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始まりの三人 1

自分は人とは違う。

今更ながら当然なことだけど、そう思えない人もいる。

 朝露、という文字は好きだが、その現象は嫌いである。ベランダに置き忘れたラジオから好きなDJの声を聞くことができなくなり、テントに至ってはズブズブで、一度干さないといけなくなる。朝霧とは、その文字の美しさとは裏腹に厄介な性分を抱えた、いわゆる天才だけど嫌な奴である。


「いや、違うでしょ。朝霧っていうのは文字通りに美しいものだよ。詩的な言葉で、人の心を動かせる序詞だと私は思うな」


 久遠静稀クオンシズキという能天気少女の口からは、後ろ向きな言葉はでない。倒れるなら前のめりに彼女は倒れるのだ。その無意識で創り上げてしまった姿勢は、尊敬すると同時に、僕には絶対にできない構え方だと思っている。


 それは、何故かって?


 チャンスをものに出来ない全ての人間に当てはまるのだが、僕は”失敗”というものを人間の”恥”だと思っているからである。一度の失敗で、全てが終わりそうな恐怖というのかな。実際に失敗すれば、なんてことはないのだが、それ以上はない。失敗とは無駄であり、時間の浪費で終わることである。そこから成功することは、再び”失敗”するかもしれないという恐怖と向き合わなくてはならない。


 トドのつまり、久遠静稀が前のめりに倒れる人間なら、僕は後ろ向きにふんぞり返る我が物顔の道化であるということだ。


ツトムは、そんな後ろ向きな人間じゃないよ。いつだって勉の目はキラキラしているじゃない」


 それは、いつかひょんなことで異世界召喚とかを期待しているからだ。現実逃避である。

 僕自身このような頭のおかしいことを本当に信じているわけでもないが、砂漠の中のダイヤモンド並みの可能性を信じてしまう、神秘的なものの存在を信じてしまう人間なので。


 久遠静稀は、その目に騙されているだけである。


 彼女が勝手に勘違いしただけなのだから、申し訳ないと思うわけもなく、それでも僕はどこか後ろめたい気持ちが自分の中にありそうで怖い。そう思いながら、無駄に信じることを止めないのは、その世界でいくら僕が”失敗”しようとも、誰も僕に非難しないからだろう。


 あまりに酷い失敗は、さすがに現地の人が非難するかもしれないが、その人は僕のことを知らない人だ。

 ここまでのうのうと文字を並べたのだが、結局僕が嫌いなのは、教室のクラスメートのような、僕のことを大して知りもしない奴が物知り顔で僕を非難することである。


 お前が僕の、何を知っている?



◇ ◇ ◇



 草刈勉クサカリツトムという高校生は、どこにでもいる平凡な学生の一人である。

 彼自身そのことに不満を持っていなかったが、何か自分だけの特別なものが欲しいと思っていた。別にライトノベルに出てくる主人公のようなハーレム体質や異能力が欲しいというわけではない。

 ただ、人とは違う特別なものが欲しいのだ。

 見ず知らずの人から非難されても、折れない心の支えとなるからで。とっても安心して毎日を闊歩できそうからで。

 これほど変化が激しい時代に生きる現代民にとって、自分がぶれないための”何か”が重要なのだ。


 そして、それは本日を持って、向こうからやってきた。


『こんにちは、草刈勉君』

「……誰ですか、あなたは?」


 とある日、私室でのんびりと過ごしているなか、ピリリと携帯に電話がかかってきた。その番号にも見当がなく、いたずら電話だと思い、一日目は無視した。それから五日目にやっと電話に出ることにした。


『電話に出るのが遅いと思いんじゃないかい?』

「誰かも判らない人から電話がかかってきたら、普通警戒しますよ。それより、あなたは誰ですか?」

『未来の草刈勉だよ』


 未来の自分と名乗る男に、草刈勉は当然警戒レベルを上げた。確かに、自分は特別な何かを望んでいたかもしれないが、それが理由で詐欺にかかりましたでは、あまりに情けない。

 草刈勉は、未来の草刈勉(仮)に未来人である何か証拠を見せろといった。


『ありきたりですね。さすが若いときの私なんですが、改めて聞きますとつまらない人間ですよ。君は』

「大きなお世話ですね。そういう未来の俺は『私口調』なんですね。社会に属された匂いが電波越しに匂ってきそうです」

『君も、自分相手に敬語を使っているじゃないですか?』

「信用してませんから」

『……私が君を騙していると? そんな相手でも敬語を欠かさないなんて、とても人が良いんですね』

「常識ですよ。未来人と名乗るあなたには難しいかもしれないですね」

『やっぱり私だ、よく口が回る』


 未来の草刈勉は感心した声を出す。まるで、さすがは自分だと褒めているようだ。


『良し分かった。君の言う通り証拠を提示しよう。今すぐにマンションフクダへ向かってくれ』



◇ ◇ ◇



 言われた通りに草刈勉はマンション福田へと赴いた。お金持ちが使っていそうな、整備に行き届いたそのマンションは、自分がここに入ることを身分違いだと言われているようでムズムズする。

 未来の自分と名乗る怪しい人の言うことを聞くことはないが、それでは話しが進まない。それに、未来の自分だという証拠を見せろといったのは、草刈勉自信なのだから、行かないでどうするという話しだ。


「着きましたよ」

『そうか。じゃあ706号室へ来てくれ』

「あなたはこのマンションに住んでいるのですか?」 


 予想外の展開に草刈勉は戸惑ってしまう。


『過去の自分と未来の自分が会って、何か起こるのではないかと思っているのかい。安心したまえ、その部屋に私がいないよ。せいぜい私物があるだけさ』

「私物、ですか」

『そうだよ。君にとっても馴染みのあるものがある。それを見たら君も私が未来の草刈勉だと納得するだろう』


 そう言って、未来の草刈勉(仮)は草刈勉(本物)を証拠が眠っている706号室へ急かす。本物は何様だと思いながらマンションの扉の前に立って、壁があることに気づく。

 

「待ってください。セキュリティーがあるのにどうやって入ればいいんですか」


 セキュリティーのためマンションに入るには暗証番号が必要であった、これが判らなければマンションに入ることができない。


『大丈夫。いいかい、私の言う通りに番号を押してくれ』


 草刈勉は伝えられた12桁の番号を押していく。内心ドキドキしながら、もしこれで間違えていたらどうするんだろうと考えながらボタンを押していく。


 ピー。機械音とともに空いた扉に、草刈勉はすべりこむように入っていく。


『何焦っているのさ。不審者に見間違えてもおかしくないよ』

「うるさいですよ」


 とうとう悪態をつきながら歩いていく草刈勉に、電話先の男は『おやおや、化けの皮が剥がれてきたね』と笑っている。

 草刈勉はエレベーターに乗り、7階のボタンを押す。


『ところで、過去の私は、神秘的なもの、また絶対的なものが存在することを信じる人かい?』

「なんですか、突拍子もなく」

『君、オカルトとか縁起物とか今日の運勢とか、結構気にしちゃうタイプの人間だろう。実は私もなんでよ。過去の自分とはいえ、気が合いそうで私は嬉しいよ』


 含みある言葉に、草刈勉は反射的に問う。


「なんか、あなたは過去の俺のことを嫌いなんですか?」

『……過去の自分とは黒歴史なんだよ。深い意味はないさ』

「そうですか」


 今の自分のことを黒歴史を言われたが、草刈勉は何も言い返すことができなかった。未来の自分(仮)の言った通り、今の自分を黒歴史と認めたわけではないが、受動態である自分に嫌気を指しているのも事実であった。


 だからといって、自分から何か行動することはない。

 草刈勉に限らず、現状で甘んじてしまう人間は多くいる。依存ともいうべきその症状は、就活という大人になるための扉を開くための最大の障害になっており、ニートという形で現れる。


 なかには、自分のしたいことをして大成したものもいるのだが、それでも重ねなくてはならない努力と苦労を、彼らは許容しないのだから、これまた面倒になってくる。果ては、自分を受け入れてくれない社会が悪いとまで言う始末。


(なんで、俺はこんなことをしているのだろう?)

 

 彼の内心の疑問に答えるのなら、彼が必要になったからである。どんな形であれ自分のことを必要とし、自分以外の人間が代役できない仕事というのは、自尊心というやる気につながるものである。


 しかし、それにも限度があるようで。


 草刈勉が703号室の扉を開けて目に映る光景は、女性の首を吊った姿だった。


 ぷつん。力を失った草刈勉の右手から通話が切れる音が鳴った。



◇ ◇ ◇



 あの日。あの声。僕以上に僕を知っているかもしれない人からかかってきた電話が与えたのは、普段送る日常という道から逸れた光景だった。


 これは、僕が未来の自分が何故、過去の自分にあのような思いをさせたのかと模索しているうちに浮かんだことなのだが、彼は僕を環境によってぶれない人間にするために”特別な経験”をさせたかったのではないかと、そう思った。


 確かに、あれほど一生懸命で”生きたこと”はなく、これからの僕の”芯”となるには違いない出来事だった。


 その答えを、僕は訊く術を持っていない。

 なぜなら、あれ以降、草刈勉から未来の自分だと名乗る男からの電話はないからだ。

 もちろん、僕が彼と再び話す日が訪れることはない。

特別な経験は、人を特別にしないだろう。

ただ、どんな形であれ、昨日とは違う人間になっている。

これは、作者の僕の経験談だ。

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