始まりの三人 4
草刈勉と久遠静稀は、カフェ『ノノ軒』で首吊り女性と待ち合わせをしていた。僕たちが通っている学園の隣町に位置するカフェ『ノノ軒』は顧客を若者に絞っているらしく、値段がリーズナブルだった。特にレモンティーとチーズケーキのセットが400円という学生に優しいお値段で提供されている。
隣町もあって、僕は行ったことがなかったが、久遠静稀は何度か来たことがあるらしい。
僕達は首つり女性の驕りという言葉に甘え、普段頼まないであろうガトーショコラと当店オリジナルブレンドコーヒーを頼んだ。久遠静稀はミルフィーユとホットイチゴオーレという甘味をさらに甘くしてような組み合わせで注文した。その組み合わせで味が判るのか?
「大丈夫。私甘党だから、甘味の違いぐらい判るのよ」
「……甘いに違いなんてあるの?」
「お酒の味に違いがあるように、甘いのにもあるの。勉だって好んで緑茶飲んでいるけど、あれ元は水だからね。紅茶とほぼ同じ原理で作られているからね。」
いや、知っているけど。うん?
僕たちのよく判らない会話に、首吊り女性はレモンティーを片手に笑っていた。彼女の今日の服は丈の長い緑の服と白い帽子の恰好で、森ガールぽかった。
「仲がいいのね」
「はい」
「そうですね。仲はいいですよ」
僕と久遠静稀は否定をしなかった。女の子というものは、こういう直球には弱く否定しがちだと聞いていたのだが、案外違うらしい。教えてもらった僕の友達は、少し変態気質のある人だったので、彼を責めることはできないし、まあ気にしない。
僕たちが期待していたであろう反応と違った反応をしたはずなのに、首吊り女性は微笑ましそうにしていた。……母親とは違う、大人の女性である。
「では、自己紹介を。私の名前は苗木玲子です。都津摩大学の三回生です」
そういって、首吊り女性もとい、苗木玲子は頭を下げた。
「先日はありがとうございます。おかげで助かりました」
文字通り、彼女自身が望んで自殺を図っていたので、死ぬ出戸際だったのか判らないが、運よく僕が助けることができた。もしかした邪魔してしまったのではないか、邪見にされても仕方がないかと思っていたが、苗木玲子さんの感謝している言葉で胸のとっかえが下りた。
「いえいえ、気にしないでください」
僕は、こう自然と答えた。もう、気にすることなどなかった。
肩が軽いな。
「いや、気にしなさいよ」
しかし、そうは問屋が卸さないといわんばかりに、久遠静稀は僕の横腹を腕の肘で突いた。
「自己紹介ありがとうございます。私の名前は久遠静稀といいます。そして、彼の名前は草刈勉です。ご存知ですが、彼が先日のあなたの自殺を未遂で終わらせた人です。
あなたも私たちに訊きたいことがあると思いますが、先に聞かせてください。どうして自殺をしたんですか?」
久遠静稀のプライドや心を無視する暴言とも言える言葉に、苗木玲子は落ち着いた様子で語った。
「あなたが思っているほど、深い理由じゃないのよ。
私が所属しているサークルがこの春、解散してしまったのよ。
ホラー映画研究会といってね、普通の人には煙たがられるような変わったサークル。いえ、同好会だったのかも。それに私は所属していた。
世間体やら経営的な問題で大学から解散するように言われてて、そして先月、本当の意味で解散してしまったわ。
それまでは、アジトで度々会っていたんだけど。一年経つとそれも難しくなっちゃって。
ほら、あなたたちがこの前、来た部屋。あそこがホラー映画研究会のアジトだったのよ。
本棚見た? オカルトやホラーの類ばかりで気持ち悪かったでしょ。
……ああ。ごめん。それどころじゃなかったわよね。
今度見してあげるわ。
そんな嫌な顔しないで。はまると面白いわよ。
……あ、そう。ならいいけど。
判ってるわ。話の続きでしょ。
大学から解散を命じられても私たちはサークル活動を続けていたわ。
はい、そうですか。それで辞めるサークルなんてほとんどないわよ。
それで、しばらく足掻いてみたんだけど。
結局失敗、というか無駄だったのよ。
ええ、無駄だったわ。取り合ってくれさえしてくれなかったもの。
それで、私たちのサークルは解散して、私は自殺することにした。
なんで?
大切な場所を守ろうとして、失敗したからかな。呆然と自分の胸に空いた喪失感に耐え切れなかったのよ。
ほら、私田舎出だし。
ああ、君たちは知らないか。
田舎育ちの子はね。都会という環境にただ参ってしまうの。
最初はあんない憧れていたのに。まるで夢の世界ってね。
それで、私は独りぼっちになってしまって。
孤独のまま行き着いた先が、ホラー映画研究会だったのよ。
アンラッキー? 快活そうな君にはそう見えるかもしれないけど、独りぼっちの私にとっては、そのサークルは藁だったの。
そう、藁にも縋りたかったのよ。この言い方は、さすがにひどいわね。
ホラー映画研究会の人たちは個性的だったけど、みんな良い人だったのよ。田舎出の私にとって、その人たちとの毎日が支えになったし、何より楽しかった。
だから。私は彼らに依存してしまったのよ。
そういう女だった私は、依存する先を失ってものの見事に自殺へと走った。
恋人を判れた女が自殺するのと同じ。ニュースにするまでもない、良くある話だった。
これが、私の自殺動機の全貌。
どう、勉強になった?」
◇ ◇ ◇
親族が犯罪者だった現実を警察から説明を受けているように、苗木玲子の要約された物語を聞かされた。
短文だったか、長文だったか判らないが、人の人生の一部として語るにはあまりに薄っぺらく感じている、彼女は本当にホラー、というか。ホラー映画研究会のみんなと遊ぶのが楽しかったのか。
そんな疑問が浮かぶのは、人として僕が歪んでいるのかもしれない。
もしくは、僕が僕の探求を止めないからかもしれない。
そう、僕という人間の価値。
価値観の探求。
それに結論付けるために、僕は「特別」を求めるのだ。
苗木玲子の自殺構想の後、僕たちは解散することとなった。それ以上に、話すことなどないからだ。
いや、違う。僕たちが話題というか、これからの展開を切り出せなかっただけだ。それ以上話すことは山ほどあったし、これからどうしていくかだけでも話せただろう。
勇気が足りなかったのだ。
連絡を交換したあと、久遠静稀は言った。
「何か手伝えることがありましたら、ぜひ呼んでください。私たち駆けつけますから」
彼女も思うところがあったのだが、どう手を出せばいいのか、手を取り合う方法が判らなかったため、足掻きというか、ダメ元だった。
◇ ◇ ◇
今回のオチ。
というか後日談。
僕こと草刈勉と久遠静稀の二人は、苗木玲子と一週間に一度会っている。
もちろん、カフェ『ノノ軒』でだ。
僕たちは苗木玲子を死なせないために彼女に生きる目的を与えるという結論に至った。
それが、一週間に一度会うというものだ。
内容は、「私たちもホラー映画に興味だあるんです」だ。
本当は興味どころか無関心の僕は、映画よりも読書を嗜みたいのだが、人の生死と天秤にかけられては映画を優先しなければならない。
嗜む、ではなく趣味している。
久遠静稀もホラー映画は苦手なはずだったが、会話を重ねるうちに平気になっていき、むしろそのようなオカルトを好むようになっていた。
「勉だって楽しいくせに」
……否定はできなかった。
確かに、とある何かしらを熱中し、続けてきた人からその喜びを教えてもらうというのは、本を読むよりも面白いが、本よりも時間がかかるのが不満だ。
僕は、もはや癖になってしまった日陰の景色に目を落とす。
人間というには、日向といった共通できる喜び、楽しみを幸せと思い、特定の人が喜ぶコアな、日陰といった趣味を変わっている、少しおかしいと言う。
それは、偏見ではない。知らないからだ。
知らないから、無知だから、適切な言葉が自分の積み重ねてきた知識の蔵書から見つけることができずに、安易に決めつける。
理解できないのも無理もない。そもそも彼らの蔵書の中には、その言葉が入っていないのだから。
その手の書類は、一度その世界に入らない限り手にすることができないのだ。
参考文献であり、専門書なのだから。
「久遠には負ける」
「そうかな? そうでもないと思うよ」
人とのつながりは何でつながるかなんて判らない。
僕たち三人がつながったことに意味があるのかと言われれば、意味はないと言うだろう。
僕もこの言葉を返すのは僕らしいと思っていたけれども、その答えは悲しいものだ。
つまらなく、思い出にも残らなかったことを意味する答えだ。
なので、僕たちは一本の映画を作ることにした。
といっても、過去の先輩が作ったリメイクなのだが、どう世界観を変えるのかが腕の見せ所だと苗木玲子は言っていた。
映画を作ることが出会いを意味づけるため、というつもりはない。
ただ、結論づけるには、僕たちは何もしていないということだ。
とりあえず、今日なチーズケーキを注文しようと、コジレタ扉を押した。
カラン、と綺麗な音が聞こえた。
ここまでの物語は、いわばプロローグのようなものです。
ここから一気に展開していきますので、お楽しみに!!