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日常小咄  作者: 着津
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3.アルブルモンド物語 雪の日

 布団の中でもぞもぞと動く。外気に触れている顔がぴりりと痛むくらい、空気が冷えていた。自分の温もりで暖まった楽園からまだ出たくない。うじうじと布団の中で丸まっていると、モントの声が響いた。

『ダル!明日は〈雪下ろし〉の日でしょ?一緒に行こうよ』

 ガバッ、と跳ね起きて寒さに身震いする。昨日言われたことを鮮明に思い出して飛び起きるなんて、我ながらどうかしている。あの夜以来、おれはモントの事が妙に頭から離れない。

 飛び起きてしまったのだから、覚悟を決めて服を着替えた。山の冬は寒い。油断すると風邪を飛び越していきなり凍死だ。何重にも着込んだ。

「ダル!やっときた」

 同じように何重にも服を着込んだモントが、おれの家の前で立っていた。頬や鼻が赤いのは寒さのせいだろうけど、目尻が赤いのは。きっと家の居心地が良くないんだろうな。彼女の弟はまだ目が離せない。おばさんも落ち着いていないんだろう。

「……行くか。世界樹(アルブルモンド)に」

 おれが手を差し出すと、モントは空元気だった笑顔を本物に変えて掴んだ。

 村から少し離れていて、でも子供が歩きでも疲れないところにそれはある。周囲の樹々のどれよりも背が高く、この世界のどこからでも見ることが出来る不思議な樹。それが世界樹だ。

「やっぱり、雪が乗ってると綺麗だね。神秘的」

「……そうか?」

 おれの言葉にモントがきゅ、と眉を寄せる。ついでに手も思い切り握りしめられた。少し痛いんだけど。

「むぅ。ダルは男の子だから分からないのよ」

 そう言ってふい、と顔を背けた。上を向いて、雪と一緒に差し始めた朝日に照らされる世界樹を見上げた。おれは、モントの横顔を見ていたけど、なんだかそれはそれで余り良くない気がして同じように世界樹を見上げた。

「あ。来てくれたんだ、モント、ダル」

 柔らかい羽音と一緒に声が降ってきた。いつの間に側に来ていたのか、背中と人間なら耳のある場所に、翼を持ったヤツが居た。有翼種の少年、シュネーだ。

「おはよう!シュネー、今日も良い朝ね」

 モントがまぶしいものを見るみたいにシュネーを見上げる。細められた目がまるで微笑んでいるように見えて、おれはこんな時、少し見ていたくなくなる。

「おはよう、モント、ダル」

「おはよ」

 シュネーは嫌いじゃ無いのに、どうしても口調がとがる。でもシュネーは気にしていないようだ。いつものように柔らかく微笑んだ。

「今日は〈雪下ろし〉へようこそ。楽しんでいってね」

 そう言うと、ふわりと雪の上に降りた。

「シュネーは手伝わないの?」

「うん。君たちの案内と称してサボり」

 いい笑顔のままだ。……シュネーって良い性格してるよ。

「今日は同族が張り切るからね。僕が側にいないと部外者に攻撃してしまうかもしれないから」

「攻撃って……」

「何?」

 おれらが握り合った手をお互いにきつく握りしめて聞くと、シュネーは笑顔のまま言った。

「〈雪下ろし〉って、世界樹の掃除も兼ねた有翼種(ぼくら)の雪合戦なんだ」

 言ってなかったっけ?と柔和な表情のまま言われて、おれたちは思い切り首を振った。

「言われてないっ!」

 二人同時に叫んで、シュネーが吹き出した。笑い事じゃ無い!シュネーののほほん顔を殴りたい。

「説明しろよ。おれらお前たちと違うんだからさ」

 万一死んだらどうしてくれる。おれは反射的にモントよりも前に踏み出してシュネーを見上げた。くそ、背も高い!

 シュネーはのほほん顔のままで頷いた。

「さすがに君たちを危険な目には遭わせられないものね」

 それ、今気づいたんだよな?今じゃ無いなら、どんだけ腹黒(?)なんだと突っ込みたい。


side.Mond

 なんだか最近ダルの様子が変だ。前より無口で考え込むようになった。話しかけるとちゃんと聞いて、答えてくれるけど。話が終わるとまた黙ってしまう。

 こっち向いてよ、なんてなんだか言えなくて、今日は〈雪下ろし〉に誘った。家に居たくないのもあったけど、ダルが少しでも元気になってくれたらいいな。

 世界樹に着いたら、実は雪合戦でした、と言われてびっくりだ。ダルも元気にシュネーを怒っている。前のダルに戻ったみたい。

 いつも優しく笑っているシュネーは、わたしに取っては良いお兄ちゃんだ。今も笑顔でわたしたちに雪合戦の説明をしてくれた。

「じゃぁ、行こうか」

 そういうとシュネーはわたしたちを抱えあげた。

「うわっ!ちょっと……」」

 ダルが待て、と言おうとした瞬間、シュネーは飛び上がった。いつもの事だけど、一言足りないよねぇ。わたしは舌を噛まないように口をつぐんだまま、ダルと目を合わせて心でため息を吐いた。

 雪合戦(おそうじ)は夜明けと共に始まるらしく、上の方の雪はもう落とされて居るみたい。わたしたちは地上からそんなに離れていないところで下ろされた。

「さぁ、ここでも始まるよ」

 シュネーに促されて世界樹を見る。鳥の鳴き声のような澄んだ音が響き、雪合戦が始まった。

 その光景は、きっとわたしの一生を左右するくらいの衝撃があったと思う。もしかすると、ダルさえも。有翼種は、古くに、幻想上の生物、天使に似ていることから、一部の人々に崇められたりしている。その根拠の一つに、人には扱いが難しい技術、魔術を使う事が挙げられている。彼らは息をするように魔術を扱う。

 わたしは雪玉相手に魔術を掛け、誰彼構わずぶつけ合う姿に見とれた。とても綺麗で、生き生きしている。

「あのときの星みたい」

 わたしとは関わらないところで、有翼種が生活している。わたしたちの住む、あの小さな村なんかよりも広いところで。

「ああ」

 ダルも惚けたような息を漏らした。

「いつか、外の世界に」

 山の上なんかじゃ無くて。

「行ってみたいね」

 わたしたちはお互いの手をきゅっ、と握った。

「いつか。そのいつかに、僕も連れて行ってくれる?」

 静かなシュネーの声。少し寂しそうな気がして、わたしは意気込んで答えた。

「もちろん!」

 その声はダルと重なって、シュネーが、たまらない、とばかりに笑った。

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