ケットウ
カナトはインベントリを操作した。カナトの右手に、月喰いが握られた。のどかな新人用狩場にあるべきではない、月を喰らう程の漆黒の刃が、静かに鳴った。
先程までだらけた雰囲気だった取り巻きDQN達が、静かになった。自分達の装備している鉄製の剣も短剣も、ログイン2日目の新人からしてはまずまずの物だった。
しかし、カナトが装備している武器は明らかにオカシイ。一目見て、新人が装備できる域を大きく越えている事が分かる程の凶々しさを放っていた。
亞殺悪も内心驚いていたが、表情には出さなかった。喧嘩もとい“決闘”はのまれたら負けである事を、これまでの経験から分かっていたからだ。それにいくら武器が良くても、所詮は6対1の闘いである。
「お、カナちゃーん。なんか強そうな武器じゃん。いいね。ま、それも俺の物になるんだけどな」
亞殺悪の余裕のある発言に、取り巻きDQN達の頬も緩んだ。亞殺悪に着いていけば、今までだって、これからだって美味い汁を吸える。
亞殺悪の挑発的な発言を受けても、カナトは冷静であった。冷静であるから故に、見えてくる物も多い。worldでは...命のやり取りをする時には、冷静さを失った者が負けるのだ。亞殺悪にでは無く、取り巻きDQN達一人一人に視線を移しながら、言葉をかける。
「...あんた達。さっきからアキオの態度で喜んだり焦ったりして忙しいね。あんた達みたいのを“金魚の糞”って言うんだよ」
「なんだとこの餓鬼!!」
「やめとけやめとけ。安い挑発に乗るな。相手の思う壺だぞ。カナちゃーん、そろそろやろうか?」
亞殺悪の冷静な判断で、取り巻きDQN達はカナトの策に嵌る事はなかった。が、カナトにとってはそんな事は重要では無かった。DQN達に言葉の一矢を射てた事で満足だった。苦々しい表情を見せた亞殺悪がメニュー画面から、“決闘”の申請を送ってきた。
『PC亞殺悪をPTリーダーとするPTから決闘申請が来ました。承認しますか?』
亞殺悪を見据えていたカナトは視線を落とし、申請内容に誤りが無いかしっかりと確認し、Yes部分をタッチした。
「おらぁぁあああああああ!!!死ねやぁぁ!!」
Yesを押した瞬間、カナトの体左側面方向から、殺意に満ちた怒号が聞こえた。取り巻きDQNの1人が、カナトが視線を落としている間に静かにカナトに近づき、左側面から鉄剣で切り掛かってきた。
咄嗟の出来事だったが、カナトは切り掛かってきた取り巻きの方に向き直って後方にジャンプして避けた。鉄剣はカナトの体に刃を入れること無く、虚しく空を切った。
「はい、捕まえた〜」
鉄剣の攻撃を辛うじて避けたカナトだったが、避けた先で待ち構えていた取り巻きDQNの1人に捕まった。DQNはカナトの背中側から抱きつくようにして、カナトの動きを封じた。
「はいいつもの必勝パターン決まりましたー!!」
「こらクソ餓鬼。許さないんじゃなかったかー?」
「おれらの特技は喧嘩だからな。お前みたいなシャバ僧がおれらに勝てるわけねーべ?」
他の取り巻きDQNが嬉しそうに笑っている。亞殺悪も満足そうであった。先程鉄剣で切り掛かってきたDQNは鉄剣を腰のベルトに戻しながら、カナトの足を両腕で押さえ込んだ。今回は捕獲係になっていたDQNが、カナトの耳元で大声で叫んだ。
「アッキー!取り敢えず一撃お願いします!!!」
「おう。死なねー程度に弱らせるからよ」
亞殺悪が鉄球槌を肩に担ぎながら歩きだそうとした時...
カナトを押さえこんでいた取り巻きDQN2人が白い光に包まれ、その場から消えた。亞殺悪は足を止める。この白い光は見た事がある。MOBの討伐を現す、あの白い光だった。
「...お前...何をした」
「何って、むさ苦しい男達に抱き着かれたく無いからね。こいつで退場して貰ったよ」
カナトは命を喰らったばかりの月喰いを、軽々しく何回か振ってみせた。驚愕した亞殺悪の表情はカナトの言葉を受け、怒りに変わっていた。
「お前は動けなかっただろーが!!!タクミ達が押さえ込んでたんだからな!!どうやってタクミ達を殺ったんだ!!」
「動けなかったけど、手首は動いたからね。ちょっと刃先を当てたらいなくなってたよ」
カナトの言葉は真実であった。捕らえられ、一瞬は焦った。が、カナトが手にしているのは新人用の木剣ではなく、高レベルPCですら装備出来るか分からない程の上位武器だ。冷静に手首を返し、月喰いの刃先をDQN2人に当てた。ただ体に触れただけの月喰いの刃先は、鉄板の上に落とされた一雫の水のように、DQN2人のHPを一瞬で蒸発させた。
「なんか揉めてるみたいだなー」
「あの黒い剣を持ってる人が、EXIL◯風のDQN2人をやっつけちゃったみたいだよ」
「え!?じゃああの人赤名前!?」
騒ぎを聞きつけた狩場の新人が30名程、狩りを中断して集まってきていた。そのうちの1人が、カナトの頭上に視線を移し、意識を集中させた。
「見た感じ、黒い剣の人は赤名前になってないね」
「え!?どうやったら分かるの!?」
「逆に知らなかったのかい!頭上を見て“名前をみたい!”って考えるだけで、見れるよ。あ、でも赤名前じゃない場合は名前は表示されないからな」
「そうなの?知らなかったー!」
「だから取り敢えず、初めて会う人の頭上は見ておいたほうがいいよ」
「分かった!ありがとうー♪」
新人同士、情報の交換をする者達もいた。
「あの人、PCを倒しても赤名前じゃないって事は...この人達“決闘”してる?」
「は!?じゃああの黒い剣の奴は1人対6人で闘ってるのかよ!」
「1対6なんて勝算が無いだろ!何考えてんだ!」
「いや私見たよ!あの人、一瞬でDQNっぽい2人を倒してたよ!白い光になってたもん!」
「はぁー!?なんだそれ!じゃああの剣相当ヤバくないか?」
「あの剣は誰が見てもやばい奴だろ。あいつ新人用の布の防具つけてるけど、本当に新人なのか?」
カナトの言葉を受けて呆然として動けなくなっている亞殺悪と取り巻きDQNと、静かに佇むカナトを見ながら、見物人達は興奮した様子で言葉を交わしていた。
が、見物人達の視線が徐々に亞殺悪を現実に引き戻した。1対6の決闘で負ける訳にはいかなかった。後ろにいる、戦意を喪失した取り巻き達に怒号を浴びせた。
「おらお前ら!ビビってんじゃねぇ!!どんな時だってビビらずに来ただろーが!!一瞬でいいから隙を作れ!おれがこいつをガキの頭に叩き込んでやるからよ!!」
「いやでもアッキー...あれはヤバいっすよ...」
「うるせぇ!!いいから行けや!!!てめぇにもこいつを食らわしてやろうか!!?」
血走った亞殺悪の目を見て、取り巻き達に恐怖が走った。やるしかない。やらなきゃ、亞殺悪に何をされるか分からない。
「う、うわぁあぁあああ!!」
取り巻きの1人が短剣を両手で持ち、胸の前に突き出しながらカナトに向かって走りだした。その1人に続いて、他の2人も叫び声をあげながら鉄剣と短剣を振り回しながらカナトに向かう。
カナトは月喰いを右手に持ち、斬りつける構えをとった。短剣を両手で持ったDQNが迫る。
「あっ...」
カナトが勢いよく月喰いを斜めに振り下ろす。チッという乾いた音を立てながら、DQNの身体が上半身と下半身に別れ、白い光に包まれた。
「うわぁぁらぁあアアア!!!」
恐怖心を払う為の雄叫びをあげながら、次に続くDQNが鉄剣を振り下ろした。カナトはDQNの鉄剣をステップで躱し、DQNの身体に月喰いを突いた。月喰いは何の抵抗も感じさせぬ程スムーズにDQNの身体を貫いた。鉄剣のDQNも白い光に変わった。
「ひぃぃいいいいいいヤァヤァヤァ!!!」
でたらめに短剣を振り回しながら最後の取り巻きが迫る。先ほどのDQNを貫いたまま前に突き出していた右手を引き戻し、右下から左上に向けての斜めの一閃を浴びせた。DQNの左腕が斬り落とされ、また白い光となった。
「1人になったね。アキオ」
「......てめぇ」
「そんなに睨んでたってダメだよ。勝敗がつかなきゃ決闘は終わらないよ。それとも、取り巻きみたいになるのが恐い?」
「...クソ野郎が...カマ野郎の分際でよぉ!!!逃げ回る事しか出来なかった雑魚が調子に乗んじゃねぇええぇぇぇェェェェ!!!」
亞殺悪は怒りに任せながら槌を振り下ろした。槌は青々と茂る草葉と土を辺りに撒き散らしながら、地面にめり込んだ。その余りの衝撃と飛び散る土や小石から身を守る為、見物人達は腕で顔を覆っていた。亞殺悪は自分の強さを確かめるように、地面にめり込んだ槌を睨み付けながら言葉を吐き出した。
「STR全ブッパした槌の威力がこれだ!!!今からてめーの脳天にぶちかましてやるから覚悟しと...」
言葉を吐きながら亞殺悪が顔を上げると、目の前にいた筈のカナトの姿が無かった。
“チッ”
乾いた音がするのと、月喰いを振り下ろしながらカナトが亞殺悪の目の前に落ちて来たのはほぼ同時であった。亞殺悪の身体は左右に裂かれながら白い光に包まれた。
亞殺悪が力を誇示する為に視線を下げた隙に、カナトは亞殺悪の頭上目掛けて跳んだ。跳びながら右手を振り上げ、落下する勢いのまま亞殺悪を斬りつけたのだ。
奇しくも、亞殺悪は自身が仕掛けたのと同じ方法で、カナトに斬り捨てられたのだ。カナトは月喰いをインベントリに仕舞いながら、消えた亞殺悪に向けて呟いた。
「ダメだよ。安い挑発に乗っちゃ」
『決闘に勝利しました』
『PC亞殺悪との契約が履行されました。PC亞殺悪・PC咜来魅・PC最強漢・PC蛇っ氣ぃ・PCATUSHI・PC隼人から、PCカナトへの一切の接触が禁止されました。但し、PCネーム『レイ』は多数存在した為、接触禁止の権限を一時的にPCカナトに付与し、PCカナトから該当PCへ、接触禁止権限を譲渡するものとする』




