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オウ

 


 999999999





 運命の大箱(フォーチュンボックス)に9が揃っていた。


 ナナはあまりの出来事に放心状態になり、カナトは興奮する気持ちを必死に抑えていた。


 突然、運命の大箱(フォーチュンボックス)が光り輝いた。あまりの眩しさに、目も開けていられない程だった。カナトは思わず右手で視界を閉じた。


 数秒程で光が消えるのを感じ、カナトは目を開いた。



「...なんだこれは」



 カナトの目の前に紫色に輝く光球が漂っていた。それはソフトボール程の大きさで、優しげで、どこか恐ろしさを感じさせる程の美しさだった。


 カナトは無意識に右手を伸ばしていた。


 “触れたい”


 どこからともなく、そんな感情が湧き出していた。


 カナトの指が光球に触れる。光球はあるべく場所に帰るかのように、カナトの指先から体内に入り込んだ。


 カナトの体の血管1本1本に、光球の存在を感じられた。それは暖かく、カナトの体を内側から包んでいるようであった。



「...これでステータスに補正がかかったって事?」


「...」



 ナナは答えない。答えないというよりは答えられなかった。まだ運命の大箱(フォーチュンボックス)のリールを見つめて放心状態だったからだ。


 とりあえず自分で確認すれば良い。カナトはメニュー画面を開き、ステータスの項目を表示した。


 しかし、そこには全てのステータスが“1”と表示されているだけであった。



「...リールが揃ったらステータスに補正がかかるんじゃなかった?」



 ナナを問いただす。ナナはまだ口をあんぐり開けてリールを見つめるばかりだった。



「...ナナ!」



 耳もとで大きめの声で呼んだ。ナナも流石に気づいたようだった。



「...カナト...」


「やっと正気に戻ったか。あのさ、せっかく数字が揃ったっていうのにステータスに補正なんかかかって無いんだけど」


「カナト...凄いよ!凄い事だよこれは!こんな事...まさか私が見られるなんて!!!」


「お、落ち着けよ」


「落ち着ける訳ないでしょ!カナト分かってる!?カナトはステータスなんかよりも、もっと凄い力を手に入れたんだよ!!」



 ナナの異常な興奮度で、今起きている事の重大さが理解出来る。それよりも-



「ステータスよりも凄い力って何?」


「全てのリールを揃えた者にだけ与えられる王の力(オリジナルスキル)。worldという世界で唯一無二の力、それをカナトは手に入れたの!!」


王の力(オリジナルスキル)...」


「そう!カナトだけが操る事が出来るスキル、それが王の力(オリジナルスキル)!凄いよ!強運過ぎる!」



 こんな事があるのか。一体どれ程の確率なのだろう。初めてworldにログインした時にだけ使う事の出来る運命の大箱(フォーチュンボックス)。その1度だけのチャンスをカナトは掴んだのだった。


 ナナは興奮冷めやらぬ様子でメニュー画面を開き、ヘルプ欄を熱心に見つめている。しばらくスクロールして何か探していたが、ふいにヘルプ欄を操る指が止まった。



「まさか私が担当する人の中から王が生まれるとは思わなくて不勉強だったんだけど、今見つけたよ!カナトが得たのは“9”の王の力(オリジナルスキル)。カナトは...髑垂こうべだれの王!って事みたい!」


髑垂こうべだれの王...ってなんか不吉だな。オリジナルスキルって言うならもっとこう炎の王とか雷の王とかじゃないの?」


「もー!王の力(オリジナルスキル)を得る事の稀少性と重要性が全く分かってない!いい?この国だけじゃなく、全世界にいるworldプレイヤー8億人の中からカナトは選ばれたんだよ?それだけで本当に凄い事なんだから!!」



 確かに凄い事だった。MMOにおいて、他者と差別化を図りたいと思うのがプレイヤーの心情であった。実際にカナトがMMOをしていた時も、弓でなく短剣で戦う近接ハンターや、攻撃を避けるのではなく受けるVITアサシン等、他者と違う強さを見出そうとした事もあった。


 それがまさか、こんな形で手に入る事になるとは全く予期していなかった。



「ねぇ、カナト」



 ようやく興奮が落ち着いてきたのか、ナナが諭すように話し始めた。



「カナトは、どんな王様になりたい?」



 ナナの瞳には強さと真剣さが宿っていた。カナトの返答を待っている。


 考えるまでも無かった。カナトの中で答えは決まっていた。



「優しい王様かな。誰かを守れるような、ね」



 カナトの答えを聞き、ナナは優しい瞳で微笑んだ。



「...良かったよ。カナトみたいな人に王の力(オリジナルスキル)が与えられて」


「まぁでもステータスは1だから、誰かを守るのは当分先になるけどね」


「そうだね。王の力(オリジナルスキル)にばっか頼るような人にはならないでね!ちゃんと腕を磨くんだぞー♪」



 ナナは嬉しそうに茶化した。短い時間ではあったが、カナトの人柄を知るには充分だったからだ。


 しかしこの部屋では別れは必然であった。ナナは一瞬寂しそうな横顔を見せるも、すぐに笑顔を作って話し始めた。



「じゃあカナト。始まりの門から旅立つ時が来たね」



 ナナがメニュー画面を操作した。ポンッという音と共に運命の大箱(フォーチュンボックス)が消え、代わりに高さが3メートル程もある木で出来た立派な門がそびえ立っていた。



「ナナ、色々とありがとう」


「うん...最初はどうなるかと思ったけどね♪」


「ナナがいなかったら、この世界の事何も分からないままだったよ。本当にありがとう」


「...うん...ねぇカナト」


「ん?」


「NPCの私に優しくしてくれてありがとうね。本当に嬉しかったよ」


「優しくって...別に普通に接してただけだよ」


「...やっぱりカナトは優しいね」


「?」


「なんでもない!さ、カナト!始まりの門をくぐったら王都アリストラに転移するからね!変な人に騙されないようにね!落ちてる物食べちゃダメだよ!」


「分かってるよ」



 女心は難しい。ナナとのやり取りを通してカナトが1番に感じた事だった。


 始まりの門が重厚な音を発しながら開いた。青白い光がカーテンのように流れており、先は見えない。


 カナトは門に向けて歩いた。ナナとの距離が開く。門を通る前に、ナナの方へ振り返る。ナナは隠す事なく、寂しそうな表情でカナトを見ていた。



「ナナ!」



 ナナの寂しさを吹き飛ばせるように、大きな声で言った。



「行ってくる!」



 カナトの言葉を受け、ナナの顔が明るくなった。多分もう会えない。が、カナトもナナも、いつかまた会う事が出来るのではないかと心が感じていた。



「うん♪行ってらっしゃい!」



 ナナの返事を背中で受け、カナトは始まりの門へと足を進めた。青白い光に全身が包まれた。

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