フウン
カーテンの隙間から入ってきた陽射しの明かりが顔にかかり、眩しさで目が覚めた。ゆっくりと身体を起こし、深い欠伸を一度する。もう少し眠りたいとも思ったが、視界の端にヘッドギアが映り、眠気は一気に吹き飛んだ。
昨日はログイン初日にも関わらず寝坊してしまい、出遅れた形となった。なので、今日は朝からログインしようと決めており、その為に昨夜は夕飯を食べた後に風呂に入ってすぐに入眠したのだ。コンディションは万全であった。
リビングへ行き、母親が出勤前に作っておいてくれた朝食を食べる。腹が満たされたのですぐに自室に戻り、ヘッドギアを装着した。
昨日は“ブス”だらけで永い時間楽しませて貰った。オーバが最寄りのどこでも宿屋の前まで案内してくれたので、ログインしてすぐに転送を使う事が出来る。
カナトは狩場でのMOB狩りが楽しみで仕方無かった。失礼な露店主ジジルとの契約で得た片手剣【月喰い】の力を早く試したくてうずうずしていたのだ。
ヘッドギアの電源を入れる。一瞬で意識が身体から抜け出るのを感じた......
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一瞬の後、カナトは大勢の人が行き交う道に立っていた。喧騒が身体全体を覆ってくる。2日目ともなると多少の心構えが出来ていたので、そんな一瞬の変化にも驚く事無くログインする事が出来た。
目の前にはどこでも宿屋。目的が決まっているので、足早に宿屋の扉に手をかけ、店の中に入る。
割腹の良い声の大きなな男がカナトを出迎えた。年齢は40歳程であろうか。頭の上で1つに結んだ赤毛と、顎髭が特徴的である。毎度の事、どこでも宿屋の店主である。店主はカナトの姿を見ると、大きな声で接客を始めた。
「へーい!いらっしゃい!休憩かい?お泊りかい?転送かい?」
もちろん転送だ。
「転送でお願い」
「はいよ!305号室だ!じゃあ良い転送を!」
「305号室ね。ありがとう」
どこでも宿屋店主から鍵を受け取り、305号室へ。ここの店主はどのような考えかは分からなかったが、“東門の店主”に教えて貰った通り、新人用狩場を頭で思い描きながら椅子に飛び乗った。
一瞬の後、カナトは新人用狩場にいた。足からの転送により、尻餅をつく事無くスマートに転送を終えられた。
朝だというのに、狩場には大勢の新人がいた。しかし、新人達は見た目からして昨日とはうって変わっていた。
昨日は初心者用装備である布の服と木剣を装備している新人が多かったが、どの新人も装備の何処かしらは初心者用装備から卒業していた。
攻撃力を重視する新人は武器を、防御力を重視する新人は防具の一部を、自分好みの見た目や性能で新調したようであった。
ビッグピッグを狩って得たzで購入したのか、RMTで円をzにして購入したのかは定かではないが、大体の新人がworldという“もう一つの世界における自分”を高めようとする向上力に満ち溢れていた。
そんな他の新人を見て、カナトの心も奮い立っていた。昨日は遅れをとった為、本日はガッツリとレベリングをしようと決めていたからだ。
しかし、オーバの言った通り、新人用狩場のようにPCが多い場所で月喰いを振り回すのは得策ではない。月をも喰らう程の漆黒の刃は、新人の目を引いてしまうだろう。
(とりあえず木剣で狩って、もう2-3level上げたら狩場を変えようかな)
腰のベルトから木剣を抜き、近くにいたビッグピッグに敵意を向けようとしたその時。カナトの視界にある物が入ってきた。
1人の女性PCがビッグピッグと対峙していた。そのPCは新人用狩場では珍しい、カナトと同じソロPCだった。右手には銀色に輝く片手剣を、身体には動きやすさも考慮された白を基調とした布製の軽装。脚には可愛らしさの中に力強さのあるブーツ。そして初心者用狩場では見た事がない、顔の鼻から上、主に目を隠す仮面のような装飾品を装備していた。全身の装備が新人のそれとは一線を画しているのが分かる。
装備だけでは無い。その身のこなしは踊るように軽やかだった。ビッグピッグの突進を、バレェのように流れるような動きで交わしつつ、撫でるように剣を浴びせていた。
その動き一つ一つが、美しかった。そして、動く度に糸の様な細さの透き通る茶色の髪が踊る様は、ここがモンスターを狩る場所である事を忘れさせる程の優雅さがあった。
(......)
芸術的な事はあまり分からないカナトであったが、彼女の動きに目が奪われる。それは美しさからか、優雅さからか、強さからかはカナト自身も分かっていなかった。
暫く彼女の狩り様を眺めていたが、その時間は突然に終わりを告げた。
「おい。こっち向けよ」
後ろから急に声を掛けられた。驚いて後ろを振り向く。新人と思しき男が立っていた。短い髪の毛だがサイド部分は刈っている。一目見た印象はエグザイル風DQN。縦にも横にも広い体格に革製の防具を装備していた。カナトにはあまり馴染みの無い人種である事は確かだった。声の主の数メートル後ろには、大きいのから小さいのまで、パーティメンバーと思しき5人のエグザイルもどきDQNがニヤニヤ下卑た笑いを浮かべてこちらを見ていた。なるべく関わりあいたくない人種ではあるが、とりあえず返事をする。
「おれに何か用?」
「おれに何か用?じゃねーんだよ。なに冷静ぶってんだよ」
「......用が無いなら放っておいてくれない?」
「何いきがってんだよ。“カナちゃん”」
突然名前を呼ばれ、カナトは警戒して後ろに跳んで大柄DQNから距離をとった。
「何故おれの名前を知ってる?」
「そんなの“お友達”だからに決まってんだろ。カナちゃん」
知らない。こんなDQNは知らなかった。混乱するカナトの目の前に、メッセージウィンドウが開いた。
『亞殺悪からフレンド申請が来ました。承認しますか?』
読めない。申請が来ても、何と読めばいいのかが分からない。それにこんな高圧的なDQNとはフレンドになりたくなかった。カナトは迷わず“NO”の部分をタッチした。
「あ!てめえ!カナトの分際で俺様の申請を拒否しやがったな!!!」
大柄DQNの怒号を聞き、他の5人のDQNもゾロゾロと集まってくる。
「あっきー。どしたん?」
「おいこら餓鬼。シャバ僧」
「何調子こいちゃってんの?」
「ボクちゃ〜ん。デスペナりたいのかな〜?」
「何?この餓鬼が失礼な事したん?おいクソ餓鬼。あんまあっきー怒らせんなよ?やっちゃうよ?」
水を得た魚のように、DQN軍団が捲し立てる。まるで、こうなる事が分かっていたかのように。というより“あっきー”。確かにDQN軍団は大柄DQNの事を“あっきー”と呼んだ。
亞は“あ”だろう。
殺は...まさかKILLからとって“き”か。
悪は...“お”?
カナトが何かを察した表情をしたのを大柄DQNは見逃さなかった。やっと気付いたのかと言わんばかりの悪そうな顔でカナトをニヤニヤと見つめていた。
「お前...まさか...」
「10年振り位だな。“カナちゃん”」
この広いworldでどうしてこいつと出逢ってしまったのだろう。よくよく見れば、当時の面影が残っている。
目の前にいる大柄DQNは、幼稚園の頃の悪敵、ジャイアントアキオであった。




