コクハク
「うん。おれもお前と同じ事考えてる。」
真っ直ぐに水面を見つめながらレイは答えた。レイがそう答える事を知っていたかのように、決意を秘めた表情のままカナトは言葉を続けた。
「...明日からは、1人で過ごすよ。だから、こうして一緒に過ごすのは、今日で終わりだ。」
レイは表情を変えず、静かに水面を見つめていた。遠くから、川にかかった線路を走る電車がレールを踏み鳴らす音が聞こえていた。
幾秒かの沈黙の後、溜め込んだ息を吐き出し、レイが口を開いた。
「おれも同じ事を考えてたんだ。だけど...言葉として聞くのは...なんかここに...くるもんがあるな!」
レイは僅かな微笑みを見せ、右拳を握りながら胸に当て、心臓をノックするような動作をした。
真剣な表情のまま、カナトが言葉を続ける。
「...幼稚園の時の、クラスのボス的な男子の事覚えてる?」
「あぁ!ジャイアントアキオ!身体は大きいし、自分の事を虎だと思い込んで追いかけて来て、恐ろしかったよな!」
「うん。いつもレイと一緒に逃げ回ってた。」
「おれらの事は何故か敵に見えてるんだよな。あいつの家には鏡が無かったんだなきっと。5歳児にしてあの体格の方がよっぽど敵らしい!ハート様並だぞ!」
子供の頃の苦くも懐かしい思い出を振り返り、2人に自然と笑顔が戻った。笑顔のまま、思い出の糸を手繰るように、カナトが言葉を続けた。
「おれはさ、早生まれで身体も小さかったから、1人でいる時にジャイアントの標的になる事が多かったんだ。追いかけられるのは良かった。おれの方が足速いから、余裕で逃げられた。ただ、ある日急に新しい玩具を見つけたように、おれの名前についてからかってきた。〝かーなちゃんかーなちゃんは女の子〜♪女の子の名前だから弱っちい〜♪〟ってさ。」
「ジャイアントの小さい脳みそから産まれたに相応しい、くだらない歌だな。」
「うん。今なら笑って流せるけど、当時のおれには出来なかった。大切な自分の名前を馬鹿にされて、悔しくて悔しくて、うずくまって泣き出した。」
「カナトはよく泣いてたもんな、笑」
「茶化すなよ。それで続きだけど、うずくまった頭上から聞こえていたジャイアントの囃し立てる声が止んだんだ。飽きて何処かに行ったのかと思って顔を上げると、おれのいる位置から1メートル先でジャイアントが倒れててレイがその側に立っていた。レイがジャイアントを止めてくれたんだって一目で分かった。」
「...そんな事もあったかなー。」
「...驚いているおれの手を引いて、走り出しながらおどけた笑顔でレイが言ったんだ。〝ジャイアントが突然転んだ!いまがチャンス!〟って。勿論気付いてたよ。助けてくれたって事は。そして気付いたんだ。おれは自分が気付かない間に、いつもレイに助けられていたって事に。」
「......」
「その日から、レイはおれにとってのヒーローだった。レイのように、誰かを守れる心の強さを持つ事が目標にもなったんだ。」
「...それが、worldをソロで始める...カナトの理由?」
「そう。一緒にいる事が当たり前になっていて、心の何処かでレイを頼りにしている自分がいるんだ。だから、新しい世界の中で、1人のプレイヤーとして過ごして、おれなりの強さを見つけたいんだ。」
カナトは強い決意を瞳に宿し、レイを見ていた。永い月日を共に過ごしたカナトの真剣な告白を聞いたレイは、少しの間口を噤んだ。
自分の中でカナトの気持ちを咀嚼し、先程までとは違う真剣な表情をし、口を開いた。
「カナトがそんな風に思ってたとは知らなかった。毎日一緒にいるのに、相手が何を考えて、物事をどう見ているかなんてのは分からないもんだな...」
「ヒトの心の全ては見えないよ。自分自身の心だって見失う事があるんだから。」
「...だな...。」
レイは小さな返事をした後、俯いてまた口を噤んだ。何か言おうとした言葉があるようだが、躊躇していた。
俯くレイを横目に、カナトは視線を水面に移して待った。レイ自身が言葉を発するのを。
しばしの沈黙の後、レイが顔をあげた。決意が固まった表情をし、口を開いた。
「...同じ事考えてたって言っただろ?おれにも、ソロで始めたい理由があったんだよ。でも、その理由を伝える事でおれの事どう思うか、見方が変わってしまうんじゃないかと怖かった。だから、考えた別の理由を伝えようと思ってた。けどカナトの告白を聞いて、おれも本当の理由をきちんと伝えておきたいと思う。カナトがどう思うかは分からないけどな。」
「レイがソロで始めたい本当の理由って...何?」
「金だよ。」




