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テンソウ

 青白い光の中を進む。10歩程進むと、眩しい程の光がカナトの視界を遮った。と、次の瞬間には光は感じられなくなり、慌ただしい程の喧騒に包まれた。


 視界が開ける。目の前には活気に満ち溢れた広場が拡がっていた。ただ、広場というにはあまりにも広かった。プロの野球選手が活躍するドーム型の球場程の広さを誇っていた。



 そして活気に満ち溢れた人、人、人。



 広場では様々な人の姿が見られた。露店をひらく人、何か目的があるのか早足な人、仲間同士で談笑する人、目ぼしい装備が無いかと露店を物色する人。


 そうした人々の発する音が広場中に響き渡り、祭りでもやっているかのような賑やかさに満たされていた。



 王都アリストラ。新人ルーキーが訪れる最初の街。最初の街ではあるが、“はじまりにしておわりの街”と形容される程、この街は活気に満ち溢れていた。新人ルーキーを迎える大広場を中心とした直径20kmの円型の街。余りにも広大ゆえ、街の全てを把握する事は不可能と言われており、サービス開始時からの古参プレイヤーでも1つ路地に入れば道に迷う事もある。

 NPCが店番をする店のみならず、プレイヤーが自ら取得・作成した素材や装備を販売する露店が星の数程存在しており、その露店目当てのプレイヤーが冒険の合間に、ここアリストラへと足を向けている。財のあるプレイヤーは露店ではなく、自分の店を持つ事も出来る。

 新人ルーキーから古参、全ての人種と出逢える街でもある。



 MMO経験者のカナトには、MMOの首都の恐ろしい程の混雑さは予備知識として頭にあった。しかし、モニターを通してキャラクターを眺めるのと、実際に自分の視点で街を、人を、空気を感じるのとでは大きな隔たりがあり、思わず息を呑んだ。



「広すぎる...」



 自然と言葉が口を突いた。が、自分の心を言葉にする事で今の状況を冷静に見つめる事が出来た。MMOには説明書も、物語を導く道筋も無い。自分の出来る範囲で情報を得ようと試みた。


 周りを見渡す。ログイン初日にも関わらず新人ルーキーと思しきプレイヤーの姿が少ない。新人ルーキーはどこにいるのか。


 注意深く人の流れを観察する。すると、新人ルーキーと思われる数名が、談笑しながら一軒の店に入って行くのが見えた。


 “花火を見たいなら浴衣姿の人の後に続けばいい”


 そんな言葉を思い出し、カナトは談笑する一行が入っていった店に行く事にした。あまりの人の多さに歩くのも一苦労だったが、なんとか店の前に着いた。店先に堂々と掲げられた看板には、達筆な大きな文字で『どこでも宿屋』と書いてあった。



(宿屋という事は、体力を回復する施設なのだろうか)



 考えていても始まらない。カナトは扉を開け、どこでも宿屋の中に足を踏み入れた。



「へーい!いらっしゃい!休憩かい?お泊りかい?転送かい?」



 割腹の良い声の大きなな男がカナトを出迎えた。年齢は40歳程であろうか。頭の上で1つに結んだ赤毛と、顎髭が特徴的であった。


 木造のウッドハウス調の店内を、声の大きな男が立っているフロントまで進む。



「こんにちは。さっきログインしたばかりの新人ルーキーなんだけど、ここはどんな施設?」


「なんでーお前さん知らないで店に入ってきたのかい!ここは数ある階層のうち、王都アリストラのみに許された“転送”が使える栄えある宿屋、誰が呼んだか人呼んで『どこでも宿屋』ってーんだよ!」


「誰が呼んだかって、看板に書いてあるじゃないか」


「こまけーこたーいいんだよ!どうすんだい?休憩かい?お泊りかい?転送かい?」



 休憩は恐らく一定時間滞在する事で体力を回復するのであろうとは予想が着いた。では、お泊りと転送とは。



「宿泊と転送について聞きたいんだけど」


「しょーがねーなー!新人ルーキーもはけてきた所だから説明してやるとすっか!いいか?お泊りは現実リアルでは感じる事の出来ない極楽の眠りを体験出来るサービスだ!雲に寝ているかと錯覚する程の極上のマットレスに、天女の羽衣のような掛布団!あまりの気持ちよさに極楽に行く事の無いようにな!」



 声の大きな店主は、自分の発言が余程面白かったのか、がははは!と大きな笑い声をあげた。



「あー宿泊は今は必要ないかな。転送についてもいいかな?」


「転送ってのは文字どおり転送だ!瞬時にして目的の場所まであんたを届ける事が出来る!もちろん、第一階層の中でならな!」



 早くも大事な情報に出逢える事が出来た。転送を使えば狩場と王都内との移動が格段に楽に、早くなる。



「モンスターを狩れる場所まで、転送出来る?」


「あったりめーよー!だけどよ、転送の事も知らないってなると、ほんっっっとのほんっっとの初心者なんだな!」


「そうだよ。さっきアリストラに着いたばかりなんだ」


「かー!初日のログインがこの時間って事は観光目的か!?」


「いや、只の寝坊だよ。もちろん、この世界で強くなりたいって思ってる」


「強くなりたいのに寝坊かい!しょうもないな!ったく!ほれ、鍵!」



 店主は鍵束の中から一つの鍵を抜き、カナトに手渡した。鍵には豪華とは言わないまでも、素朴で主張し過ぎない装飾が施されていた。



「この鍵は?」


「203号室だ!行きたい場所を頭ん中で考えながら椅子に座ってみな!一瞬で行けるからよ!」



 椅子に座っただけで移動出来る。まさに夢のような移動方法である。便利な物にはそれなりの対価がいるのは当然であった。



「鍵を貰っておいてなんだけど、あいにくzゼンの持ち合わせが無いんだよ」


「バカ野郎!新人ルーキーがそんな事気にすんじゃねぇ!新人ルーキーを卒業したらきちんと清算するからよ!それまではつけといてやるよ!」



 声が大きいだけではなく、懐も深い店主であった。カナトは店主の好意を有り難く受け取る事にした。



「助かるよ。ありがとう」


「いいんだよ!さぁほら行ったいった!」



 声の大きな店主は陽気な笑顔で、カナトに二階へ行くように促した。


 203号室に着き、鍵穴に鍵を差し込む。鍵が開く耳障りの良い音が廊下に静かに鳴った。部屋の中はシンプルな造りになっていた。ベッドが一つと1人掛け用の椅子が一脚、窓際に揺れる白いカーテン、それ以外の余計な物は無かった。


 極楽と称されるベッドに横になりたい気持ちもあったが、早くモンスターと対峙したいという気持ちが勝った。

 


新人ルーキー用のモンスターを狩れる狩場に連れて行ってくれ)



 そう思いながら椅子に座ろうとした。臀部が椅子に着くと感覚的に感じた瞬間に、視界から見える景色が変わった。


 遂1秒程前。どこでも宿屋の203号室内の椅子に座ろうとしていた。が、今臀部は地面にひろがる草原を感じていた。



 草原に尻餅をついた形となったカナトの視界に飛び込んできたのは、モンスターと戦闘を行っている新人ルーキー達の姿であった。

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