表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

ワカレ

「金だよ。」


 迷いを捨てたレイの口から、ソロプレイをしたい本当の理由が明かされた。驚いたカナトの表情を確認し、優しく語りかけるように言葉を続けた。



「おれの親父、1年生の頃に蒸発したのは知ってるよな?」


「...うん。」



 もちろんカナトは覚えていた。身体も大きくなり、声変わりが始まっていたが心は子供のままだったカナトにとっても衝撃が大きかった出来事だったからだ。



「この2年間、母ちゃんは本当に大変だったと思う。いくらベーシックインカムで毎月金が支給されるって言っても、おれや妹達を1人で育てるにはそれなりの金がいる。母ちゃんは朝から晩まで真面目にコツコツと働いてたよ。おれ達に不自由の無い生活を与える為にな。」



 普段の明るいレイの姿しか知らなかったカナトは動揺した。動揺したが、それを表に出さないように努めた。レイはそんなカナトの心の内を予期していたかのようで、落ち着いた様子で続きの言葉を吐き出していく。



「だからさ、おれはworld内でとにかく強くなりたい。強くなって、高時給の高階層まで駆け上がりたい。そして稼いだ金で母ちゃんに楽させてやりたい。すんげー稼いで、母ちゃんに美味いものを食わせてやりたい。母ちゃんやおれを困らせないように、欲しい物を欲しいって言わない妹達には好きなものを好きなだけ買ってやりたい。そう思ってる。」


「...おれが協力するという選択肢は無かったの?」


「それは絶対に無い。今話した事はおれの、おれだけの目標だからな。おれの家族に良い思いをさせてあげたいから金を稼ぐのに手を貸してくれ、なんて事は言いたくもないし、言うつもりも無い。」



 レイの告白を聞きながら、カナトは少しずつ平常心を取り戻した。親友の〝金を稼ぐ事を目標にする〟という文字だけ見たら衝撃的な内容も、金を得た後の明確な目標を考えると、理解が出来たからだ。


 〝親友の目標を応援したい〟


 カナトがそう思うのは当然の流れだった。先程のレイも、同じ気持ちだったに違いない。


 新しい世界に1人で挑戦したい、と双方共に考えていた。それをお互いに伝えあった。それは、当たり前だった日常の終わりを意味した。言葉にせずともお互いに理解していた。


 悲しい別れでは無い。それは分かっていた。そもそもworldをソロで始める事はすでに決めていた。しかし、いざその時が来ると今までの些細なやり取りや楽しかった場面ばかり思い出された。


 頭の中で浮かんでは消えていく様々な感情を飲み込み、優しい顔でカナトは話始めた。



「...レイならすぐに強くなれるよ。」


「...おう!MMOで鍛えたパワーレベリングで、一気に強くなるぜ!」


「多分、その圧倒的なコミュ力で良いギルドに入ってお守りして貰えるよ。」


「そんな事するか!金を稼ぐってのは1番の目標だけど、自分の力でどこまで出来るか試したいって気持ちもあるからな。あ、カナトの真似じゃないからな!」



 茶化すカナトに、レイが優しい顔をして答えた。お互いに燻っていた気持ちを伝えあった事で、今まで以上の絆を感じていた。

 先程まで世界をオレンジ色に染め上げていた夕陽は、いつの間にか姿を消していた。川原から見えるのは、対岸に立ち並ぶマンションやアパートの部屋から漏れる明かりだけだった。



「今日は随分と話し込んだな。まー帰りますか。」



 すっくと立ち上がったレイが、地面に触れていた部分についた枯芝をはたきながら言った。

 それを聞いたカナトも同じように枯芝をはたきながら立ち上がった。どちらからともなく歩き出し、来た時と同じように背丈程もある草を掻き分けてグラウンドまで出た。

 グラウンドを土手方向に歩きながら、レイが話始めた。



「たきちゃんの説明、最後まで聞きたかったよな!」


「そうだね。結局レッドネームに気を付けろって事しか分からなかったから。」


「な!多分うちのクラスだけ、全国の卒業クラスから二歩も三歩も遅れてるよな。もうすでに...」


「大丈夫だよ。一日や二日遅れたとしても、MMOで練習してたおれ達だったらすぐに取り戻せるよ。」


「練習してたから分かるんだよ!第一階層にある主要となる街の周囲には、絶対にルーキー用のモンスターがいる。おれの予想だと、可愛らしくて丸いゼリーのようなやつだろうな。そして明日の朝にはルーキー達による初期モンスター争奪戦が繰り広げられるだろう...しかしおれらはその争奪戦には参加出来ない。何故ならきちんとした説明を受けてなくて右も左も分からないから...」


「大丈夫だよ。配られた冊子を今日中にきちんと読み込んでいけば、明日の一斉ログイン時間に入れる。」


「あぁ冊子!存在すら忘れてた。帰ったら早速読み込まないと!」


「読み込みすぎて朝になって、日の出と共に寝るに一票。」



 流石に寝ねーよ!と、食い気味で返答するレイ。思った通りの反応をした事が面白かったのか、カナトも嬉しそうに笑っていた。


 グラウンドを渡りきり、休日は子供達がダンボールを敷いて滑って遊ぶ斜面を登って土手道に出た。

 土手道を来た時とは逆方向に進んでいく。少し進むと右方向へ曲がる道が見えた。正規の帰り道ではないが、その道を真っ直ぐ進むとスーパーがあり、2人はよくそこで買い食いしていた。

 カナトはそのまま土手道を進もうとしたが、レイは立ち止まって身体をその道に向けた。



「おれは今日こっちから帰るわ。いなげや寄ってく。」


「了解。それじゃあまたあ・・・」



 また明日と言いかけたが口を噤んだ。毎日別れ際に必ず発していた為に、条件反射で出た言葉だった。

 カナトは出かかった言葉を飲み込み、恐らくレイに対しては初めてかけるであろう言葉を口にした。


「それじゃあ、元気で。」


 暗がりでレイの表情は見えない。しかし、こういう時にレイがどのような表情をしているかは、カナトには分かっていた。


「カナトも元気でな!」


 レイの返答を受け、帰路に向き直り歩き始めた。それを見て、レイも歩き出した事をカナトは背中で感じた。

 worldネームを何にするか伝え合わなかったので、world内で、worldネームを頼りにお互いを探す事は不可能になった。world内で偶然出会う事でしか、お互いの現状を知る事が出来なくなった。


 現実で携帯電話でメールを送ったり電話したり、家に行く事でレイとの繋がりは維持出来る。しかし、それをレイが望まない事をカナトは分かっていた。それはカナトからしても同じだった。


 〝world内でどのような自分で在るか〟


 それをお互いが見付け、気付いた時に、自ずと道が重なると信じていた。


 --- - -


 カナトが自宅に着いた時には19時を回っていた。鍵を開け玄関に入ると、慣れた手付きで灯りのついていない家に陽を灯していく。


 研究者である両親は、研究室に籠って家を空ける事が多かった。決して育児を放棄しているわけではなく、カナトを1人の人間として尊重し、認めていたからこそ留守を任せていた。


 その証拠に、ダイニングテーブルには卒業した息子を祝う豪華な手料理が埋め尽くされていた。ただ、両親共に急いでいたのか何なのか、料理一皿ずつではなく、テーブル全体がラップを使ってコーティングされていた。端から見たら変わったラッピング方法だが、カナトにとっては慣れた光景なのか、手際よくラップを外していく。ラップを外すと、カナトが定位置としている場所にメモが置かれていた。走り書きだが、そこには両親からの卒業を祝う言葉が綴られていた。



「流石に多過ぎだろ...」



 思春期真っ只中のカナトには、両親からの真っ直ぐな言葉は嬉しくもあり、どこか気恥ずかしかった。気恥ずかしさから、思わず独り言を口にした。確かに、カナトが言う通りとても1人で食べきれる量ではなかった。だが、どの料理も手が込んでいた。とても母親1人で賄える量では無いので、恐らく父親も協力したのだろう。目の前に広がる手料理の量が、両親からカナトへの愛情の深さを表しているようであった。


 椅子につき、食事を摂り始めた。口一杯に、手料理が醸し出す優しい香りが広がる。枯土が水を吸うように、料理がどんどんカナトの身体の中に流れていく。


 今日1日で様々な感情を味わったカナトの心と身体は、両親の愛情に包まれて深い眠りへとついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで頂いて有難う御座います ポイント・評価・感想などを頂けると励みになります 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ