オオカミ
カナトは月喰いを、リアナは銀色に輝く片手剣を手にし、憂鬱の洞窟へとゆっくりと歩を進めた。洞窟に一歩足を踏み入れると、初心者用フィールドとは別世界である事を肌で感じた。
洞窟内は暗く、岩肌に入った亀裂から僅かに入る太陽の光と、誰かが設置した松明が申し訳なさげに照らすだけであった。が、足を踏み入れた小部屋の全体は肉眼で見る事が出来る程の明るさはある為、狩りに支障がある訳では無かった。洞窟内にはMOBが蠢く音が僅かにするばかりで、他のPCの存在を感じる事は出来なかった。
足を踏み入れて早速、目の前に五体のMOBがいた。新人用狩場にいたビッグピッグとは、そのMOBが発する存在感は別物であった。
“狼”
只、普通の狼とは違う部分が幾つかあった。まずその大きさ。その体格は2m程もあり、牙と爪は一瞬にして命を狩る事が出来る程の鋭さを有しているのが暗がりでも分かった。次に、怒っている。何に対しての怒りなのか警戒なのか、何もいない空間に向かって牙をむき出し、唾液を垂らしていた。襲撃してくるPCに対して、常に敵意をむき出しの状態であった。そして何より、その狼は立っていた。二足歩行なのである。狼と呼ぶには語弊があった。今、カナトとリアナの目の前にいるMOBは...
「ウェアウルフか...」
カナトは一抹の不安を感じながら、静かに呟いた。
「え?何?」
「MMOだとウェアウルフって呼ぶ事が多いんだけど、分かりやすく言うと狼男だよ」
「狼男か。強そうだね。流石最初の難関」
「確かに、大抵のゲームでは初心者殺しのMOBではあるね。その理由は...」
カナトが理由を言おうとしたその時、5体のウェアウルフが一斉に、視線をカナトとリアナへ向けた。カナトはやっぱりかという表情でウェアウルフを見据えるが、リアナは驚いていた。
「え!?なんで!?殺意を向けて無いのにこっち向いたよ!?」
「ウェアウルフが初心者殺しの理由は...アクティブMOBだからだ」
「アクティブMOBって...」
「リアナ!!!避けろ!!!」
ウェアウルフ5体が唾液を飛び散らせ、両手の爪を立てながら、カナトとリアナへ迫った。カナトの言葉でリアナは咄嗟に後方へジャンプして避けた。ウェアウルフが、先程までリアナがいた場所を虚しく噛み付くが、すぐにリアナへ向かって走り出した。その一体だけでなくもう2体、5体中3体のウェアウルフがリアナへと攻撃を開始していた。
「こっちも...かよ!!!」
リアナを気遣う余裕も無く、迫ってくる2体のウェアウルフへと視線を移した。2体のウェアウルフは、カナトの肌を裂く感触を味わう為に、爪を立てながら迫ってくる。
一体目のウェアウルフの右爪を後方に飛んで回避し、2体目のウェアウルフの牙を転げながら回避した。ここでカナトはある事に気づく。
(初めてビッグピッグと対峙した時よりも、余裕を持って回避出来る)
カナトは髑垂のスキルにより、STRとVITに振る必要が無いので、昨日Levelアップした分のステータスポイントはAGIとDEXに振っていた。その為、第一階層のMOB程度の攻撃であれば、余裕を持って回避出来た。
(こんな転げる必要無かったか)
冷静に分析するカナト目掛けて、ウェアウルフ2体の第二の爪と牙があわや届きそうになる。が、カナトは爪と牙が触れるすんでの所で軽く上体を反らし、軽々と避けた。
ウェアウルフ2体の攻撃が空を切った所で、右手に持った月喰いによるニ閃を浴びせた。亞殺悪達と同様に、“ジュッ”という音をたて、ウェアウルフは白い光となって消えた。ウェアウルフのドロップ品がインベントリに移された事を知らせるメッセージが表示されるが、今はそれどころでは無かった。
「リアナ!大丈夫か!?」
2体のウェアウルフを討伐し、すぐさま視線をリアナに移した。カナトの目に飛び込んできたのは...
「カナト君。ドロップ品はPTメンバーで公平に分配されるみたいだね。これなら喧嘩にもならなくていいね!」
リアナは息も切らせず、ドロップ品の確認をしていた。
「リアナ、大丈夫だった?」
「大丈夫じゃないよ!急に襲ってくるから焦ったよ」
「そうじゃなくて!ウェアウルフ、倒したんだよね?」
「もちろん。倒したよ」
リアナは口元に笑みを浮かべ、カナトに向けてピースサインをしてみせた。
「...やっぱりリアナもかなり強いんだね」
「重課金PCだからね」
「理由は何であれ、頼もしいよ」
「うん。言ったでしょ?背中は守るって」
カナトに褒められて嬉しいのか、リアナは気恥ずかしそうに答えた。が、すぐに狩りの話に戻す。
「カナト君はどう?ウェアウルフの攻撃、避けれてる?」
「うん。AGIに結構振ってるから、余裕を持って回避出来てる。問題無いよ」
「なるほど。カナト君はAGI型っと...じゃあ私と一緒だね」
リアナは大事なステ振りに関し、さらっと口にした。リアナの軽装備を見て、カナトにはある程度は予想がついていた。AGI型という事は、MOBの攻撃を避けつつ、攻撃を入れていくスタイルとなるであろう。2人とも同じような狩りのスタイルであるならば、MOBのタゲをお互いが持つ事がある程度は出来る為、臨機応変な立ち回りが可能である。
「お互い、攻撃を貰わないように気を付けよう」
「そうだね。一瞬の油断が命取りになるもんね」
カナトとリアナは気を引き締め、次の部屋へと向かった。次の部屋にも、先程と同じくウェアウルフが闊歩している。
「リアナ、行くよ」
「いいよ。行こう!」
先手必勝。2人はウェアウルフに向かって走り出した。漫画であれば、ここは2人して『うぉーおおおおーー!』などと叫びながら突撃する場面だが、カナトとリアナは無言で地を蹴っていた。
AGIに多く振り、現実での動きを凌駕した2人の走りは、あっという間にウェアウルフの喉元に刃を突き立てていた。ウェアウルフが、断末魔をあげること無く白い光となった。
「ヴヴゥ?ヴゥウヴヴゥオオオオオオ!!!」
一瞬にして仲間が消えた事に驚き、理由を知り怒ったウェアウルフが雄叫びをあげた。が、その雄叫びは月喰いにより、静かに掻き消された。
カナトとリアナが背中合わせになり、無言で剣先を振るった。同時に、4頭程いたウェアウルフ達が白い光となって消えた。
まるで、昔から組んでいる相棒のように息が合った。それは2人がAGI型だからという理由だけでは無かった。お互いの呼吸・テンポを、お互いが理解し、読み合っているからこその連携の取れた動きであった。
流石、第一階層で最難関と言われる狩場である。この数分...いや、数秒の間にLevelが上がっていた。
「やっぱり危険なだけあって、効率は最高だね」
「ね!良い情報だったでしょ?」
「本当に助かるよ。ありがとう」
「...うん!さ、じゃあどんどん狩ろう!」
カナトとリアナは、憂鬱の洞窟の深部へ向けて歩みを進めた。