向けられた刃
八木邸に着き、
門前に誰も立っていないのをいい事に、キャリーバックを茂みに隠した。黒いキャリーバックに気づく人は、居ないはず。
「コレでよし。」
これからが本番。
話しをすれば、きっとわかってくれるはず。
私を知らなくても…。絶対に
そう思った事には、なんの根拠もない。
でも今は、それを信じる他無かった。
辺りは真っ暗で灯りもない中、屯所の入り口に向かう。
だが、ドンッと、人影にぶつかり
ヨロッとその場に、尻餅をついてしまう。
「……痛ぁ。」
その人影は、八木邸の門を潜り抜け、その場を立ち去ってしまった。
「なんなの?」
立ち上がろうとした時、ザッザッと複数の足音が聞こえ
見えた灯りに、身体が、金縛りにあったかの様に動かなくなってしまった。
ずっと、会いたかった彼らが、目の前に、生きて、現れた。
自分を覚えているか、それは、すぐに答えが出された。
スッと突きつけられた刀に、無条件に喉が上下に動いた。
これは、私を知らないという事。
「怪しい奴ってコイツ?」
「多分そうだと思うわ。浪士組がおる場所にわざわざ、人が来るわけないやろ?」
「八木さんトコのお客さんかもよ?」
「刀ぶら下げた奴がか?」
好き放題言ってる、かつての仲間には、
私の記憶は、なくなっていた。
そして、さっきぶつかった奴が
何かして追っていた事はなんとなくわかる。
「でもコイツ、ガキじゃん。」
そう、顔を覗き込みながら言ったのは、藤堂平助。
浪士組では、最年少の彼
「ガキとかガキじゃないとか、関係ないでしょ?」
と、藤堂の肩を引いたのは、悲劇の天才剣士、沖田総司。
灯りを手にした原田左之助が
「コイツ異人か?」
と、私の髪を物珍しそうに遠目で見る。
それと共に手にした灯りが
パチパチと、音を立てているのが聞こえた。
「髪だけじゃねぇ。目も変わった色してるな。」
と永倉新八が顎を持ち上げる。
温かい、その手に、口を開こうとした時
「———あ…」
「おい。離れろ。」
そう声がして、首に突きつけられた刀
視線を上げれば.結んだ黒髪を靡かせ、刀を私に向けて立つ男———土方歳三が、そこに居た。
土方歳三。私の命の恩人で、ずっと、一緒に暮らしてきた。兄の様な存在である彼が、私に、刀を向ける…。
鋭く先が尖ったそれは、日本刀。
偽物なんかじゃない事ぐらい、私にもわかる。
「答えろ。お前は、此処に何しに来たのかを。」
地を這う様な低い声に、なんて答えればいいか、わからなくなる。
誰も、覚えて居ないのに貴方達に会いに来たと言っても
信じてもらえる筈がない。
会いたかった人達が目の前に居るのに、どう伝えたらいいか、それすらわからない。
このまま異人として、此処で死ねば、仲間に殺されるなら
本望かもしれない。
過去に飛ばされ様と、死にたかった事には変わりないんだから———。
ただ、何も答えられず、向けられた刀を見つめる千夜。
このまま、斬られて誰にも私の事をわかってもらえず、
ーー死んでいく。
そして、目の前の彼らも同じ運命を辿って
————死にゆく運命。
そう考えてた時だった。
「土方さん、そこに落ちてんの書物じゃね?」
千夜の居た近くの地面に指を指しそう言った藤堂
皆の視線は、地面に落ちた書物へと向けられた。
それを拾う土方。
表情は、さらに険しくなっていった。
「コイツを連れて行け。」
連れて行け。それが、何を意味するのか、知らない訳じゃない。
千夜は、大人しく幹部らに従った。
この先にあるのは、前川邸の蔵
そこは、ーー拷問をする場所
ドサッと投げられる身体後ろに縛られた腕により、顔にまで土がつく。
さっきの書物は、多分隊士の名簿だろう。
清河の事で、組の中を知られるのを恐れているんだ。
だから、書物だけでも、過剰に反応したんだろう。
「とっとと言えっ!アレを何処に持って行こうとしてた! ?」
中身を見てないのに、アレって言われても訳がわからない。
まぁ、私が取ったと思ってるんだから、致し方ないんだけど。
グイッと引っ張られる感覚と痛みが頭部に走る。
髪を鷲掴みにされ上を向いた。
そして、視線の先には、土方の顔……
明るくなった、蔵の中さっきより、はっきりと見える
みんなの姿。これから、拷問にかけられるというのに
胸が高鳴った。
ーーずっと、会いたかった。
みんなに……




