モクテキ
思考を巡らせながら、カナトはゆっくりと振り返った。
腰のベルトに銀色に輝く片手剣を提げ、身体には動きやすさも考慮された白を基調とした布製の軽装。脚には可愛らしさの中に力強さのあるブーツ。そして初心者用狩場では見た事がない、顔の鼻から上、主に目を隠す仮面のような装飾品を装備していた。全身の装備が新人ルーキーのそれとは一線を画しているのが分かる。
糸の様な細さの透き通る茶色の髪の少女が立っていた。全力で逃げてきたカナトに追い付いてきたというのに、少女は息も切らせず、凛として立っていた。
「あんたは......いや、なんでも無い」
「?」
先程、彼女の狩り姿を見かけた事を話そうとしたが、止めておいた。“MOBを狩る姿が美しかったから見てました”なんて事は、言わない方が良いに決まっている。カナトが口を噤んだのを見て、少女が話し出した。
「ね、脱出劇。よく考えついたね。君は強いだけじゃなくて策士だね」
「たまたま思い付いただけだけどね」
「また謙遜してる。君は新人の中では断トツに強いし、しっかりしてると思うよ。私が保障する」
「えっと......あんたと話すのは初めてだよね?」
「話すのは初めてだけど、私は君の事を見てたからね」
少女の口元に笑みが浮かぶ。笑うと、少女の美しさがより際立った。鼻から上は装飾品で隠されている。隠されていても、整った顔立ちをしている事が分かる程であった。
それよりも、“君の事を見てた”というのはどういう意味なのだろうか。見てたというのは現実で?worldの中で?狩場で見たのか?アリストラの中で?露店での契約を見ていたのか?“ブスだらけ”で?それとも亞殺悪達との決闘を?
疑問が次々に湧いてくる。が、そもそも1番大切な事を聞いていなかった。
「......あんたは誰?」
「リアナ。覚えてね、カナト君」
-----------------------------------------
カナトとリアナは、東門にほど近い喫茶店のような店のテラス席に座っている。すらっとした細身の店員が、珈琲のような物が入ったカップをカナトとリアナの前に置いた。リアナは店員に軽く会釈をすると、カナトを真っ直ぐ見つめ話し始めた。
「話を聞く気になってくれてありがとう。ここは私にご馳走させてね」
「いや、いいよ。自分で払う。それに、まだあんたの話に乗るかどうかを決めたわけじゃないよ」
「分かった。座って落ち着いたから、もう一度最初から説明するね。私は、あなたと同じ新人なの。本当に昨日ログインしたばかりなんだけど、目的があってworldに来たの。その目的の為に、強い人の力が必要なの」
「さっきも言ったけど、おれは新人だよ?強い人って言うんなら上位PCに声をかければいいだろ」
「うん。私も昨日はそう思ってた。でも、無理だと気付いたの」
少女は視線をテーブルの上の飲み物に移した。昨日の出来事を思い出しながら話すように、ゆっくりと言葉を続ける。
「私は、ある目的の為にworldに来たって言ったよね?その為に、上位PCだと思う人に、力を貸して欲しいと声を掛けたの。何人...ううん、何十人って声をかけた。でもダメだった」
「ダメだった?何故?」
「力を貸すのはいいけど、幾ら払える?何を対価に出来る?みんなそう言ったの」
「......なるほど」
上位PCは圧倒的な戦闘力を有している。その戦闘力は、長年の狩りや探索、露店での駆け引き等が積み上がって築き上げた物だ。ボランティア精神で、新人のお願い等を聞いてくれない事は想像が出来た。
オブラートに包んではいるが、リアナが上位PCにどのようにあしらわれたかは容易に想像がついた。“とりあえず強い人に助けてもらおう”と思っている初心者というのはMMOにありがちだ。きっとリアナも、上位PCにはそのように見えたのであろう。
話しながらも、リアナは昨日の事を思い出したのか寂しそうな表情を覗かせた。が、すぐにその表情に力が宿る。
「だからね。新人の中から、強くて、私の目的に付き合ってくれる人を見つける事にしたの。」
「新人の中...なんで?」
「私、現実でまとまったお金を持ってて、それを全てzに変えたの。目的を達成する為に、worldの中での力を得る為にね。だから、新人の中では結構強い方だと思う」
「...ごめん。理由になってないよ」
「いいから聞いてて!でね、露店で買い集めた装備の感触を確かめる為に狩場へ行ったの。そしたら...君に出逢った」
「...」
理解した。カナトがリアナを見ていたように、リアナもカナトの事を見ていたのだ。恐らく、亞殺悪達との決闘を見守る見物人の中にリアナはいたのだろう。思考するカナトを見つめ、リアナが続きを話す。
「カナト君は強かった。恐いくらいに、ね。でも...私が探していたのは、君だって思った」
リアナの真っ直ぐな言葉を受け、カナトは少しの恥じらいを感じた。それが人から、女性から、リアナからの言葉だからの恥じらいかは、まだ自分自身でも分かっていなかった。そんな恥じらいを隠すように、カップを手に取り、口元に運んだ。
「新人が...カナト君が私の目的に付き合ってくれるならお互にメリットがあると思う。私は目的を達成出来る。カナト君が得られるメリットっていうのは...私」
驚きの余り、今飲み込もうとした珈琲のような物が気管に入りそうになり、咳き込んだ。
「カナト君!?大丈夫!?」
「...メリットがリアナって...どういう意味?」
「どういう意味って...あ...」
リアナは自分の発言が、カナトにどう捉えられたかを理解し、耳が赤くなった。
「ッ!ばか!そういう意味じゃないから!!!」
「ばかって何だよ!?リアナが分かりやすく言わないからいけないんだろ!?」
「なんでよ!私がそんな意味の事言うわけないでしょ!」
「私がって...出逢ってから1時間も経ってないんだから、リアナがどんな人かなんて分かるわけないだろ!」
カナトとリアナは椅子から立ち上がって言い合いをした。言い合いは暫く続いたが、2人とも肩で息をし始めた為、どちらからともなく黙って椅子に座った。
感情的に言葉をやり取りした事で、お互いの人となりを知る事が出来た。先程までよりも、2人の心の距離が近くなっていた。咳払いをした後、リアナが先程の弁明を始める。
「ちょっと言い方があれだったけど、メリットが私っていうのは、私の力をカナト君が得られるって事。狩場や装備品の情報はもちろん提供するし、狩りの時には背中を守る。カナト君が強くなるって事が、私の目的に続いているからね」
リアナの提案は、確かにメリットであった。MMOでは情報は生き物であると同時に、金鉱でもある。それを1人で手に入れるのは大変だが、2人なら入ってくる情報量も単純に2倍である。狩りの時に、PTを組めるというのも魅力的であった。ソロプレイは気楽さがあるが、見落としてしまう部分も多いからだ。
“カナトは、どんな王様になりたい?”
“優しい王様かな。誰かを守れるような、ね”
ナナとのやり取りを思い出す。“優しい王様”なら、こんな時にはどうするだろうか。勿論、答えは一つである。
「分かった。リアナの目的、付き合うよ」
カナトの言葉が信じられないというように、リアナが一瞬固まった。だが、すぐに口元に笑みが零れた。
「...本当に!?本当にいいの!?」
「うん。おれで良ければだけど」
「カナト君がいいの!」
リアナが身を乗り出して言った為、危うくカップが倒れそうだった。リアナの言葉にカナトはたじろぐ。リアナの言葉のチョイスは、分かっているのかいないのか、いちいち男をドギマギさせる。冷静を装いつつ、カナトは肝心な事を聞いていない事に気付いた。
「リアナの目的って...何?」
自身の椅子に静かに座り直しカナトを見つめ、リアナが目的を話した。
「私の顔を、取り戻したいの」




