甘夏唯のセカイ1
「頼むよ、甘夏!どうか水泳部だけに専念してもらえないか?」
水泳部の顧問の葦原先生に懇願される俺、中等部2年3組甘夏唯、美術部兼水泳部所属。
「…先生。俺、美術部を辞める気はありません…。」
もともと、水泳部は週3だけの約束で入部したのに…。今じゃ、美術部には月に2,3回しか出られなくなってしまった…。どうしてこうなった…。
「お前に絵の才能があることは、わかっているが…。だが、水泳だってお前の実力なら全国いや、世界だって狙える!」
「…とにかく、明日は美術部の方にでるんで休みます。作品展の締切やばいんで…。失礼します。」
俺は、海辺の小さな町で生まれた。幼いころから遊び場は海で、物心つくころには、泳げるようになっていた。小学生にあがった年にスイミングスクールに入れられ、本格的に水泳をやるようになったが、俺は泳ぐことは嫌いじゃなかったが、好きでもなかった。ただ、大会で優勝すると親にポ●モンのゲームソフトを買ってもらえたから、俺はポ●モンのために水泳をしていたようなものだった…。我ながら、動機が不純すぎる…。
小3の時に親の仕事の都合で、群馬に引っ越してきて…。塩素と紫外線にやられた茶髪と無愛想な顔と、小学生とは思えない高身長のせいでクラスメイトから怖がられ孤立…。誰も俺に関わろうとしなかった…。1人を除いて。
「おはよう。唯、今日も無愛想だね!そんなんじゃ友達できないよ?ほら、私みたいに可愛い笑顔で!笑ってごらんよ!ほら、スマイル、スマイル!じゃあ、唯が笑えるように、超おもしろい話してあげるね、今日学校来る途中でね、大きな黒い猫がね…」
藤林もも…。席替えして隣の席になったとたん、毎日、毎日、こんな調子でひたすら話し続ける…。なんなんだこいつは…。話題がつきることがないのか…!?うっとうしくもあったが、俺のことを怖がらずに接してくれたのは、正直、嬉しかった…。
藤林は、絵を描くのが上手で図工の時間はみんなのヒーローだった。藤林より絵が上手い小学生は日本には、いないんじゃないかというくらいだった。本人もそう言ってたし…。俺が絵を描くことが好きになったのは、藤林のせいだ…。ある日の図工の授業で、『自分の好きなもの』の絵を描いた時だった。
「…何だよ、藤林?俺の絵をガン見すんなよ…!」
「…すごい。」
「は?」
「すごい…!唯、絵上手だね…。そうか、唯は海が好きなんだね…。色がとっても素敵…。どうやってこんな綺麗な青色作ったの…?すごいなぁ…。」
俺は、今まで水泳以外で誰かに褒められたことはなかった…。俺の絵を見る藤林の瞳は、きらきら輝いていて…。すごく綺麗で…。
「私、唯の絵、気に入った!大好きっ!」
だ、だだだだ大好きっ!?…落ち着け、甘夏唯。藤林は、俺の『絵』が大好きだと言ったんだ!俺の『絵』だ!!俺じゃない…!…俺じゃない。
俺は、藤林の…あの俺の絵を見た時のきらきらした瞳が好きで…また、あの顔が見たくて…。今でも絵を描き続けている…。だから、水泳よりも絵を描くことの方が好きなんだ…。




