君が紡ぐ鈴の音を聞きながら1
「それで、これからは倉科って呼べばいいの?それとも藤代だっけ?」
裕貴とタリーズで久しぶりに会っておしゃべりしている。
結局のところ、裕貴からの交際の申し出は受ける事にしたものの咲花は彼女と言うものが何をすれば良いのかわからずとりあえず裕貴任せという感じだった。
「どっちでもいいよ。お父さんもどっちでもいいって言ってるし、それに裕貴はどっちにしろ名前でしか呼ばないじゃん」
「それもそうだな、それにしてももうお父さんって呼んでんだな?」
「ううん。それも呼ばないでもいいよって言われてるし。気を使い過ぎなんだよあの人。」
「でも仕方ないんじゃねーか?突然再婚してお父さんって呼べって言いづらいだろうしな」
「うん。そうだよね…私は構わないのに」
「じゃあタイミングみて言ってやれよ。喜ぶぜ、絶対」
「うん。」
裕貴の笑った顔を見ながら、咲花は私はこの人を好きなんだなと実感した。
智樹が一緒に住みだしたのはつい先日の事だった。茉奈の退院まで仕事の引き継ぎがあると一旦戻って二人の婚姻関係の書類を提出したりこの一週間は凄く忙しかった。
智樹の荷物はダンボール二個の着替えだけで、着いた初日に母がリクエストしたオムライスを作るのに智樹は奮闘し、茉奈が食べる姿を見ながらニコニコしている。
どうかした?と尋ねると
「いや、お母さんの笑顔を見ていると俺は本当にこの人が好きなんだなと感じるんだよ」
と恥ずかしげなセリフを言ったものだから茉奈と咲花は二人して頬を染めならぎこちない笑顔を浮かべてしまった。
裕貴の笑顔を見ると胸がジンジンして、苦しくなる。自分の中で何か小さなものが燃えている様な気分になってくる。
きっと私はこの人が好き。もっと好きになりたいなと思ってくる。
「それで、お袋さん達これからどうすんだ?一年間。」
「え?あーーお母さんの調子がいいからしばらくは旅行にちょくちょく行くみたい」
「へ〜そしたら咲花一人になんのか?」
「うん、そうなんだよ、平日出かけて週末は家で過ごすって」
「寂しくなったら…ほら、いつでも呼べよ…」
妙に裕貴の顔が赤い…
「ちょっと、なんか変な事想像したでしょ!」
「ば…バカちげーよ、俺はだな、そのなんだ」
「ふふっ別に良いよ…裕貴となら…」
「え?もう一回言って」
「もうっ言わない。あっそうだ。あのね、お父さんが今度裕貴を連れて来なさいって…」
「え?ウソ?」
「ホントだよ。言いたい事があるからって…」
「え…じゃあ今度の土曜日とか…」
「うん。伝えとくね。」
しばらく話して、裕貴が送ってくれ咲花は家路に着いた。
玄関を開けると、ダイニングで二人が携帯端末でアルバムを見ながら談笑しながら寄り添っている。
「ただいま。」
「咲花、おかえりなさい。今日ね晩ごはんエミュールに行きたいんだけど大丈夫?」
「うん。別にいいけど」
エミュールは母とよく行っていた近所の個人経営のレストランなのだが…
「あそこの料理美味しいって話になってね。ともに食べさせたくて」
「そう言って、お母さんが食べたいんでしょう?」
「あっバレちゃった」
そう言って茉奈が微笑む。
茉奈はいつも遅くまで働いていたから平日にこんなに接するのは久しぶりだった。
「智樹さんの料理食べたかったなぁ」
と咲花はわざとらしく言って見た。
智樹は嬉しそうに
「ホント?じゃあ明日は頑張って夕食作ろうかな」
「やったー」と茉奈の方が先に口走った。
三人の笑い声が部屋にこだまする…
この時間がもっと続けばいいな…
しかしそうならないのはわかっているから咲花は苦しかった…
手術は成功したものの延命処置に過ぎず、茉奈の余命はほぼ2年目無いと言われた。
茉奈は退院を希望し家族で過ごす事を選択した。たとえ命を縮めようと智樹と咲花と過ごす事を選択したのである。
咲花は一度夜中に智樹が一人で泣いているのを見てしまった。
この人もわかってるんだ…と思いながらなるだけ茉奈の前では笑顔でいようと決めた。
秋が訪れを告げようとしていた。夏の暑さは残るものの今年は残暑が厳しくないという予報だった。
咲花はただただ一日がゆっくりと流れてくれたら良いなと願った。




