千夜の正体ーー弐
「あのね。異国の人が、何回も開国せよって日本に来てるんだよ?日本は、孤立しちゃってるわけ。植民地したいなら、サッサと、攻撃してきますよ?
今の日本は、異国に負ける。連合国の武器も最新の物。日本には、日本刀があるけど、戦では全く使えない。連合国の武器は”銃”だよ。」
「やってみないと————」
「わかるよ!日本は、今、現状、真っ二つ。
攻撃されたら、ハイ。日本を差し上げますって
言ってる様なもんでしょ?日本は、刀で舟に乗り込むつもり?即、撃たれて終わりだよ!舟に乗り込むまでに、何人死んじゃうのか、わかってる?」
「銃……。を使えば、勝てるなら…」
そういう問題じゃないんだけど?
「今、日本にある銃で、連合国に勝てないよ?
そうじゃなくて、今は、日本を一つにしなきゃいけないの!わかる!?」
「………」
「………」
「どうやって?」
「……」
「考えないのに、教えてもらえると思ってます?」
「……ハイ…」
ゴツンッ「ーーっ!椿、痛い!」
「真剣に、考えてくれたら教えます。私も、まだ未計画なんで…」
に、しても…眠い……。
目を擦る椿。昔の椿が重なって見えた。
「クスッ椿は、変わらないね?可愛い~」
「やらないからな…。家茂。」
あははは
そんな声も、千夜には聞こえない。
ゆらゆらと、睡魔に負け、既に夢の中へと旅立ったのだった。
***
「なぁ、土方さん。ちぃが、姫様だったら、どうするの?」
「……あぁ、平助か…ちぃが、姫様でも、ちぃは、ちぃだろ?」
そう自分に言い聞かせるように言う。土方。
わかっているのに、今まで通り過ごせるのか、わからない……
「まぁ、そうだよなー。」
そんな藤堂の声を聞きながらも、自分は、上手く飲み込めないまま、土方は、そっと大坂の空を見上げた。
なぁ。ちぃ……。お前は、刀なんか振り回さなくても、生きていけるんじゃないか?
新選組に居なくても、お前は、幸せになれるんじゃないか?
そう、思いたくないのに、思ってしまう。
翌朝、千夜は、新選組と合流した。合流というか、千夜が、宿屋に帰って来ただけなのだが。
泣きつく、ケイキを振り飛ばし、いえもち君にも、引き止められたが、彼女は、迷うこともなく新選組を選んだ。
出迎えてくれる、みんなに頬を緩ませる。そんな中、一人の男が、投げ捨てるかの様に言葉を放った。
「ちぃ。お前、良かったのか?」
声がした方を見れば、そこには、土方の姿。
「なにが?」
「……こっちに戻ってきて。」
「私が、決めたんだよ?」
なんで、そんな事を言うの?
「あっちのが、お前、幸せに————。」
パシーンッ
「バカに、してんの?」
突然、千夜が、土方の頬を叩いた。周りは、オロオロして、二人を交互に見た。
「お金が、ある方に、なびく人間だと思ってるの?お金が、あれば幸せだと?ふざけないでよ!」
「千夜!」
永倉が止めに入るが、それにも構わずに、千夜の胸倉を掴み上げた。
「姫様なら姫様らしく、刀なんか振り回さなくても、幸せに生きていけんだろうがぁ!」
「土方さんっ!」
私に刀を持つなって言うの?
ただ、大人しく、城に居ろって言うの?
「………それって、どういう意味? 」
「女ならガキ作って、大人しくしてればいいんだよっ!」
「土方くん、それは言い過ぎです!」
ハッとしたのか、山南の言葉に、土方が掴んだ胸倉を離した。
「…………」
「ちぃ、土方さんさ、頭に血がのぼっちまったんだよ。本気であんな事、言ってる訳じゃねぇから…」
そんな平ちゃんの言葉も、頭に響かない。
「よっちゃん、私はっ!」
「千夜もう、今は————」
「私は、子供を産めないのっ!」
本気で言ってなくても、悪い冗談にもならない。その言葉は、千夜を深く傷つけただけであった。
「………」
土方は何も話さない。
「ずるいね、よっちゃんは、勝手に私の幸せを決めて、城に帰るように仕向けても無駄だから。」
ちぃは、俺が何か言えない事を黙ってると、まくし立て、俺が言いたくない言葉を吐き出させる。そして、その後は、俺を責めない。
殴った方が悪いと、俺が謝る必要はないと言う。両成敗だと笑うんだ。
ずりぃのは、どっちだよ…… 。
子が宿らないのは、知らなかったが、ちぃを傷付けたのは、明らか。しかし、何も言えないままに、俺は、ちぃに背を向けた。
******
「千夜さん?大丈夫ですか?」
「あぁ、山南さん…」
強制的に、永倉らに、別の部屋に連れて来られた千夜。山南が部屋にやって来て、彼女の前に腰を下ろした。
「聞いていいですか?」
「……子供の話しですか?」
「あなたがよければ…ですが…」
言いにくそうに、口を開いた山南に、千夜は、苦笑いをして、口を開いた。
「構いませんよ。私は、四歳の時、大奥に連れてかれたんです。煌びやかで、綺麗な場所。だけどそこは、女の醜い感情が固まった場所だった。世継ぎ争い女の嫉妬、権力争い。
近い未来私は、そこで、暮らすんだと、絶望しかありませんでした。
だから、私は試したんです。」
「試した?」
「子供を産めなくなっても
私を必要としてくれるか…どうか…」
山南さんの目が見開かれる。
「私は、自ら刀を突き刺した。子供を宿す臓器に、案の定、私は、いらない子になったんです。その後は、地べたに這いつくばって、雑草すら食べた。
だから、死のうと思ったんです。
だけど、多摩川をボーっと見てたら、よっちゃんが来て、生きてみようと思ったんです。」
単純でしょ?私は…
そう言って、笑った千夜。何故、彼女は、笑っていられるのか?
「なんで、そんな事を…」
そんな事をしなければ、彼女は姫様として、いられたんじゃないか?そんな思いがあった……
「自分の存在価値は、子供を宿す事だけじゃない。確かに、バカですよ。やった事は……。
でも、壬生浪士組に出会えた。
————あなた達に出会えた。
私は、今、幸せですよ。山南さん。」
そっと、山南さんの手を取り笑った千夜
女子の幸せより、壬生浪士組に出会えた事を
自分達に出会えた事を、幸せだと言う千夜。
山南さんの目から涙が流れた。
「手、震えてませんね。良かったです。」
ヘラっと笑った千夜を、山南は堪らず抱きしめた。
その光景を、幹部隊士達は見て、声を押し殺した。流れ出そうな涙。彼女が笑っているならば、見せてはいけないものだと、誰もが思ったのだった。




