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フタリ

夕陽が世界を優しく照らす。先程までの教室での喧騒とは対照的な雰囲気の多摩川土手を2人は肩を並べて歩いていた。時折ジョギングや自転車に乗る人が2人を追い越して離れていく。視界から遠ざかるジョガーを見つめながら、おもむろにレイが口を開いた。



「カナトとこうやって帰るのも今日で最後なんだなー。」


「おれも今、レイと同じ事考えてたよ。」


「え、何おれ今口説かれてる?」


「アホか」



今までと同じように、軽口を叩き合いながら歩を進めていた。くだらないやり取りで笑い合ういつもの帰り道が、明日からいつもでは無くなるという事を理解しているからか、2人の足取りは少しばかり重い。



「なんかさー。今日のたきちゃんいつも以上にアツかったな。」


「アツイというか暑苦しいというか...泣きすぎだろあれは。」


「泣きすぎ?どの口が言ってるんだどの口がー、笑

お前の瞳にキラリと光るものがおれには見えたぞー」



寝起きドッキリを仕掛けるTVタレントのように悪い笑顔をカナトに向けながら、レイが嬉しそうに茶化した。



「泣くだろあの雰囲気は!オタクからヤンキーやら不思議ちゃんやら、クラスのありとあらゆる人種がオンオン泣いてるんだぞ?流石にこうウルッと来るものがあるだろ。レイだけだぞ!まっっったく泣いて無かったのは!」


「いやー。おれも一瞬ウルッと来たんだけどさ。カナトが前少しだけ良いなーって言ってたクラスのマドンナ中川さんいるじゃん。」


「え、レイの涙と中川さん関係ある?」



嫌な気配を察知して怪訝な顔をするカナトを尻目に、レイは待ってましたとばかりに、目を輝かせて興奮して捲し立てた。



「それが関係ありありの大有り!おれが一瞬ウルッと来た時に、(マドンナの泣き顔を拝んでおこう♪あわよくば抱き合いながら泣いちゃおう♪)と思って中川さんの側まで行ったんだよ。」


「待て待て。どこから突っ込めばいいん−」



真っ直ぐに伸ばした左手をカナトの口前に出し、とりあえず今は自分が話す時間だとでも言うようにカナトの言葉を制止した。



「まぁ聞けって。おれが慎重かつ大胆に中川さんに近付き、俯き加減な綺麗な横顔を覗き込んでみると–!」


「 ...みると?」


「両方の鼻の穴から黄緑色でいて、それでいて水っぽさも兼ね備えたお鼻水様が5センチ程垂れていましたとさ!それを見ておれのセンチメンタルな気持ちは遠くに飛んで行ったね。多摩センター位までは飛んで行ったね。」



白百合のような中川のイメージがカナトの中で音を立てて瓦解していく。



「...さようなら...おれの初恋...」



〝おはよう〟と挨拶を交わすだけで幸せな気持ちになれた中川さんとの数少ない交流の場面が、カナトの頭の中で浮かんでは消えていった。



「待て待て。多摩センターの方はスルーか。」


「レイのくだらない小ネタに突っ込める程の気力はもう無い...」


「ま、それもそうか。まぁ良かったじゃん。学校卒業の日に初恋からも卒業出来てさ。これで明日からのworld生活にも身が入るってもんだろ。」


「レイ...多摩センターはそんなに遠くないよ...」


「結局ツッコミ!?」



2人はくだらないやり取りをしながらも、着実に河原に近づいていく。目的の場所が近くなったので土手を川方向へ降り、休日は草野球チームが活動するだだっ広いグラウンドを横切る。2人の靴底が土を踏み締める音がやけに大きく聞こえる。もう少しで河原に着くという所で、2人の背丈と同じ程の高さの草が生い茂っている。


2人は慣れた手つきで草を掻き分け、川に向かって歩みを進める。5m程進むと急に視界が開け、夕陽を反射する美しい水面が眼前に広がった。


今まで何度も見た景色だが、2人とも一言も発さずにじっと水面を見つめていた。お互い、話しだすきっかけを失ったのか、それとも話たくないのか。


しばらくして、決意をもった眼で水面を見つめたまま、カナトが口を開いた。



「なぁ。レイ」



レイも、水面を見つめたまま吐き出すように喋り始めた。


「うん。おれもお前と同じ事考えてる。」

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