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フレンド

新人ルーキー君、飛ぶよ」



 聞き慣れた声がした。金髪の青年の声だ。


 金髪の青年の右手がカナトの手首を掴んだ。次の瞬間、カナトの意識は不思議な感触に陥った。それは、どこでも宿屋での“転送”と同じモノだった。


 1秒前の喧騒が嘘のような静寂が襲ってきた。金髪の青年とカナトは、幅が2m程の誰もいない寂れた路地に転移していた。



「はい、脱出完了」



 “一仕事を終えた”という様子で、金髪の青年は大きな伸びをしながら呟いた。カナトには、今起きた事は理解出来ていた。転送だ。だが、転送はどこでも宿屋でしか行えないとばかり思っていた。



「転送って何処からでも出来る手段があるの?」



 カナトが問いかける。金髪の青年はメニュー画面を操作し、インベントリから何かを取り出した。それは小さくて丸い石だった。だが、道端に転がっているような物では無かった。澄んだ青色をし、中心部分から微かな光を放っている、不思議な石だった。



「この石は...?」


「こいつがおれと新人ルーキー君を暴徒達から救ってくれた“転送石てんそうせき”だよ」


転送石てんそうせきって事は...これがあれば何処にいても転送出来る?」


「正解。こいつがあると助かる場面が多いんだよ。例えば...今みたいにね」


「...なるほど」



 金髪の青年が転送石てんそうせきを使ってくれなかったら今頃どうなっていたか。恐らく、視界を埋める程の見物人達に囲まれて、身動きもとれない程であっただろう。



「まぁこいつは少々値が張るからね。あんまり無闇矢鱈に使える物じゃ無いんだけどね」


「貴重な物だったんだ!ごめん!!」


「いやいや、さっきのは結構なトラブルだよ。あれは無闇矢鱈に入らないから安心して」


「...ありがとう」


「うんうん。新人ルーキーのうちは、先輩に甘えるもんだよ」



 金髪の青年は、人を安心させる笑顔をカナトに向けた。そして手に持っていた転送石てんそうせきを、カナトに向かって放り投げた。



「うわっ!え、これ...何?」


「あげるよ」


「え!?貴重な物なんだよね。貰えないよ!ただでさえさっき使って貰ったばかりだし!」


「いいのいいの。新人ルーキー君は数字揃いなんだから。これから、好意的な目だけでなく、敵意を持った人とも関わらなきゃいけない時が来るよ。そうした時に、自分の身を守る手段は持ってて損は無いよ」


「いやっ、でも」


「いいからいいから。先輩が後輩に良くするのは当たり前の事なんだから。新人ルーキー君にいつか後輩が出来たら、その後輩に良くしてあげなよ。そうやって世界は回ってるんだよ」



 金髪の青年は優しく笑っている。現実リアルでは同性の先輩というモノとの関わりを持っていなかったカナトには、金髪の青年の言葉は衝撃的だった。



「...worldって、もっと殺伐としてるのかと思ってたよ。あんたみたいな人もいるんだね」


現実リアルでだって金儲けをしたい人もいれば、犯罪をしたい人もいれば、ボランティアしたい人もいるよ。worldだって同じだよ。ココは“もう一つの現実”なんだから」


「...うん。じゃあこの転送石てんそうせきは有難く受け取らせて貰うよ」


「うん、宜しい」


「おれがいつか強くなった時、手助け出来る事があったら言って。この恩は絶対返すから」


「律儀だねー新人ルーキー君。いいよーそういう男は嫌いじゃないよ」



 カナトの申し入れに、金髪の青年も嬉しそうである。先程の露店でのトラブルから今に至るまでの数十分しか時間を共有していない2人だが、一種の信頼感のような物が芽生えていた。



新人ルーキー君、フレンド登録しようよ」


「もちろん。こっちからも頼もうかと思ってたよ」


「良かった。じゃあ申請するよ」




『オーバからフレンド申請が来ました。承認しますか?』

 



「...あんたの名前オーバっていうんだ」


「あぁ、言ってなかったね。そう、オーバって言うんだ。よろしくねカナト君。まぁおれが一人前って思うまでは、おれは新人ルーキー君って呼ばせて貰うよ」



 オーバはニヤリと笑った。カナトの反応を楽しもうとする魂胆が見え見えである。



「それでいいよ。おれはオーバって呼ばせて貰うけどね。というかオーバってのは何処からとった名前なの?」


「こら新人ルーキー君。PCプレイヤーネームの由来を聞くのはマナー違反だぞ。」


「そうなのか。ごめん」


「まあフレンド同士だから、特別に教えてあげるよ。おれの装備見て貰うと分かるけど、金ピカ装飾多いでしょ?物心ついた時から、金ピカに光る物が大好きだったんだよ。である日母親の金色のイヤリングを小学校に付けて行ったんだ。そしたらあだ名が“おばさん”になったんだよ」


「え、オーバっていうのは...」


「そう、“おばさん”のオーバ」



 何が楽しいのか、オーバは嬉しそうにこのエピソードを話した。PCプレイヤーネームの付け方は人それぞれなんだという事を、カナトは知る事が出来た。

 そしてある事を思い出した。自分は本名のままプレイしている。PCプレイヤーネームを決めるタイミング等あっただろうか?



PCプレイヤーネームって、あの白い部屋で決めたんだよね?」


「そうだよ。新人ルーキー君もあそこのNPCに名前聞かれたよね?その時に答えた名前がPCプレイヤーネームだよ。そんな事聞くって事は...新人ルーキー君、本名?」



 ナナだ。確かにナナに名前を聞かれた。“あんた名前は?”と突然高圧的に聞かれたので、咄嗟に本名を教えたのだ。しかし、考えてみると危うくPCプレイヤーネームが“カカナト”になってしまっていたのかと思うと、手に嫌な汗が出てくる。



「うん...一応本名だよ」


「そうだったんだね。まぁでも意外に本名の人いるよ。本名を少しもじったり、違う言い回しをしたりする人が多いけどね」



 オーバの反応を見るに、本名でもさしたる支障は無いようなので、胸を撫で下ろした。



「さて新人ルーキー君。新しい武器も手に入れて良いログイン初日になったんじゃない?ってな事で、おれが行きつけの大人の社交場に新人ルーキー君を招待したいと思うのだけど。どうかな?」



 手に入れた【月喰い】を使ってみたいという気持ちはあったが、今初心者用狩場で月喰いを振り回すのは得策ではない事をカナトは理解していた。なのでここは、オーバの提案する“大人の社交場”とやらに足を運ぶ事にした。



「うん。ありがとう。ただ、大人の社交場って何?」


「うん。入れば分かるよ。っていうのも、招待する事を見越して此処に転送してきたんだよ」


「?」


「そこだよ。大人の社交場は」



 オーバが、路地に面した煉瓦造りの建物の二階部分を指さした。そこにはピンク色を基調とした装飾が施された看板が、これでもかという位に店名を主張していた。


 看板に書かれた店名に、カナトは一抹の不安を覚える。



 “ブスだらけ”



 カナトの不安を察知したのか、オーバは何も言わずに階段に向かって歩き出した。オーバの少し後ろを、警戒しながら付いていく。



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