千夜の正体
そう思った。のに、————
「なんの嫌がらせですか?」
翌日、上様より招待状が届き、その日の夜。大阪城に入った千夜が放った第一声。
幹部隊士達の目の前で、千夜は、動揺を隠すことができなかった。
「ちぃ!上様の御前だ!」
そんなことは、わかってる。口を慎め。そういう事だろう。
「一橋殿もご一緒だとは、驚きました。」
山南さんの声が、遠くに聞こえた。そう。
一橋慶喜。こいつが、私の中の冷静さを無くしていく。
「……やっと、見つけた。」
ニヤッと笑った一橋公。
体が、動かない。よっちゃんの目が、みんなの視線が、痛い。
「座ったら?」
いえもち君に促され、座布団に座るしなくて、
山南さんが、みんなを紹介していく中、千夜は、なんとか、自分を保とうとする事しか、————できなかった。
「芹沢千夜ねぇ。何で、新選組にいるの?君は……」
一橋公の目が怖い。
何でって、言われても……。
「理由がなきゃいけませんか?」
「ちぃ。」
「土方よい。千夜は、友達だ。話し方は、そのままで構わない。」
「友達っ??」
驚いて、声を上げた藤堂に、皆の冷ややかな視線が向けられた。
よっちゃん、私より、平ちゃんを止めた方がいいと思う。しゃべならくていいのに、よっちゃんは、私を多摩川で助けた事を話し出した。
よっちゃんの言葉なんか入ってこない。
何を話してるか、理解できない。頭が拒絶する
「土方。」
一橋公が、よっちゃんに声をかけた。
もう、これ以上は話さないで————。
「はい。なんでしょうか?」
「千夜。いや。
————椿を返してくれないか?」
…………返してくれないか?
「……どういう…、意味ですか?」
————もう、やめて……。
利用しようとした、私が悪いのか?私は、新選組に居たいだけなのに…………。
芹沢鴨の残した、壬生浪士組を継ぎたいだけなのに————
「椿は、俺の————妹だ。」
その場の時が、止まったかの様な錯覚。
その重苦しい空気の中、声を出したのは…よっちゃんだった。
「千夜は、椿だと、言いたいんですか?」
「そうだ。」
信じられるわけない。
千夜が、一橋公の妹だなんて、だったら、ちぃは、本当の姫様って事。
どういう事だ?
だって、ちぃは、多摩川に居たんだ。泥だらけのナリで、傷だらけの手足でだ。
「 私は、千夜だよ。もし、私が、椿って子だとしても、何も変わらない。」
そうだよ。私は、私。
「お前は、幕府の人間だろう?」
幕府の人間?
『お前なんて、生まれて来なければ……』
何が、幕府の人間?
「だったら、
————私は、幕府に、捨てられた子だ。
新選組は、身分も出身も問わない組。何か、問題でもあるの?」
————捨てたのは、ダレ?
誰も口を開けなかった。
結局、この日は、千夜は、大阪城に預けられる事になった。
帰りたいのに…
「椿?」
ただ、ボーっと空を見上げる。
「なに?いえもち君。」
クスッ「慶喜が可哀想だよ?」
あーそうですか。大阪城に、取り残された私は、可哀想じゃないのかよ?
「慶喜はずっと、椿を探してたんだから、少しは優しくしてあげなよ?」
見れば、少し離れた場所で壁にもたれかかって
座っている慶喜の姿。
「別に、シチマロに怒ってないじゃん。」
「シチマロって、七郎麻呂だ!」
長いもん。しかも、幼名じゃん…。
「じゃあ、ケイキで……」
「………あぁ。」
「…で?なんで、いえもち君が 、ケイキの肩持つの?」
「あー、なんとなく可哀想でね。」
「私のが可哀想だよ…」
「新選組が、いいのか?」
そんな、ストレートに聞かれても
「あのね、ずっと、千夜で生きてきたの!わかる?新選組は、私の命だよ。
何にも、変えられないかけがえの無い、私の居場所なのっ!」
「もし、新選組を潰————
「叩き斬るよ?そんな事したら迷わずね。」
殺気が千夜から溢れ出る。
「悪かったよ。お前が、刀を握ってるなんて、考えもしなかった。」
なんだか寂しそうな顔をする、十は離れているケイキ…
彼を恨んだりした事はない。
そっと、近づいてきたケイキ。
「抱きしめても、いいですか?」
別に、拒む理由もないから、素直に受け入れた
「……椿……」
切ない声で、椿を呼ぶ……ケイキ。
「ごめん。ごめんな……、守ってやるって言ったのに …」
その声は、私に入ってはきてる。だけど、他人事の様に、受け止めるしか出来ない
私は……千夜だもん…
ケイキはしばらく、私を抱きしめたままで…
ゴホンッゴホンッ
わざとらしい、いえもち君の咳払いが聞こえた。その、咳払いのおかげか、やっと解放された。
「慶喜、長い抱擁を見てる方の身になってくれない? 」
かなり嫌だったらしい。気持ちは、わかる。
「僕の側室になればいいのに…」と、いえもち君……
「ならないから!」
なんで、側室の話が出てきたんだよ!
「じゃあ俺の……」ガコンッ
「————っ!」
悶絶するケイキ。頭に拳骨をくれてやった
「お前は、黙れ。」
「だって、新選組に帰っちゃう!」
「うるさいよ!側室の話しを出すな!」
「じゃあ、正室…?」
「そっから離れて?祝言なんかしないし!バカなの?ねぇ?」
「つばきぃ~。」
「いえもち君、こいつ抹殺して良いか?」
あははは。笑ってる場合じゃないんですよ…
「なんなの?私の居場所を取り上げたいの?芹沢鴨も、会津に逃げ場を取られて、死んだんだよ?松平は何考えてるの?
ねぇ!ケイキ!新選組に居たいの!」
わかってよ!
「……お前、土方が好きなのか?」
いや。なんでそうなる?
「好きだけど?」
「恋仲なのか?」
「はぁ?」
「どうなんだ?」
なんで私追い詰められてるの?
違うけど……。ってか、
「どうでもいいじゃん!あんたら、こんな事してないで、さっさと、日本を平和な世界にしなよ!」
「……」
「……どうやって?」
幕府が衰退していく筈です…。
「いえもち君、貴方は将軍だよ?どっしり構えてても、平和にならないの! 」
「……うん……」
「家茂……お前大丈夫か?」
「お前も考えろよ!」
「じゃあ……千……。椿はどう思うの?」
ここでは、私は、椿にしかなれないのね 。
「どうって…?」
「今、日本は、いろんな思想があるでしょ?
椿は、どう考えているの?」
「尊王開国。」
「え?」
「開国?新選組はそうなの?」
「違うよ。新選組は佐幕。局長がそうだからね。だけど、尊王攘夷の人もいる。私は、尊王で開国するべきと考えている。」
「開国したら、日本は、乗っ取られる。」
「あのね、開国すべきなの!日本は取り残されるよ!」
「植民地になる!」
「………」
なりません。




