ソウビ
全裸で女の子の肩揉みをした事があるのは、この世界で自分だけだろう。そんな自慢にもならない事を考えながらも、カナトは丁寧に肩揉みを続けていた。
続けていると、ナナが気持ち良いと感じる場所が分かってきた。さらに快楽を与えられそうなスポットを発掘しようと両手のポジションを変えた瞬間、ナナが振り向きざまに終わりの言葉を告げた。
「んー大分ほぐれてきた♪もういいよ。お疲れ様」
「ちょ、急に振り向くなよ!」
カナトは急いでカナトのカナトを隠した。
「別にいいじゃない。どうせ今から見る事になるんだから」
「!?なんで見るんだよ!」
「...あぁ、カナトは右も左も分からないとんでも新人だったんだった」
ナナはまたしても呆れた表情をし、狼狽するカナトを一瞥して椅子から立ち上がった。先程と同じように目の前の何も無い空間を人差し指でタップし、メニュー画面を何やら操作している。先程とは逆に、椅子はどこかへ消えた。
「...椅子をインベントリに移したの?」
「説明には順序があるから。こっち。鏡の前に立ってくれない?」
「全裸の自分を見つめて、ウットリする趣味は無いよおれは」
「あーもう!うだうだ言ってないでとりあえず立ーつ!」
ナナの勢いに押されて渋々鏡の前に移動した。鏡の中の自分の姿を確認する。全裸だ。しかし注目するのはそこでは無かった。顔が可笑しい。
現実でのカナトの顔は同年代の同性に比べても割りかし整っていたが、鏡に映る顔は見たものを不安にさせる程歪んでいた。
「ナナ!顔が...歪んでる!!」
「大丈夫。しばらく鏡の中の顔を見つめてて」
「でも...!」
「見てれば分かるから、大丈夫♪」
カナトの慌てふためく様が面白かったのか、ナナは無邪気な笑顔を見せながら答えた。
ナナの笑顔がカナトをリラックスさせた。意を決して、鏡の中の自分の顔を見つめた。
見つめ始めて数秒たった。すると、鏡の中の自分の顔が少しずつ変化し始めた。
顔の輪郭が変わり、唇の厚さも薄くなり、腫れぼったかった一重は二重になり、歪だった鼻も整い、生えきっていた眉毛も、綺麗な形に整った。次に、身体にも変化が見られた。体格も標準程になり、身長も15歳の平均的な身長になった。
鏡には、現実でのカナトその物の姿が映し出されていた。
「とりあえずアバター作成完了!♪」
一仕事終えた満足感からか、ナナは嬉しそうだった。
「おれだよ。これは現実でのおれだ」
「あー。worldの中では、現実の姿がアバターになるの」
「なんで?ゲームの中なんだから、好きな姿でプレイさせてくれてもいいじゃないか。」
「昔は自由なアバターでプレイ出来たんだけどねー。可愛いアバターでネカマしてゼンや装備品、レアなアイテムなんかを貢がせたり、わざと現実で確執がある相手そっくりのアバターにしてworld内で悪行の限りを尽くしたり、他にも様々なトラブルが起きていたの。だから、world国有化に際してアバターは現実に順ずるようになったってわけ。まぁこれも冊子の初めの方に書いてあるき・ほ・んの事なんだけどね〜♪」
説明の最後にカナトの痛い所を突き、嬉しそうに笑った。
「なるほど。てか冊子の事は肩揉みでチャラでしょ」
「そんなに怖い顔しないでよ♪なんかカナトってからかい甲斐があるからつい♪あ、アバターも無事に完成したから、初期装備を渡すね。」
ナナがメニュー画面を開き、操作した。カナトの目の前に自動的にログウィンドウが表示された。
『取引の申請があります。取引を開始しますか?』
「申請いったね。Yesを押してー」
カナトは左手は大事な部分を押さえたまま、右手でメニュー画面を操作し、Yesと書かれた部分をタッチした。取引画面が開いた。ナナの提示アイテム欄に初期装備が追加された。
『取引しますか?』
ナナが言葉を発する前にカナトはYesボタンを押した。MMO経験のあるカナトには、こうした時にYesを押す事が分かっていた。カナトのインベントリに何かの布で出来た下着・シャツ・ズボン、何かの皮で出来た靴・ベルト、木剣が追加された。
誰が見ても分かる。初心者用の装備だ。
「理解が早くて助かるよ。それじゃあメニュー画面をちょちょっとやって今渡した物を装備してみてー」
言われた通りにメニュー画面を開き、装備品の項目を開いた。今は何も装備されていない。全裸なのだから、当然だ。先程受け取った武具を上半身、下半身、腰、足元、右手にドラッグして装備した。何かに身に纏う事の有り難みや安心感をしみじみと感じた。
布製のシャツにズボンに皮の靴、腰には皮のベルトに通された木剣。どこからどう見ても初心者だ。
「全裸から解放されたのは嬉しいけど、この初期装備はなんとかならない?特にこの木剣。こんなんで戦いになるの?」
「何言ってんの!新人は今日からworldっていう新しい世界に生まれ落ちる赤ちゃんみたいなもんなの!赤ちゃんだって産まれた時には何にも身に付けてないんだよー。装備品を渡されただけでもありがたく思ってね♪あ、いらないなら返して貰ってもいいんだよー。その場合、全裸で始まりの門を抜けて、プレイヤーでごった返している王都に到着する事になるけどね〜♪」
先程謝ったのにも関わらず、ナナはまたしても悪戯を思い付いた子どものような顔でカナトをからかった。いちいち反応していてはキリが無いので、カナトは冷静に返答した。
「分かったよ。有難く使わせて貰う」
「何その反応ーつまらない!なんてね♪常に冷静でいる事はworldではとっても重要だからね。あ、今までの部分で何か質問あるかな?」
「さっき言ってた“ゼン”っていうのは、world内マネーの事?」
「そうだよ。1ゼンが現実での1円。円をゼンに、ゼンを円に替える時の参考にしてね♪」
RMT。以前は現金《円》をworld内マネーに変換する事しか出来なかったが、worldが国有化された現在はworld内マネーを現金《円》にする事が出来る。
「あ、でもRMTを利用する時は手数料として1%が自動的に国銀に納めらるから、そこの所は注意ね!」
「分かった。計画的に利用させて貰うよ」
「おっけー♪じゃあ次の説明にうつるね。はい、ここからとっても重要!!!」
「急にどうした。大きい声出されたらビックリするよ」
「world内でのステータスについての説明!!!とっても重要なんだから!!」
ナナは興奮した様子で捲したてた。ステータス振りはMMOにとって非常に大切な部分である事をカナトは理解していた。ステ振り一つで他者が憧れる強力なキャラクターにも、その逆に器用貧乏のネタキャラクターにもなり得るからだ。
「分かった。説明を続けて」
「おっけー♪と思ったけど立ちっぱなしで疲れちゃったから座って話そうかな」
ナナはメニュー画面を操作した。カナトとナナの前に一脚ずつ椅子が現れた。
「あと喉も渇いたからなんか飲みながら話そうか♪」
そう言ってメニュー画面を操作すると今度は植物園などにある丸テーブルと、見慣れない飲み物が入った小瓶が幾つか現れた。先程から何回かこの行為を目にしているカナトだが、何も無い空間から突如物が現れるという現実では考えられない現象はまだ見慣れない。
「さぁさぁ座ったすわった♪」
ナナに促され、椅子に座った。テーブルの上には見慣れない飲み物。ナナの性格を理解し始めたカナトには嫌な予感しか無かった。




