噛み合わない記憶
沖田の行動が可笑しいと、思ったのは何故だろうか?
長年一緒に居たせいか、土方は、少し考えて、沖田に再び視線を向けた。
「お前、まさか、あの女に、惚れたか?」
「……好きですよ!ずっと前、多摩に居た時から!」
多摩……?
”土方さん、
多摩で一緒に居た女の子覚えてます?”
「何を言ってやがる……?
こいつとは昨日初めて会ってーーー
「土方さんこそ、何言ってるんですか
彼女が四歳の時助けたのは、土方さんですよ?
ちぃちゃんには親が居ない…捨て子だったんです。
それを貴方が、土方歳三が助けたんです」
激しく頭が痛みだす……
確かに、女もそんな事を話していた。
幼い頃に、俺に助けられた。と…
しかし、正確な年齢まで、あの女は言わなかった筈。
何なんだ、この変な感じ…此処に居ても埒があかない。
「総司来いっ」
総司の襟を掴み歩きだす
「土方さんっ痛いですって!どこに行くつもりですかっ!」
ついた先は、沖田の部屋
勢い良く開け放たれた襖の音に、布団で眠っていた
女は、薄っすらと目を開けこちらを向いた。
「土方さんっ!痛いですって」
半端、部屋に放り投げられた沖田
「何だ、何だ?朝っぱらから。」
ドタドタと近づいてくる足音
そんな事は気にせずに、土方は、女に近づいた。
女の腕を引き、無理矢理起こす土方
乱暴な事は、百も承知だ。
「ーーっ…」顔を顰めた千夜を見て
「ちぃちゃんに、何する気ですかっ!」
沖田は、そう声を上げた
「「「ちぃちゃんっっ?? 」」」
あの、女嫌いの沖田が女にちゃん付けした事に驚いた。
「嬢ちゃんが、総司を手懐けやがった…」
原田から溢れ落ちた言葉に
激しくツッコミを入れたい沖田だったが
乱暴に千夜の肩を掴む土方から、目が離せなかった。
鼻先がくっつきそうなぐらい、土方の千夜の距離は近い。
「おまえは、俺たちの未来を知っている。そう、言ったな?」
確認する様な土方に「言ったよ。」彼女は、そう言った。
「俺たちの後ろ盾になる藩を教えろ。
もし、言い当てたらーーお前を、此処に置いてやる。」
土方の目を見つめる千夜には、わかっていた。
此処に置く気なんて、さらさらない。という事は……
「京都守護職。会津藩が貴方達の後ろ盾になる。」
「確か、だな?」
「嘘は、言わない。」
「山南さん。悪りぃが、
今日、会津藩に向かってくれねぇか?」
「構いませんよ。」
山南の返事をきき、再び、土方は千夜へと視線を戻した。
「もし、おまえが、言い当てる事が出来なければ…」
「その時は、私の首をあげるよ。喜んでね。」
首をあげる。つまりは斬首で構わない。そういう意味。
恐ろしい言葉を笑みを浮かべ言い放つ女
その笑みはまるで、
————死神の様な、冷たい微笑みだった。
間近で、その冷たい微笑みを見ていた土方は、喉を無意識に上下させた。ぽってりとした唇、口角が上がった口の端
白い肌に、碧い瞳…綺麗な桜色の髪。
女から漂う甘い匂いに、酔いしれそうになる自分。
冷静を保とうと、女の肩を掴んだままであった手に力を入れた。
掴んだ事により、女の眉間には皺が刻まれ、鋭い視線が向けられる。
「それは、本当だな?」
挑発する様に確認する土方には、すでに余裕など無かった。女を好いた訳ではない。
だが、背筋さえゾクゾクとさせる女に興味を持ち始めたのだ。
芽生えたのは、よこしまな気持ち。
「嘘は、言わないって、言ったでしょ?」
その形のいい唇を———塞いでしまいたい。
徐々に近づく男の顔
バシッ
「ーーっ!」
鈍い音がして、目の前の男が頭を抱え悶絶した。
「何してんですか?万年発情期の土方さん。」
ドス黒いオーラを放った沖田の姿に三馬鹿は、小さな悲鳴を上げた。
「誰が、万年発情期だっ! !」
「貴方ですよっ!
たった今、鼻の下を伸ばしてたのに違うと仰るつもりですか?怪我人に、何するつもりだったんですか! ?」
「まだ、何もしてねぇだろうがっ!」
2人の言い争いに、近藤は困った表情を見せ、
ゴホンッと大きく咳ばらいをした。
それを聞いて、静かになる2人の男
「千夜君と言ったね。君に一つ聞きたい事がある。
まだ、此処に残れるかわからんが、隊士が不足しているんだ。誰か、知り合いは居ないか?」
知り合いなんて居るはずが無い。
いや、居たとしても、私を覚えて居ない可能性もある。
考えを巡らせる千夜。皆がその答えを待った。
「…ぁ。」
小さく漏れた声
「どうした?」
「はじめが、もうすぐ佐伯又三郎という人を連れて浪士組に参加する。」
「斎藤が?」
周りを見て、土方は、息を吐き出した。
「まぁいい。会津藩の件すぐに返事が来るだろう。それまで、養生しろ。」
言い捨てるかの様に言って部屋を出て行った、近藤、土方、山南、井上。
その背を、千夜は布団の上に座ったまま見送った。




