チート
『ジジルとの契約が履行されました。片手剣【月喰い】を取得しました。』
カナトの前にメニュー画面が自動的に開き、黒い剣を取得した旨を示すメッセージが表示された。
一部始終を見守っていた通行人達の緊張が解かれ、弾ける。
「あの新人なんで持てるんだ!?」
「なんなんだあの新人は!」
「あんな上位装備、相当な上級PCしか装備出来ない筈だよな!?」
「持てる持てないっていうより、剣先が見えない程早く操ってるよ!」
円となっていた見物人達は、“信じられない”といった表情で、ことの顛末を見守っていた者同士、話始めていた。見物人達の興奮した様子を見て、次々と新しい見物人が集まってくる。MMOPCは、面白そうな事やトラブルには敏感である。
(ちょっと目立ち過ぎたな...)
カナトは右手に持った月喰いをインベントリに仕舞い、再び木剣をベルトに吊り下げた。
カナトは契約通り、月喰いを装備する事が出来た為、新たな所有者となったのだ。それに納得出来ない男が、この場に只一人いた。勿論このパンツ男...もとい、ジジルであった。
「ち、ち、チートだぁぁあぁあぁああ!!」
ジジルは声高らかに叫んだ。ジジルの発した“チート”の一言に、見物人達の表情が険しくなる。
「チートって...worldでチートは無理だろ」
「いや、でも万が一って事も...」
「新人があんな上位武器...装備出来た事がおかしいよね」
「あの新人。本当にチーターなのか?」
雲行きが怪しくなってきた。先程までの騒がしい程の驚愕の声は消えていた。見物人達は皆、静かな疑いの目でカナトを見つめていた。
この好機を逃すまいとして、ジジルは言葉を続けた。
「このクソ新人!よくもおれの剣を騙しとってくれたな!!お前は高ランク装備を狙うチーターだったんだな!!」
「チーターって...worldではチートは無理だろ?それに、万が一そんな事したら捕まるよ」
worldのセキュリティは完璧である。隣国のRMT業者や、クラッカー達によるデータ改竄に煮湯を飲まされた過去の反省を通し、今では国内外から集められた優秀なプログラマー達が国の管轄下で完璧なセキュリティを敷いているのである。
その事はworldをプレイする者も、国民も、周知の事実であった。
それなのにこの空気。そんな完璧なセキュリティの上でもチートと疑われてしまう程の異様さなのだ。新人が上位武器を装備したという事態は。
ジジルは捲し立てる。
「チートじゃなかったら、なんでお前は持てたんだ!?あぁ!?新人に持てるような武器じゃねーんだよ!!返せ!こんな契約はおかしい!!!」
「...だからチートじゃないよ」
「じゃあなんでお前は持てるんだ!!!新人には無理!持てない!!お前のSTR値を言ってみろ!!」
「...」
何故持てたか。それを此処で話すのは得策では無い事をカナトは分かっていた。王の力という、他者とは違う圧倒的な力。新人であるカナトが、その事についてこの場で説明した場合、他者からの眼差しは羨望では無い。
“嫉妬”
人は、持たざる者である。故に、持つ者に対しては黒い感情が渦巻くのだ。
「返せ!返せよ!!!クソ新人!!!このチーターが!!!」
「......」
見物人達も皆、カナトに対して疑いの目を向けていた。黒く、冷たい目を。
もう返そう。元々は髑垂のスキル軽減率を知る為に、少し持たせて貰うだけで良かったんだ。
メニュー画面を操作し、インベントリから【月喰い】を取り出そうとする。が、カナトの右手を優しく掴み、制止する者がいた。金髪の青年である。金髪の青年はカナトに優しく微笑みかけると、カナトにだけ聞こえる程の声で静かに話した。
「...新人君、おれに任せときな」
「...でも」
「...大丈夫。揉め事には慣れてるからさ」
金髪の青年は、悪戯前の子どものような笑顔でカナトにウィンクをした。ジジル、見物人の方に向き直り、声高らかに話し始めた。
「店主!そして見物人のPCさん!まずは落ち着いて聞いてくれ!」
「お・ち・つ・け・る・か!!!馬鹿野郎!この金髪!お前もこの新人とグルなんだろ!?おおーん!?」
「おれはグルじゃない。グルじゃないって証明する証拠も無いから、そこはおれの人となりで信用して貰うしか無いんだけどね。というよりそもそも、本当にこの新人君はチーターなのか。おれにはそうは思えない」
「何を寝ぼけた事を言ってんだ!!現にクソ新人は上位武器を持ってるじゃねーか!!持ってるってーより振り回してるじゃねーかよ!!」
「そう、そこなんだよ。おれが疑問に思うのは。もし仮に新人君がチーターだったとしよう。上位武器を装備出来た位だ。ステータスをいじったんだろうな。だけど、ステータスを弄れる程の技術がある奴が、わざわざこんな手が込んだ芝居をうって武器を得ようとするか?適当に強そうな武器でも防具でもアイテムでも、いくらでも作製・増殖出来るだろ。新人君には“動機”が無いって事になるんだよ」
先程まで疑いの目を向けていた見物人達も、金髪の青年の話しに耳を傾けている。頷いたり、「確かにそうだよな!」「わざわざこんな事しないかー」等と、肯定的な意見が多くなってきている。だが、ジジルは納得出来ない。
「...そんな事言ったってよ!!おかしいだろ!新人が装備出来る武器じゃねーんだよ!そこらのなまくらとは訳が違うんだぞ!?」
「うん。店主さんが言うように、確かにおかしい。今日ログインしてきたような新人が、簡単に装備出来る武器では無い事も分かってるよ」
「.....だったらよお!!!」
「おれが思うに、新人君。君はもしかして数字揃いなんじゃないかい?運命の大箱のさ」
見物人達も驚きの声をあげた。
「その手があったか!」
「あれ、揃う事あんの!?みんな回復薬詰め合わせかと思ってたー...」
「回復薬取得の確定イベントじゃなかったの!?」
「実はおれも数字揃いだぜ!二桁揃ったから、AGIに補正が3掛かってるんだぜ!」
沸き立つ見物人達とは対照に、カナトの心は静かであった。
金髪の青年に見破られている。王の力の事を。カナトの背中に汗が流れる。どうしたら良い。正直に答えた方がいいのか、悪いのか。
「...それは...」
「新人君。運命の大箱で幸運にも何桁か揃って、STRに補正がかかっているんじゃないか?」
緊張の糸が解かれた。有難い事に、金髪の青年は王の力の事までは見破ってはいなかった。こうまでしてカナトの力になってくれている青年を騙すようで心苦しいが、“数字揃いの新人”である事にした。
「...うん。そうなんだ」
「やっぱり!じゃあ上位武器を持てた事にも説明がつくね」
“幸運な数字揃いの新人が上位武器を装備した”という事で、一連の騒動に終止符が打たれた。
ジジルは何か言いたげだったが、何も言わずに肩を落としていた。代わりに、ダムが決壊したかのように見物人達がカナトの事を取り囲んだ。
「お前すげーな!なぁフレンドになろうぜ!」
「ね!君!うちのギルドに入らない!?」
「一緒に狩りに行かねーか!?ある程度のレベルまでは引っ張ってやるぞ!?」
先程まで疑いの目を向けていた見物人達は手の平を返してカナトに取り入ろうとした。王の力については知られる事は無かったが、そんな事は無意味であるかのように、次々とカナトの元へ人が押し寄せる。
「新人君、飛ぶよ」
聞き慣れた声がした。金髪の青年の声だ。
金髪の青年の右手がカナトの手首を掴んだ。次の瞬間、カナトの意識は不思議な感触に陥った。それは、どこでも宿屋での“転移”と同じモノだった。