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結婚記念日

作者: 春花

昔の作品に手を加えました。ファンタジー要素は一切ありませんので、気軽にお読みください。

 目の前に座る男のことで、俺は呆れかえった。

 喫茶店で俺にだけ注文させ、自分は水だけで居座っている所に呆れているのではない。そんなことはいつものことで、コーヒーを淹れるマスターの冷たい視線も慣れたものだ。

 それよりなにより、男の痛々しい姿。頭と腕に包帯が巻かれ、手には引っかき傷。この惨状の経緯を聞いて、俺は呆れかえったのだ。

 とは言え、俺だってこいつの親友だ。待ち合わせの喫茶店に杖をついてこの姿で現れた時は、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるほど驚いたし、心配もした。

 言い難そうにしていた男を説得し、話を聞いた。だが、話を聞いた限りではこいつに落ち度は全くなかったように思えたのだが……。

 とにかく、男から聞いた経緯を話そう。全ては昨日、男の「結婚記念日」で起こったことだった。


 まず、すぐに思いつくであろう、男が「結婚記念日」を忘れて妻とケンカをした。というのは否定しておけなければならない。この男はケチであるがマメな男だ。今までこういう記念日的なことを忘れたことはないし、お祝いのプレゼントも欠かさない。

 だから当日も、ちゃんと妻と一緒に「結婚記念日」を祝ったそうだ。

 そして、怪我は事故でなくちゃんと妻によるものだ……「ちゃんと」と言うのもおかしな話だが。これらを念頭に入れて話を聞いてもらいたい。


 男は妻と一緒に雰囲気の良いイタリアンレストランに赴いた。そこは高級レストランではないが、味は一級品で店員の心配りも上々。知る人ぞ知る地元密着型の名店。しかも、二人の思い出の店だ。

 服装もうるさく言わない店で老若男女に喜ばれる。男はノータイではあるがスーツで、妻もキッチリと着飾っていた。気心が知れた仲でありながら、場に合わせたコーディネートに俺は感心した。

 そして運ばれてくるコースメニュー。談笑しながらの食事。今さら多少マナーがあやふやでも二人は気にせず、食事の美味しさに大満足だった。

 最後のデザートは予約した時に男が頼んだのか、店のサービスなのか、結婚記念日を祝うホールケーキが登場した。

 切り分けられたケーキを食べ終わってから、男は用意していたプレゼントを妻に差し出して一言。

「いつもありがとう」

 そして、店内でケンカが始まった。


 訳が分からなかった。普段より豪華で完璧で奮発したな~と感心し、落ち度などはないように思える。

 が、しかし、現実に事は起こっている。店内ではさすがに暴れなかったらしいが、帰ってからはもう……ご覧の有り様だ。

 俺はてっきり、最後に愛人でも登場してきて一波乱あるのかと思ったが、それも無かった。

 すると、考えられるとしたらプレゼントに問題があった。これに尽きるだろう。

 俺は次に、どんなプレゼントを贈ったのかを聞いた。


 それは結婚記念日の三か月前、男が妻と一緒に買い物に出た話だった。この時点で俺はかなり驚いた。よくそんな前のことを覚えているものだなっと。俺は昨夜のご飯ですらおぼろげなのに。

 特に目的がある買い物ではなく、散歩の延長線でぶらつきながら入った大型デパート。そこで妻は、服とか化粧品など色々と見て回っていた。

 そして立ち寄った宝石店。数ある指輪の中で、妻は一つの銀の指輪に目を止めた。「華美なものではないのに、何故だか目を引くものだった」とは、男の談である。しかし、やはりそれなりに値がはるもので、気軽に買えるものではなかった。

 だが、男はそのことをしっかりと覚えた。

 後日男は一人でその店に来店し、それをこっそりと購入。結婚記念日に合わせてプレゼントをした。ということだった。


 何の問題も無い。男のこういうちょっとしたことも覚えているマメな所が、昔から女にモテる理由なんだと気づかされたぐらいだ。

 もしやプレゼントが使い回しだったり、他の女に渡したのと同じものだったりしたのではと疑ったが、そういうことも無さそうだ。

 ということは、やはり原因は女だと俺はひそかに確信した。

 俺が思うに、真実はおそらくこんな所だろう。

 宝石店で買った指輪は二つあったのだ。それを男は隠していたが、ひょんなことから妻が見つけてしまう。それで妻は、すぐに結婚記念日のプレゼントと察して気づかないフリをしていた。

 そして当日。二つのプレゼントをもらえる。もしくはお揃いのものを渡されると思っていた妻は、一つしか渡されなかったプレゼントで別の女の影を察知。見事ケンカに発展したわけだ。

 うん、無理のない見事な予想だ。本当に仕方ない男だな。

 そう結論付けて、武士の情けでオチを聞かずに俺が頷いていたら、

「言っとくが、別に浮気がばれたとか指輪のサイズやイニシャルが他の女のものだったとかじゃないぞ」

 思わず「え!」と声が突いて出た。

 どうして見透かされたのかと不思議そうにしていたら、「したり顔で頷いている様子がムカついたんだよ」とかって言われた。

「それにおまえ、ずっと勘違いしてるけど俺は浮気なんてしたことないからな」

 という男の寝言は置いといて、こいつにまで表情が読まれるんだ。俺は絶対に浮気が出来ないなと、この時確信した。

 そうなってくると後は……「いつもありがとう」? この言葉ぐらいか。

 しかし、この無難な一言に怒る人っているか?

「もしかしておまえの奥さんって、家事とかやらない人?」

 それなら嫌味な一言として怒るってこともありそうだけど。

「しっかりやってくれるよ。大体にして、おまえが遊びに来た時にご飯を出してくれるのがあいつだろ」

「そうだよな~」

 思い返しても男の妻がぐうたらのイメージはない。

「! あ、会計! もしかしておまえ、それだけお膳立てしておいて、会計を奥さん持ちにした訳じゃないだろうな?」

「そんなことするわけないだろ。大本の財布は一緒なんだから、家族で会計を押し付け合ってどうするんだよ。そういうことは、おまえと飯を食う時にわざとらしく財布を忘れるって」

「絶対やるなよ。立て替えないからな」

 立て替えた所で今生中に返ってくるとも思えないし。

 しかし、これでもうお手上げだ。後は理不尽なヒステリーぐらいしかないが、それもさすがにないだろうと思いたい、この歳で。

 結局俺は、そこで白旗を上げてオチを聞いた。


 で、呆れかえっていた俺の元に、注文していたショートケーキがきたので食べ始める。

 スポンジの柔らかさ、クリームの甘さでほどよく口の中が馴染んだ所で、コーヒーを一口飲む。コーヒーの苦みがマイルドになり、口の中の甘さも消える。そうやって食べていき、好物のイチゴを最後まで残していたら、

「いい歳したじいさんが三時のおやつにケーキで、そういう食い方するなよ」

 男が俺の食べ方に文句をつけてきた。

「好きなものを最後に残しておくのは当然だろ。それに縁側で渋茶より、カフェでケーキセットを食べるじいさんの方がカッコイイだろ」

「じいさんになってまでカッコよさを求めてるんじゃねえよ」

 こいつにだけは言われたくない。

 必要もないのにファッションで杖を持っている所や、実際に必要なのかと疑いたくなる包帯姿で、今も若い店員の女の子に「その怪我大丈夫ですか?」とか聞かれている。俺が思うに、あの怪我は絶対に大したことがない。転んでもタタでは起きないジジイだ。

「よくもまあ、今まで奥さんがおまえと離婚しなかったって感心するよ。それなのにおまえ、金婚式で銀の指輪渡すか、普通」

「誤魔化せると思ったんだよ。気に入っていたみたいだし、結婚五十周年に気づいてないかな~って」

 結婚五十周年だから、いつもより豪華にレストランで食事をしたくせに。ジジイでマナーがおぼろげでも、あの店なら恥をかかないからな。

「気づいているに決まっているだろ。三か月前に宝石店行って、指輪見てたんだろ? 金の指輪も見てたんだろ? 明らかにせっついているだろ」

「見てたけどさ~。俺視点では、間違いなく銀の指輪の方に集中していたんだよ。大体にして金っていうのはさ、けばくてうるさいんだよ。銀ぐらい質素な方が、あいつには似合うと思うな」

「ケチっただけだろ」

 マメにプレゼントするくせに、出来るだけ安くすませようとする所がこいつの悪い癖だ。

 まったく……ホントに呆れる。

 こいつ、今度はダイヤモンド婚式に金の指輪をプレゼントするんじゃねえか?

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