら、爆破で吹き飛ばされただろう千夜。普通なら、そのままそこに崩れ落ちるはず。だが、彼女は座ったままだ。
「よく見ててください。」
沖田はそう言って再生ボタンを押した。
彼女に駆け寄る2人。
画面が揺れる。そこに映った千夜
千夜を守る様に抱きしめる芹沢の姿が、一瞬だけ映った。それは、伊藤と木戸の到着により、光となって消えた。
「……芹沢さんが、ちぃを、守ってくれたって事か……」
そう思うほかなかった。
しかし、なんとか、診療所から運び出したが
千夜の傷は凄まじく、火傷の傷が無いだけで、割れたガラスが腕や足に突き刺さり、赤が流れる……
「千夜っ!千夜っ!桂っ!いつ迄、動画なんか撮ってんだよ!
千夜が、死んじゃうかもしれないんだぞ!」
「……だからだ。だから、撮るんだよ。
俺たちは近くに居て、今を見てる。千夜がこんな姿を俺だって見るのは辛い。
でも、あいつらに伝えてやらなきゃ、ならないだろ……どんな千夜の姿でも…」
涙を流しながら木戸はそう言った。
「……悪い。」
その後、近くの大使館へと移った。治療の間の映像はなかったが、治療を終えた千夜の姿に
皆が絶句した。
白いシーツのベットに横たわるチューブで繋がれた千夜。顔は青白く包帯を巻かれた彼女は
生きているのが不思議なほどで、浅い息を繰り返していた。
その後もリハビリをする千夜の姿を見た。
そして、映像が終わり、千夜が生きてる事さえ、国家機密とされた事を知る。
だから何も伝えられなかったと伊藤と木戸は言った。
頭を下げた2人。皆が沖田を見る。
「……頭を上げてよ。」
「沖田。」
「ありがとう。ありがとう。
千夜を救ってくれて、辛かった筈なのに、映像を残してくれて、ありがとう。」
あの映像が無ければ、何も知らなかった。
千夜がどんな風に怪我をして、どんな様子だったか、何も、知らないままだった。
もし、千夜が死んでいても
そんなの考えたくも無いけど、僕はきっと、ありがとうを口にしたと思う。
「千夜を、僕の元に連れ帰ってくれて————ありがとうございます。」
何も恥じる必要なんてない。頭を下げた沖田。
地獄だった。毎日が……
愛しい人が居ないだけで、日が登ろうと、雨が降ろうと、心は何処かに置いてきたようで、空を見上げては、思い出す彼女の笑顔…
なんで、別れの日、もっと引き止めなかったのか、どうして、もっとちゃんと、別れをしなかったのか…
なんで、笑って見送れなかったのか……。
そんな思いばかりが駆け巡った。
人が死んでから後悔するな。千夜の言葉の意味を知った。
結局、2人は、また謝ってから帰って行った。
その夜、千夜は布団に半身を起こし空を見上げていた。痩せた彼女。まだ包帯も取れて無い手足。
「……千夜。寝てなくて大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。みんなは?」
「例のごとく、宴だよ。 千夜が帰ってきたからだって。呑んでるよ。」
「変わら無いね。」
でも千夜は嬉しかった。また、ここに戻ってこれた事が。
笑顔を見せた彼女
「縁側行こうか?」
「うん。」
彼女の右側で支えながら縁側に2人で座る。
「綺麗な夜空。」
その日の夜空は、いつもの空より、数倍も綺麗に見えた。
それはきっと一緒に見る人が、愛しい人だから…
そうに違いないと、僕は、思った。
「千夜にね、渡したいモノがあるんだ。」
「私に?」
「そう。コレ。」
彼が取り出したのは————浅葱色の手拭い。
目を見開いた千夜
「桜色の手拭いは、ボロボロになっちゃったから…」
沖田の反対の手には焼け焦げた桜色の手拭い
「ねぇ、千夜?もう離れたくない。もうあんな想いはしたくない。君は僕が守るから、平和な世で、僕と、幸せになってみない?」
土方さんの受け売りなんて、本当は嫌だけど
彼女は、その言葉を聞いて涙を流しながら笑った。
「母上~」
「母上~」
子供達が駆け寄ってくる。
僕たちの宝物。
彼女は、浅葱色の手拭いを受け取りながら、
「うんっ!お願いします。」
そう言った。
浅葱色、それは、私にとっては、大事な色。
新選組の羽織の色
私の大好きな彼らの誠の色。
それを求めて、ここまで来た。
私の戯言に耳を傾けてくれた彼ら。彼らが、力を貸してくれたから、
————歴史は、変わった。
子供達の頭を優しく撫で、千夜は、手にした手拭いを広げた。
目を細め嬉しいそうな表情で。
「あ!ハートだ。」
「ハート!」
手拭いの右端には
ちょっといびつなハートのマーク
少し遅れて見つけた彼女は、驚いた様に僕を見た。
「……これ…」
自分でやっといて照れ臭い気持ちになる。
「ちょっと、いびつだけど…」
沖田が縫った刺繍。そんな事はした事がなかった沖田。手に何度か針を突き刺してしまったが
いつかのハートのお返しに、ハートを手拭いに縫い付けたのだった。
「ありがとう。」
そんな声に僕は千夜の手を取る。
「千夜、生きててくれて、ありがとう。
後、おかえり。」
握った手は、もうずっと放してあげない。例えおじいちゃんになっても、この手は放したくない。
「ただいま。総司。」
「僕が死んでも、千夜が死んでも、2人共死んだらだめだ。もし、生まれ変われるなら、必ず千夜を見つけるから
だから、少し、1人にしちゃうかもだけど、どっちが先に死んでも
————生きよう。僕たちが作った平和な世で……」
それが、どんなに辛くとも……。
僕たちなら大丈夫。
彼女の誠は、新選組と共に
————明治まで生き残れたのだから。
私の大好きな、浅葱色。それに、愛した人が刺繍してくれた、ちょっとイビツなハート。
愛なんて知らなかった。知りたくなかった。
失うのが、怖かったから————。
私の幸せは、すぐ近くにあった。逃げてたから気付かなかった。気付けなかった。
本当に守るべきモノを。
「私ね、引退する。これからは、医療だけに力を入れるよ。
だから、もう、総司から離れてあげない。」
驚いた沖田の顔に、千夜はクスッと笑った。
「嫁は、三歩下がって夫の後を歩くんでしょ?」
「……バカ。そんな事しなくていい。ずっと、僕の横を歩いてくれたら、それだけで、僕は幸せだよ。」
抱きしめられた温もり
「……バカって……」
ちょっと不満の声を出した。
「幸せにする。」
「もう、幸せだよ?」
「もっと、幸せにする。」
「じゃあ、私も総司をもっと幸せにしなきゃね。」
「……僕の立場がないじゃない。いい加減、守らせてよ。」
「何、それ?男のロマン?」
「もう黙って……」
「勇司と千歳が……」
2人の姿はすでに部屋には無かった。
「……もう離さないから、覚悟してよね?」
「私も、離してあげない。」
「……バカ。」
優しい声色。そして、優しい口付けが降ってきた。
後悔ばかりした一度目の幕末。二度目の幕末で、私は掛け替えのないモノを沢山手に入れた。
この平和な世で、生きる喜びを。
人を愛し、愛される喜びを。知る事が出来た。
もし、また、平成まで生きようと、
私は、何度でも幕末に舞い降りる。
浅葱色を求めて…
終




