ご落胤ーー弐
大粒の涙が溢れる。
「魁先生なんて、ならなくていい!幕府なんてどうだっていい。私は、私は、みんなに、生きてもらいたい。
…………死なないで………
私を残して死なないでよっ!」
抱き寄せた身体は細く小さくて、いつも、強気なちぃが、俺に、涙を見せた。どうしていいか、わからなくて、頭をポンポンと撫でる。
目腫れちゃった。と、なんとも場違いな言葉に、苦笑いしか出来なくて、川の水で手拭いを濡らし、手渡した。
「ありがと。平ちゃん、えっと、ごめん……なさい……。」
いきなりの謝罪に、訳が分からず、「ん?」そんな声を出した。
「刀、捨てちゃえばいいって、生意気な事言ったから、でもね、
子供が可愛くない親なんて————っ!」
不自然に止められた言葉に、藤堂は、彼女の顔を覗き込んだ。
「ちぃ?」
『あんたなんて、生まれて来なきゃ良かったのよ!』
「————っ!」
頭を抱えて、首を振る千夜に、今度は慌てて、声をかけた。
「ちぃっ ! ?」
「大丈夫。ごめん。子供が、可愛くない親なんて居ないよ……居ないんだよ…。平ちゃん。」
フゥ~っと呼吸を整える。
「大丈夫か?」
「うん。帰ろ?平ちゃん。」
笑顔をはりつけ、声のトーンをあげる。
「おう。」
あんな過去は、知らない————。今があれば、私は、それでいい。
日が沈みそうな頃、私達は、屯所にたどり着いた。
笑顔が絶えなかった藤堂。真面目な彼だからこそ、ここまで誰にも言わず、辛くても苦しくても、誰にもわかって貰えず、ご落胤と呼ばれ続けた平ちゃんの苦しみは、私が、思っているより大きくて、平ちゃんの心の傷もまた、壊れてしまう寸前だったのかもしれない。
そっと、平ちゃんの頭を撫でる。
「……ちぃ?」
「産まれてきてくれて、ありがとう。平ちゃん。私に心を開いてくれて、信じて、話してくれてありがとう。」
ありきたりの言葉。だけど、私は、他に言葉が思い浮かばなかった。
「ちぃ…」
「大丈夫。私は、平ちゃんに出会えた事、誇りに思う。
藤堂平助は、ちゃんと歴史に名を残す。壬生浪士組の幹部隊士として、だから、辛かったら一緒に泣けばいいし、楽しかったら一緒に笑おう?
もう、一人じゃないよ。ずっと前から一人じゃない。
気づいてるはずだよ…平ちゃんの仲間は、そんな事で、平ちゃんを傷つけたりしないって、」
本当に?って縋る様な表情の平ちゃん。
「……俺。かっこ悪いな…」
「そう?私は、無理に笑ってる平ちゃんより、
今みたいに感情を剥き出しにした平ちゃんのが好きだよ?」
「ちぃ!」
抱きしめようとした藤堂だったが、私の背後から手が伸びて、彼の頭をガシッと押さえつけられた。
「ふがっ」
その途端、ヒキガエルの様な声が藤堂から上がり、
「楽しそうだなぁ?平助。」
突然の声に固まる私達。
鬼の形相の、よっちゃんと総ちゃんが立っていた。
私達が居たのは屯所に入って直ぐの場所。見てくださいと言っているようなもの…
藤堂を押さえたのは、沖田だった。
「平助、ちぃちゃんに抱きつき過ぎだから!
ちょっと我慢してたけど、やっぱ、ヤダ。」
いや、背後から抱きしめてる自分は、いいのか?総ちゃん。
「総司っ!テメェも変わらねぇよ!」
「うわ!総司っ!」
「何?平助そんな事で、悩んでたの?そんな事、みんなとっくに知ってるよ」
「は?」
「だから、知ってるんだって。平助の事。」
「なんで?」
「だって、刀とか普通の人が持ってる訳ないし、兼重っていったら、伊勢の方の刀剣商が有名だし、津藩っていったら藤堂家だし?
それに、酔った勢いで、自分のこと話してたしね。俺は、ご落胤なんかじゃねーって。」
なんか脱力した……
「平助、ちぃちゃんの言う通り、無理して笑うのやめなよ。みんな、とっくに知ってるんだから……。見てるこっちが、痛いんだよ。しかも、ちぃちゃん泣かせて……」
私が泣いたのは、別に、勝手に泣いただけだし…
「あははは。なんだー知ってたのか。俺、馬鹿みたいだなぁ…」
「平助、また無理して笑って……」
私から離れて、平ちゃんの頬を摘んで、ビヨーンと横に伸ばす総ちゃん。
「痛だい……」
「痛くしてるんだよ。ちぃちゃんの涙を無駄にする気?僕達は、出来なかった。平助に向かい合うのが、怖かった。
ちぃちゃんは、ちゃんと向かい合ってくれたんだよ?
だから、無理して笑うのは禁止。今度、無理して笑ったら斬っちゃうよ?」
総ちゃんなりの優しさ。
「総司……」
ガバッと抱きつく平ちゃん
「うわっ!僕、そういう趣味ないんだけど!!
しかも鼻水やら着物につく!」
離せ~!と、嫌がる総ちゃんの顔は笑っていた
平ちゃんの笑顔は、嘘偽りのない笑顔。
————この先も、みんなの笑顔を守りたい。




