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始まりの三人 3

なぜだろう、小説が少しグダグダに感じています。

もう少し、根幹となるものがこの小説にも欲しいなと思っているところです。

しかし、安全してください。主人公も少しづつ魅力的なものになっていきますから。

 まどろみというのは、濁った眼から映るぼやけた風景のことをいうのだ。長年フリーズしていたパソコンが重い駆動音を上げるように、僕の脳はゆっくりと覚醒を始める。自分の心を頭を把握するまでにかかる時間は、人により、僕は結構時間をかけて覚めるタイプのようんだった。


 見覚えのない部屋に夕日の日差しが差し込む。少し寒く感じていた僕にとってその光は、物足りないものだった。どうせ浴びるのなら朝日がよかった。


 残念そうな顔で夕日を眺めているであろう僕に、ヒト型の影が現れる。逆光でその人の顔が見えないが、僕はその人が誰なのかは判っている気がする。


「起きました?」

「……置きました」

「? なんでしょう、ニュアンスがおかしいのかな。これ飲める?」


 優しい声で僕に温かいココアを渡した。眠気覚ましに甘いその温もりは、冷えた体に心地よかった。胃の中からその熱が循環しているように温かくなる。


 僕はココアを半分飲んだところで、その女性を見る。黒髪を後ろに簡単にまとめた彼女は、人生を謳歌したのではなく、心労したという言葉が当てはまりそうな女性で。茶色の細いフレームが付いた眼鏡をかけた彼女のその知的な雰囲気が街はずれに存在する図書館司書に見える。


 彼女も自分の入れたココアを飲み、一息ついていた。


「ふう~。何か聞ききたいことがあるのではないですか?」

「聞いてもいいんですか?」

「良くないけど……。私がなんで首を吊っていたか気にならないの?」


 気にならないわけではない。だが、別に知りたいと思うほどでもないし、それを知らなかったとして僕が困ることはないわけで。パソコンに知らないキーワードを打ち込める環境に置いても、わざわざ使わないのと同じように、僕も彼女の首つりを検索する気は毛頭ない。

 今の僕の気持ちにあるのは、誰も死ななかったという安堵と、もう二度とこのような事案に遭遇したくないという忌避感と。

 一刻も早く自分の匂いが染みついた布団で横になりたい。

 そんな堕落感だった。


「気にはなるんですけど、自分たちもう帰りますから。ご迷惑でしょ」


 僕は決まりきった言葉で掲げて、久遠静稀クオンシズキを背中に負う。女の子ってこんなに軽いんだと感慨深げな気持ちにはなったが、それでも歩行するのに邪魔なのは決定的で、背負うというのはやっぱり制限というか制約というか、そんなものが付いて回る。ちなみに、久遠静稀を背負う場合の最大の制約は、彼女の眠りを妨げすに歩いてやることだろう。


「帰るんですか? どうして? あなたは私がどうして自殺に走ったかを聞きたいと思わないんですか?」


 情緒不安定なのは、彼女の目と口調の変化ですぐに気づいた。何かに支えられなければ自分の心が消えてしまいそうな恐怖が彼女を襲っているのだろう。


「訊くのは簡単ですけど、聞かれるのは堪えるものがあるでしょう。僕はあなたがどうして自殺に走ったかを知ったところで、僕にできることがありますか?」

「そうだけど……」


 女性は不安げな表情で僕を見つめている。雨の中捨てられた子犬が誰かに救けを求めて鳴いているようだ。彼女に何があったのか。それは、ただ人肌恋しい子犬のように簡単に片付く問題ではないかもしれない。

 ただ、この女性は人肌が温かい人間を欲している。それを僕はなんとなくだけれども把握して、自分という人間にとことん当てはまらないというのが理解していた。

 自分の人肌が冷たいと思っているのわけではないが、冷めきっているとは感じている。この表現に違いはないのかもしれないが、とにかく僕は自分を含む人間に冷めている節がある。


 彼女が救う人というのは、冷たい人間ではなく、暖かい人間でなければならない。そうでないと、いつか決壊してしまうのことを僕は判っている。


「まあ、僕としてもせっかく救えた人がまた自殺されるのは嫌です。なので、次の土曜お茶をすることにしましょう。もちろん、あなたの持ちでお願いします。学生はいつだって金欠ですし」

「え……? 話聞いてくれるの?」

「僕というよりも彼女、ですかね。どっちにしても、彼女を除け者にしてはいけないでしょう」

「……そう。判りました。では、二時に『ノノノキ』で待ち合わせでいい?」


 ……聞いたことがない場所だが、たぶん大丈夫だろう。スマホのある時代だ。聞けばなんでも分かる。この不景気の時代に生まれて良かったと思える利点だけの性能がある。


「ええ。いいですよ」


 では、次の土曜に。そう言って僕は首吊り女性の部屋を後にした。


 外に出た僕は深く深呼吸し、新鮮は空気を思う存分吸い込んだ。廻る空気に肺が喜んでいるのがよく判る。それほど、あの鬱々として部屋の空気が悪かった。


 その部屋の主である彼女にまた会わなくてはならないのだが、それまでに軽く彼女のことについて調べないといけないのかもしれない。

 無手で挑むべき案件でないことは、探偵稼業を知らない僕にでもよく判っていた。


◇ ◇ ◇


 学生である僕たちは当然、学校に通わなくてはならない。中退すれば学校に通わなくて済みのだが、そうなってしまった者は学生とは呼べない。

 では、なんと呼ぶべきなのだろうか。大人は18、また20からであるし、14歳で働いて給料を貰っていたとしても、そいつは社会人と呼ぶに不適切としか言えない。


 きっと、その呼称を決めるのは自分ではないし、僕と関わることではないことははっきりと判っている。だが、それも『特別』なのだとしたら、少しの関心によって知りたくなってくる。もしかしたら、僕が求めている『特別』が判るかもしれないし、手に入るかもしらない。


 だからといって本当に辞めるわけではないのだが。藤之中フジノナカ学園中等部に通う僕は、窓から見える学園の光景を眺めながら溜息をつく。


 果たして僕は本当に『特別』というものを手にしたいのか。はたまた成りたいのか。少なくとも何かを捨てて『特別』になるような男気が僕にはあるとは思えない。


 捨てたからといって『特別』になれるのかも判らないが、今より近づけるのは確かである。


 物思いに耽る僕に、昨日の目撃者の一人である久遠静稀クオンシズキが声をかける。

 もちろん、首吊り女性のことだ。


「おはよう」

「うん。おはよう」

「…………」


 そのまま無言で自分の席に着く。

 どうしたのだろう。てっきり昨日のことについて根掘り葉掘り聞いてくると思っていたのだが。

 今日は具合が悪いのかなと心配していたところで、携帯が震えた。中身を見て、僕の心配は無用だったことが判る。

 

 ラインには、『昼休みに屋上で。昨日の件で話がある』と短い言葉が入っていた。


 今日の彼女は昨日よりも好調が良いのかもしれない。そんな予見はズバリ当たっていた。


◇ ◇ ◇


「ねえ。昨日結局どうなったの。気が付いたら私自分の部屋で寝てたんだけど。というか、ツトムあなた私の部屋に入った!? そこのところどうなのよ、ツトム!!」

「待ってよ。順序立って教えるから」


 久遠静稀に彼女が眠った後の、昨日の首吊り女性と話したことを伝える。話の結果ノノノキで会う約束を取り付けたことを伝え、それに久遠静稀は満足そうな表情で浮かべた。


「まあ、それしかないよね。ツトムは人に少し冷たいし」

「……自覚しているよ」

「だったら、直したらどう? そうすればあなたの友達も増えると思うよ」

「いいよ。人付き合いは苦手だし」

「また、そんなこと言う。……ああっ!! それよりもツトム、あなた私の部屋に入った!? そのことまだ言ってないよ!!」


 僕の首を締めながら詰問する。その顔はトマトのように真っ赤だった。苦しみながらも僕は助かるべく言葉を言う。


「入ってないよ。玄関までいっておばさんに久遠を預けて、僕は帰ったよ……」

「……そう、入ってないのね」


 久遠静稀は残念そうな声を出しながら、僕を締めていた手を放す。解放された僕は、ゴホゴホと咳き込む。口に入る空気がうまい。


「それで、土曜日にノノノキに待ち合わせなのね?」

「うん。そうだよ」

「ああ、なんか行きたくないなあ~。行き苦しいというか」

「でも、行くんでしょ」

「そりゃ、行くけど……。だから、ツトムは人に冷たいと言われるのだよ。もう少し、私の心にも優しさというオブラートに沿えて送るべきよ」

「うん。ごめん」

「……いや、謝れたいわけじゃないんだけどね」


 久遠静稀は呆れた顔で僕の額を人差し指で突く。お姉さんぶったその仕種は、妙に彼女にしっくりきていて、とても素敵な振舞いに見えた。


「それじゃあ、今日の放課後、早速『ノノノキ』へ行くわよ。少しでも彼女より主導権を握って置いたほうがいいね」


 そう行って久遠静稀は屋上の扉に手をかけた。開けないのかなと思いながら見ていると、彼女は僕に目線を送っていた。僕たち以外誰もいないのに。

 目線を送られたので、僕は彼女の近くまで歩き、どうしたのか訊いた。


「どうしたの?」

「どうしたの、じゃないでしょ。教室へ戻るわよ。もう6月だから大丈夫だと思っていたけど、実際屋上へ来てみるとまだ肌寒いじゃない。早く教室へ戻ってお弁当食べよう」

「でも、教室のみんなはもう食べ終わっていると思うよ。僕たち二人だけ教室で食べるのも、なんだか浮いてしまうし」

「目立つってこと? まあ、いいじゃない」


 久遠静稀は気にする様子もなく、僕と一緒に食事をしようと誘う。


「うん。まあ、いいけど……」

「どうしたの? そんなに嫌?」


 久遠静稀は悲しそうな顔を出しながら、僕の右手を触る。人付き合いもよく、教室でも人気が高い彼女がこうやって自分の誘いを断られるのが稀であり、だから断られるのに人よりもショックを受けているようだ。


「違うよ。もう少し空の風景を眺めていたいんだ」


 僕はそう言いながら、空を見た。見える空はひたすら広く青く、死とは無縁の光景に思えた。

 何を思ったのか、久遠静稀は屋上にある梯子を上り、僕よりもさらに近い位置から空を見上げた。そして、彼女は自分の包みを広げ、お弁当を食べは始めた。


「うん。確かに、空を見上げながら食べるお弁当はおいしいね」

「寒くないの?」

「それよりも、おいしさ優先なのよ」


 そう言いながら久遠静稀はおいしそうにお弁当を食べる。僕も彼女に倣い、より空に近い場所で購買で買った菓子パンを食べることにした。


「いただきます」

「あっ、いただきます」


 こういう変に真面目なところが、日本人の美点なのだろうと僕は思う。

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