桜田來夢のセカイ1
午後。演劇部の部室にやって来た私と賀東先生。
「琳華ちゃん、賀東先生!ようこそ、我が演劇部へ!」
私たちを迎えてくれたのはキノコみたいなショートボブの茶髪に、好奇心旺盛な輝く瞳、ほっぺのそばかすが愛らしいこの女の子は、高等部2年、演劇部部長の桜田來夢ちゃん。
「ごきげんよう、来夢ちゃん。」
「来夢さん、部活お疲れ様です。」
来夢ちゃんが私と賀東先生をキラキラした瞳で見つめる?
「お二人とも、今日もお美しい…!!あああ…!お二人を主人公にした演劇を作りたいー!!」
私と賀東先生…?
「美しい男と女には悲劇が似合うものでしょう!?」
「…そうなんですか?」
「そうですよ、賀東先生!…賀東先生は亡国の王子で、失われた自らの国を取り戻すために、3年の歳月を経て敵国に戦線布告するのです!…しかし、敵国の姫君は昔、愛を誓い合った女性で…その名は琳華姫!」
来夢ちゃんは、完全に自分の創作のセカイに浸ってしまっているみたい…。
「琳華さん。来夢さんは、いつもこんな調子なんですか…?」
「はい…。」
「お二人とも、是非、我が演劇部に入りませんか?」
「「お断りします。」」
「ええー。お二人とも、演劇部に入部しに来たんじゃないんですかー?」
「そんなわけないでしょう…!さっき、中庭で演劇部の子が演技の練習をしているのを見かけたんですが…。来夢さん、僕は君の書いた脚本が…学生にしては内容が過激だと思うんですが…。」
「ああ!あれは、ですね…。最近、昼ドラにハマってまして…。ほら、夏休みに入ったからお昼もテレビが見れるじゃないですか!」
「來夢ちゃんって、その時好きなものの影響を受けやすいのよね…。」
「まあ、あれは練習用なので、秋の学生演劇発表会は別の作品で参加するんですよ!」
「それも、昼メロみたいな内容なんですか…?」
「いいえ!我が演劇部の演目は…童話の定番!『シンデレラ』です!!…あれ?お二人とも、反応が薄いですね…?」
「へえ…。案外、普通ですね。ねえ、琳華さん。」
「ええ…。もっと、すごいのがでてくると思いました。」
それに、失礼だけど…シンデレラって、幼稚園とか小学生向けの演劇じゃないのかしら?
「ただの、シンデレラじゃありませんよ!…なにせ、この私が脚本を書いているんですからねっ!」
「たしかに…。来夢さんの脚本じゃ、夢と希望溢れる童話のシンデレラも…ドロドロのグチャグチャの愛憎劇になりそうですね…。」
「賀東先生、安心してください。ちゃんとハッピーエンドですよ!」
「来夢ちゃん。そういえば、他の部員さんは?」
「今、別室で衣装の試着をしてもらってるの!昨日、やっと衣装が完成したんだ!」
「衣装って、演劇で使う衣装ですか?」
「はい!シンデレラの衣装です。裁縫部の部員さんに協力してもたらった力作です!」
その時、部室のドアが開いた…!
「桜田、この衣装…ちょっと、派手すぎないか?」
入って来たのは…。
王子様…!?
だって…ファンタジーの映画にでてくる王子様みたいな綺麗な衣装に、輝く金髪に青い瞳のこのイケメンさんは…どっからどう見ても王子様なんですもの!!
「あれ?どうして、琳華会長と賀東先生がいるんですか?」
この声は…!
「もしかして…弥生君!?」
「そうだけど?…ああ、この髪はウィッグで瞳はカラコンだよ!」
苺谷弥生君は、私と同じ高等部2年の男の子。
今は、王子様の格好だけど、普段は短髪の黒髪に黒い瞳の優しい顔立ちのイケメンで…。
「あら?弥生君は、たしか…テニス部じゃなかったかしら?」
「ああ、俺テニス部で演劇部の部員じゃないんだけど…。桜田に、『シンデレラ』の王子役をやってくれって頼まれたんだ…。おい、桜田。部員でもない俺なんかが…本当に王子役でいいのか?…桜田?」
來夢ちゃんは、弥生君を見て固まってしまっている…!?
「来夢さん、どうかしたんですか?」
「来夢ちゃん?」
来夢ちゃんは、弥生君に目が釘付けで、それに…。
「桜田、顔真っ赤だぞ!?どっか、具合悪いのか?」
「え?…ああ、大丈夫だよ!ごめんね、ちょっと…ぼーっとしてただけ!!だって…弥生、王子様の衣装似合いすぎるんだもん!!…やっぱり、私の目に狂いはなかったわ!王子様は弥生にしか適役はいないね!!」
「でも、俺…。こんな派手な衣装…似合わないし、恥ずかしいよ…!」
「そんなことないですよ。弥生君、本物の王子様みたいですよ!」
「いやいや、賀東先生のほうが似合いそうですよ!」
「僕がですか?」
「桜田、王子役は賀東先生にやってもらった方がいいんじゃないか?」
「僕は、学生じゃないですよ…!」
「でも、賀東先生なら実年齢を言わなければ学生でも通りそうですよ?」
「ちょっと!琳華さんまで、何言ってるんですか!?」
「あはは。冗談ですよ!」
「…だめ。」
来夢ちゃんが小声でつぶやく…。
「え?…來夢ちゃん、何か言った?」
「…だめ。」
「来夢さん?」
「王子様は弥生でなくちゃだめなの…!」
来夢ちゃんがのどから絞り出すように小さく叫ぶ…。
「桜田…。どんだけ、俺に王子役やらせたいんだよ…。」
「だって…。弥生は…!」
「俺が何なんだよ?」
「……。」
来夢ちゃんは、何かをこらえているみたいに…黙ってうつむいている…。
「来夢ちゃん…?」
もしかして…。
来夢ちゃん、弥生君のことが…。




