不良と生徒会と日常と
続くかもしれないやつ
○二人の事情 別名:檜室無双の巻
「檜室。これもよろしく」
「はぁ!?今作業終わったばっかだってのに、また追加かよ」
檜室は明るく染め上げた頭を振り上げた。
「そうだ。出来る男は辛いな」
檜室は今し方確認し終えた書類を、生徒会長の机に叩き付けるように置き、ズビシ!と高飛車な男を指さした。
「まっっっったく!欠片も!微塵も!カスほども!そんなこと思ってないだろうが!!この似非優男インテリ野郎が!」
似非優男インテリ野郎と呼ばれた少年は、分厚い本から顔を上げ、心底嫌そうに顔をしかめた。
「僕は似非優男インテリ野郎では無い。日生肇だ。そして、君よりは確実に女性から『優男』だと認識されていると自覚している。よって、君にそのように言われる筋合いは無いぞ。檜室裕也」
「屁理屈かっ!むっかつく!なんなんだ、お前は!!さっきから仕事もせずに本ばっか読みやがって。本来はお前の仕事だろう!?」
檜室はばしばしと机に置いたばかりの書類を叩き、その存在を示した。
「ああ。そうだな。だが、僕一人では難しいと判断し、君に勧誘を掛け、君は僕の出した条件に同意してここに居る。そして、僕が提示した条件の一つが、生徒会で僕の仕事を手伝うことだ」
「…ぅぐ!」
反論しようとして失敗し、檜室は喉の奥で潰れた声を出した。実際に客観的な事実は目の前のいけ好かない男の言うとおりで、誰にも、当事者の自分でも否定は出来ない。しかし、檜室は半分は脅されたようなもので、この事態を納得しては居なかった。
だがしかし、たった一つだけ、噛みつく糸口を見つけた檜室は、怒りを発散させるべく口を開いた。
「そんなだからお前は生徒会の他のメンバーに逃げられんだろ。そんで行き詰まって不良を半分脅して手伝わせなきゃならなくなんだ。少しは反省しやがれ!」
最後に得意げに鼻を鳴らした檜室に、日生は冷笑を返した。
「それは半分当たっているが、間違っている。僕は猫を被るのが面倒くさくなって、他のメンバーを遠ざけた。その後の穴を塞ぐために、気心の知れた誰かを入れることにしたのだが、生憎、都合良くメンバーに入ってくれそうな者が君しか居なかったんだ。最近問題を起こした、君しかな」
そう言い切ると、日生はふい、と目線を手元の書類に戻した。
「ふっざけんな!てか、俺を選んだ理由ってそれかよ!もっと他にあるだろ!?」
「うるさい、叫ぶな。幼馴染みだから、とでも言えば良かったか?それで、君は納得したか甚だ疑問だが」
何を言っても正論で言い負かされ、檜室はギリッと歯を食いしばった。
檜室と日生はいわゆる幼馴染ではある。ただし、それはお互いに不本意な腐れ縁でもあった。そもそもが氷と炎の様に対極的な二人であるから、顔を合わせるたびに喧嘩(言い合い)が絶えなかった。
ある時は
「おい!しょうぶしろ!」
「何でですか?」
「え?え、あー…」
「決めてから来てください」
「なんだよ、その言い方!」…と続き、
ある時は
「今日はかけっこだ!」
「…僕は車で迎えが来るのですが」
「え!?何それ羨ま…、じゃなくて!今日くらい歩けばいいだろう!?」
「無理です。運転手にも予定というものがあるので」
「う…。いや、へーきだろ別に!」…と続く。
と言った切っ掛けで、主に檜室が暴走して言い合いになるのだった。
(なんか全部、俺が原因じゃ…?)
結局仕事を終わらせてからの帰り道。家へ向かいながら、檜室は過去を思い出し首を傾げた。次に会ったらどう言い負かそうか考えた末に出てきたのは過去の突っ走った自分である。過去を掘り返すことは墓穴を掘ることらしい。
檜室は日生を扱下ろそうにも下せなくて歯軋りをした。彼の歯の健康が心配である。当然面相も極悪なものになっていて、無表情に近いものには見惚れていた通りすがりの女子高生は、その変化を目の当たりにして肩を震わせた。バッグに付けられた猫の縫い包みも大げさに揺さぶられ、少々眉をしかめたかに見えた。
そのまま女子高生とすれ違った檜室の前に影が差した。
「…これが本当にあのヒムロなのか?ちっちぇえな……」
小柄な檜室よりかなり大きな体格のいかにもな男子高生が、夕日を背に立ちふさがった瞬間のことである。彼は自分で自分に爆弾を投下した。そう、本来の目的以前に思わず漏らした一言のせいで。
「誰が…」
「あ?」
「チビだって?」
「いや、ちっちぇ…」
「おんなじだろが、このくそぼけがぁ!」
低い位置の右ストレート直前までの苛立ち含み、が男子高生の下腹に突き刺さった。文字通りの突きである。小柄であるがゆえに拳もまた小さく、天性の体のばねと喧嘩に対するセンスが直前の日生に対する集中力で見事に合わさり、ダメ押しの檜室への禁句のおかげで、檜室の拳は業務用のアルミ缶を狭い範囲だが貫通させる威力を持っていた。それが突き刺さった男子高生は一溜りもない。吹き飛ばすのではなく内側にダメージを与えられて、何を考える暇もなく崩れ落ちた。
「あ…」
檜室は自分の拳と、下腹を抑えて崩れ落ちている大柄な不良を見比べて、
「…まぁ、いいや」
不良をよけてまた歩き出した。
日生は車窓を流れる景色を見つめながら、過去の衝撃的な出来事を思い出していた。日常の生活場所が大人だらけだった日生は、小学生になり、子供だらけの空間で浮いていた。大人との社交をそつなくこなしてしまう上に親の影響力のせいか、教師も日生の現状に何もできていなかった。寂しさや不満はあまり感じていなかったが、不便なことはあった。子供との関係を作れないがゆえに軽いいじめはよくあったし、ペアを組む授業では常に相手がいなかった。教師に無理やり組まされた相手とでは、うまくいくわけもない。
そんな日常が数年たったある日、出席番号順で組まされた檜室と出会った。そのころから檜室はバカだった。第一声が、
「お前、女なの?」
だったのだから。
「は?」
うまく返事ができなかったのも初めてだった。
「違いますけど」
「うーん、だよなぁ」
何が言いたいのか。さっぱりわからなかった。
「前のクラスでともだちが、お前は女だから関わるなって、関わったら縁切るって言われたんだ。でもお前、男だよなぁ」
「当り前じゃないですか。馬鹿ですか?」
さすがに女だのと言われて腹が立った。そして人生初の八つ当たりもしてしまった。
この後、バカ呼ばわりに怒った檜室が、途中から最初の理由も忘れて、高校生になった今でも何かと突っかかってくるようになった。
これを切っ掛けに雰囲気が柔らかくなったせいか、中学卒業までずっと同じクラスだった。席替えをしてもいつも席が近くて、学校側が何かしているのではとも思ったがそこからは偶然の様だった。檜室は全く気付いていないようで、腐れ縁だ、と唸っているが。
(感謝はしているんだ。どんな理由であれ、僕に飽きずに話しかけてくる馬鹿は檜室しか居なかったから)
それは不器用だったあの頃も、少しは器用になって猫をかぶるようになってからも。檜室は変わらなかった。
だから少しは助けたかった。退学に匹敵するほどの事件を起こしたあいつが、どんな理由で起こしたのかを調べて。やっぱりあいつらしいと思いながら。
校長に突き付けた条件を反芻する。これから一年間、檜室が生徒会全体の雑用を一人でこなし、つつがなく一年が終われば退学は無しにする。そこに私情を挟んで、性が合わない生徒会役員を追い出したのは日生の完全な我儘ではあるが。
日生は自分の正直な気持ちに従って口角を持ち上げた。