デアイ
『決闘に勝利しました』
『PC亞殺悪アキオとの契約が履行されました。PC亞殺悪・PC咜来魅・PC最強漢・PC蛇っ氣ぃ・PCATUSHI・PC隼人から、PCカナトへの一切の接触が禁止されました。但し、PCネーム『レイ』は多数存在した為、接触禁止の権限を一時的にPCカナトに付与し、PCカナトから該当PCへ、接触禁止権限を譲渡するものとする』
カナトの目の前にメッセージウィンドウが開いた。決闘に勝利したというメッセージと同時に、亞殺悪との契約が履行された旨が記されたメッセージも届いた。
このメッセージを見て気付いた。親友のレイがworld内でどの様なPCネームで活動しているかを知らない。なので、今の時点では亞殺悪との契約で守られるのはカナトだけという事だ。
だが、流石worldのAIである。カナトにレイの分の接触禁止権利を付与し、カナトからレイにその権利を移せると書いてある。痒いところに手が届いている。
レイに接触禁止権利を付与する前に、亞殺悪がレイに接触する可能性も考えた。が、そもそも亞殺悪がカナトを偶然に見つけた事も、森の中にあるたった一枚の落ち葉を見つける程の確率である。再び、それ程の確率の不運が起こるとは考えにくかった。
強さを求め続ければ、いずれレイの歩む道と交わる事が出来る。その時に、接触禁止権利を付与しよう。今日のアキオとのいざこざ話もしないとな。
(......)
カナトは視線を空へ向けた。よく晴れ、可愛らしい雲が流れるworldの空を見上げた。この空の下の何処かにいる親友の事を思いながら。
「うぉーーー!!!」
「お前凄いな!!!6人相手の決闘に勝つなんて!」
「“決闘”するとこ初めて見たけど凄い迫力!!恐くなかったの!?」
「まさか新人用の狩場で決闘する奴がいるとは思わなかったぜ」
「あのDQN達、狩場を独占しようと私達に怒鳴ってきたからムカついてたんだ!なんかスッキリしたよ♪」
「てかさっきの黒い剣!強すぎだろ!RMTで買ったのか!?おれも強い武器が欲しい!幾らした!?どこの露店で買ったんだ!?」
「ねぇ!君のレベルいくつ!?どうやったらそんなに強くなれるの!?」
「なぁなぁ!おれとフレンドになろうぜ!?いや、なってくれ頼む!!」
決闘の行く末を見守っていた見物人の新人達が、驚嘆と羨望の眼差しを向けながら、勝利者であるカナトの元へ駆け寄ってきた。先程までは30人程だったが、今は体感でも倍にはなっていた。これ程の人数に賞賛される事等、当然として経験が無かったカナトは、たじろいだ。
「いや...たまたま勝っただけだよ」
「たまたま6人相手に勝てるわけないだろ!?あの黒い剣が、お前の強さの秘密なんだろ!?教えてくれよ!」
「あのリーダーみたいなDQNをジャンプして斬りつけてたよね!?すっごく格好良かったよ!ステータスってどういう風に振ってるの!?」
「強さを得る秘密を知ってるのか!?勿体ぶらずに教えてくれよ!!」
謙遜という方法をとり、王の力や月喰いについての言及を回避しようと試みるが、決闘を見物していた新人達には効果は無かった。熱心な彼等もまた、現実とは違う自分を、“強さ”を手に入れた自分を夢見てログインしてきている。目の前に現れた“強さ”の理由をなんとかして知りたかった。
「なぁ!黒剣さん!!教えてくれよー!」
「そうだ!新人同士じゃないか!あれか?何かの条件を満たした時に受ける事が出来るっていう秘密依頼の報酬品だったとかか!?」
「ねぇねぇ!あの身のこなしは!?どの位AGIに振ってるの!?DEXはどの位!?てかレベルは!?効率の良い狩場を知ってるの!?」
「黒剣!そんだけ強ければこの階層は楽々クリア出来るだろ!おれとPT組まねーか!?」
「さ、サイン下さい!!!」
「私には回復薬ちょーだい♪」
「はちみつください」
新人達は皆、自分の聞きたい事や伝えたい事を一斉にカナトに浴びせかけた。見物人それぞれの言葉が重なり、誰が何を伝えようとしているのか分からなかった。もしこの場にいるのがカナトではなく聖徳太子であっても、この人数のお願いを聞く事は不可能であろう。
そんな轟音の中にあっても、新人数人から、“黒剣”と呼ばれている事には気付けた。黒い剣を持っているから黒剣なのだろう。なんともMMOらしかった。
なるべく目立たず、少しずつ王の力を研究しながら強くなり、上位PCに追いつこうと思っていた。にも関わらず、目立ち過ぎた事を反省した。
これ程大人数の、強さを貪欲に求める新人を言葉で納得するのに骨が折れる事は容易に想像がつく。そうなるとやる事は一つである。
「あれ?あそこにいるのは超レアMOBじゃかいか?おれの武器もあいつを倒して手に入れたんだ!!」
遠くの方を指差しながら、カナトは応援団長ばりの大声で叫んだ。カナトの超レアMOB発言に、詰め寄っていた新人達の表情が一瞬にして変わり、カナトが指差した方向へ走り出した。
「うぉおおおぉーーー!!超レアMOBは俺のものだぁぁあああ!!」
「おれだって黒い剣が欲しいいぃぃいい!!」
「AGIにたくさん振ってるおれが1番乗りだぜぇえええ!!」
「ちょっとー!!レディファーストだよ!レディファースト!だからこの可愛くて愛らしいわたしに譲りなさぁぁぁあぁああぁぁうぉらぁぁぁぁー!!」
「やったるでぇぇえぇええ!!」
「おれだって激レア装備ゲットしておれTUEEEEEEしたいんだぁあああぁああ!!!」
「は、はちみつぅうぅぅううううああぁあ!!!」
まさに阿鼻叫喚。超レアMOBにつられた新人達は、我先にとカナトが指差した方向へ向かって走り出した。
新人達の背中を、遠い目をして見つめながらカナトは東門へ向かって走り出した。
“逃走”
亞殺悪達との命のやり取りからは全く逃げる選択肢が浮かばなかったカナトだが、あれだけの熱量を持った新人達からは逃げるのが最良の手であった。
髑垂の王の力により、STRとVITに振らなくていい分、AGIとDEXに振っていたカナトの俊敏性は他の新人とは一線を画していた。存在しない超レアMOBを一心不乱に探す新人の群れとの距離が、あっという間に開いていった。
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しばらく走り続けると、王都アリストラの東城門前へ到着した。城門には銀色の甲冑に銀色の兜、腰には切れ味の良さそうな直剣、右手に長物の槍を装備した衛兵が2名、門番として睨みを利かせており、そこを通ろうとする新人ルーキー達を物言わぬまま、静かに見つめていた。
決闘という、システムに則ってはいるが、PKした直後という事もあり、門番の視線が気になった。
そんなカナトの不安を察知してか、門番2人が力強い視線を送ってきた。掌に汗が滲むが、冷静な表情を作って城門をくぐるため歩みを進めた。
一歩一歩、靴底で踏んだ土の音が聞こえる程の慎重さで進む。と、新たに東城門へ向かってくる新人の方へ門番達の視線が移った。
(うん。PKって言っても決闘だったからな。赤名前にもなってないし、街には入れる)
カナトは安堵しつつ、大きな東城門を抜けた。
アリストラの中に入ると、新人だけでなく様々なPCの姿が見られる。多くの露店が、昨日と変わらず大変な賑わいを見せている。
(本当に毎日がお祭りみたいだ)
アリストラに着くと、先ほどまでは感じていなかった疲れがドッと出てきた。思えば、亞殺悪との出会いから決闘を終えるまで、精神を張りっぱなしであった。精神的な疲れが出るのは当然である。
(本当はあまり人がいない狩場でレベリングしたい所だけど...ちょっと休憩しようかな)
どこでも宿屋のベッドの寝心地が密かに気になっていたカナトは、どこでも宿屋でしばしの休息を取る事にし、歩き始めようとした。が、不意に背中側から話しかけられた。
「ねぇ君。さっきの脱出劇は見事だったね」
“さっきの脱出劇”というのは、新人用狩場での超レアMOB事件の事であろう。あの場にいた新人に追い付かれたのか?超レアMOBに吊られずに?結構全力で走っていたのに?
思考を巡らせながら、カナトはゆっくりと振り返った。
腰のベルトに銀色に輝く片手剣を提げ、身体には動きやすさも考慮された白を基調とした布製の軽装。脚には可愛らしさの中に力強さのあるブーツ。そして初心者用狩場では見た事がない、顔の鼻から上、主に目を隠す仮面のような装飾品を装備していた。全身の装備が新人ルーキーのそれとは一線を画しているのが分かる。
糸の様な細さの透き通る茶色の髪の少女が立っていた。