煌めく離宮の輪舞曲
第四回小説祭り参加作品
テーマ:魔法
※参加作品一覧は後書きにあります
世界が覇権をめぐり争っていたのは既に昔の話である。
世界のどこにも安住の地は無いと言われ、いつ終わるとも知れない戦争の続く日々に人々は恐々としていた。
そんな混沌とした時代は百年も続いたが、唐突に終わりを迎える事となった。後に聖王と呼ばれる一人の英雄と、その仲間達がすべての戦いに終止符を打ったのである。
聖王の世界平定までの道程は、自らの生まれた村が戦禍を被った事から始まった。
聖王の村では領地を治めていた貴族が逃げ出し、国への援助要請をする事ができなくなっていた。その結果として待っていたのは、後に『セイアス村の悲劇』として語られる無抵抗のままに行われた略奪と虐殺である。
『セイアス村の悲劇』はとても凄惨な事件だった。老若男女問わず全ての村人が殺され、残ったのは燃え落ちた家屋の残骸と焼野原だけだったのである。運が良かったのか悪かったのか、聖王と五人の友だけが狩りへと出ていて生き残ることとなった。このような襲撃は当時、珍しい事ではなかった。
自らの村でこのような襲撃を経験することになった聖王は深く絶望し、共に生き残った五人の友を見て立ち上がった。
「もう、こんな思いはしたくない。他の誰かにさせてもいけない。こんな世界は俺が終わらせてやる」
聖王と五人の友は互いに手を取り、もうすぐ百年にもなろうと言う戦争の終結を目指して立ち上がった。この決起ついて、人々の中には『襲撃される前に聖王が立ち上がっていれば』などと言う人もいる。
一方で、『セイアス村の悲劇』前に聖王が立ち上がっていれば聖王の世界平定はなかったであろうとも言われている。
聖王は何も残らないセイアス村の中心で、五人の友と新たに『セントアース国』の建国を宣言した。この時の聖王の友は後に聖衛五師と呼ばれ、世界の平定へと大いに貢献することとなる。
最初は何もない彼等の建国を認める国などただ一つとしてなく、相手にもされていない状態だった。しかし、建国宣言後の聖王の運命は目まぐるしく動き出す。
聖王達はまず村を失った人々を始め、野盗、山賊を問わず巧みな交渉で次々と優秀な仲間を増やしていったのである。野盗や盗賊を仲間にすることに難を示した人々もいたが、見境なく仲間を増やしたわけではなかった。本当の仲間になれる者だけを仲間に加え、仲間になる事を拒否したり、後々に脅威になりそうな者は全て捕縛した。
そうして、仲間が増えた事や野盗、山賊等の世の中に悪人として見られている人たちを次々と蹴散らす聖王達の活躍により、『セントアース国』は徐々に世間に認められるようになっていった。それに危機感を覚えた貴族から制圧軍を差し向けられる事もあったが、聖王達は地の利を生かした戦略や個々の能力を最大限に利用した戦いで次々と返り討ちにしていった。
数々の功績や仲間の充実により聖王達の足元が固まると、いよいよ国家へと攻め上がった。
最初に攻め上がったのはセイアス村を見捨てたマルドア王国だった。
マルドア王国は属国を何か国か持つ大きな国であり、世界でも有数の経済国でもあった。その為、セントアース軍が勝利することはないと見られていた。
事実、セントアース軍はマルドア王国よりも圧倒的に小規模であり、マルドア王国に対して小さな奇襲戦を何度も繰り返す事しかできなかった。
しかし、セントアース軍はマルドア王国を崩壊させる事に成功する。
マルドア王国は一人の王を中心として、王族と貴族の為に作られたような国だった。重い税は国民を苦しめ、貴族は遊んで暮らしていた。そのような国が百年戦争を生き残っていられたのは、属国を金で動かしていたに過ぎなかったからである。
そこに、セントアース軍と言う小さな蟻が内側から直接噛み付いた。
マルドア王国の貴族達は、小さな蟻程度は自分達で簡単に踏みつぶせると考えた。それが間違いとも知らずに。
何度も繰り返される小規模な奇襲戦はマルドア国王と貴族にストレスを与え続け、自滅への一歩を進めさせた。
国の中枢は苛立ち、毎度毎度後手になってしまう自国軍に痺れを切らした。そして、貴族達は国軍上層部から軍の指揮権を取り上げたのである。まともに戦争に参加をしていない貴族が国軍の指揮権を握っても、マルドア王国軍をまともに動かせるはずがない。その結果、マルドア王国軍はただの烏合の衆と化した。
聖王はこれを好機と捉え、マルドア王国を一気に攻め上がった。また、同時に潜ませていた斥候を動かし、マルドア王国における最重要人物達を捕縛する作戦を実行した。
聖王達のこの作戦は見事に成功し、セントアース軍はマルドア国王とマルドア三賢者の捕縛に成功する。セントアース軍の奇跡的勝利の瞬間だった。
その後マルドア王国は完全に崩壊し、マルドア王国の全領地はセントアース国の領地となった。
マルドア王国民からの反乱も懸念されたが、もともと重い税に苦しめられていた国民達である。セントアース国の建国と聖王の戴冠に反対する者は一部の貴族を除いていなかった。
こうして大きな領地と確固たる国の基盤を得たセントアース国はさらに動きを加速させた。
マルドア王国の属国だった国々は聖衛五師の活躍により無血併合に成功。その後、各大国が所持している植民地や属国を次々とセントアース国の傘下へと加えて行った。セントアース国は見る見るうちに巨大化し、対立できる国が無くなった。一方で周囲の国々からは自滅をするだろうと考えられていた。
大きくなり過ぎた力は必ず自らを滅ぼすものだからである。しかし、このような懸念も聖王と聖衛五師は跳ね除けた。
ありとあらゆる手段を用いて各国民との仲を調和し、戦争そのものに敵意を向けさせたのである。
そうして巨大な力を見事に操り、聖王率いるセントアース国は全ての戦争を終わらせ、平定する事に成功したのである。また、この活躍が全世界の民に認められ、セントアース国は感謝と畏怖の念を込めて『グランアース聖国』と呼ばれるようになった。さらに、それまではただの『セントアース国王』だった聖王が世界中から『聖王』と呼び慕われる事となり、これが聖王誕生の瞬間となった。
聖王の平定後の世界はそれまでに例を見ないほどに生き生きとした人々で溢れ返ることとなる。国家間の諍いが無くなった事で、人々は圧迫や恐怖から解放されたからだが、人々が生き生きとしている一番大きな要因は違う所にある。
戦争には勝者が居れば必ず敗者もいる。しかし、この戦いには『グランアース聖国』と言う勝者はいるが、敗者は極僅かしかいなかった。その敗者も皆一様に悪名を連ねる者ばかりだった。
世界平定後も聖王は休むことなく世界中の復興支援に飛び回っていた。聖王はセントアース国が関係していなかった戦争の復興も積極的に行っていたのである。
この活躍はグランアース聖国の地位をより強固な物とし、グランアース聖国に離宮が寄贈されることとなった。
グランアース聖国の離宮として建てられた宮殿はとても荘厳で、建造から数百年を経た今でもその威厳は変わらない。
そんな離宮に一人の老齢の女性がいた。女性は真っ黒なドレスに真っ白なエプロンを身に纏っており、ドレスとエプロンの一部には金の糸で花の刺繍が入っている。この服装はグランアース聖国では最高位の侍女である事を示している。
「メイリィ。本日も大切なお客様がお見えになります。お部屋の準備はしっかりお願いしますね」
老齢の女性がそう言うと、メイリィと呼ばれた少女が元気良く返事をした。メイリィはすぐにいくつも並んだ扉の一つを開けて部屋へと入って行った。
老齢の女性はその様子を満足げに眺めると、パタパタと近づいてくる足音に気が付いた。
「ソフィン。廊下を走ってはいけませんよ」
「あっ、申し訳ございません!」
ソフィンは老齢の女性から注意を受けるとすぐに立ち止まり、謝った。
「ところで何かあったのですか?」
老齢の女性はソフィンの様子から何かがあったのだろうと思い、話を促した。
「あ、えと、その――!」
「落ち着きなさいね? ほら、深呼吸して。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー」
女性はソフィンの肩に手を置くと、ゆっくり深呼吸をさせて落ち着かせた。
「すー、はー……。大変失礼致しました。アベリア様。これから聖王様がいらっしゃると急な連絡が入りまして……」
「あらあら、それは大変ね……ではソフィン。全使用人の班長と侍女の各グループ長を私の執務室に集めなさい」
「わかりました。失礼致します」
老齢の女性、アベリアはすぐに執務室へと向かった。
アベリアが執務室へ到着すると、間もなく使用人の班長と侍女のグループ長が揃った。
「何名かは既に耳にしているかと思いますが、聖王様がいらっしゃるそうです。ここの離宮で働いているのは一流の使用人ばかりですから。普段通り、自信を持ってお迎えいたしましょう。何か確認事項等があればお願いします」
「アベリア様。本日いらっしゃる予定のヴィダーユ伯爵は予定通りにいらっしゃいますでしょうか?」
老齢の男性がアベリアに確認をした。
「ヴィダーユ伯爵も予定通りにいらっしゃいます。聖王様もヴィダーユ伯爵も普段お目にかかる事はございませんが、普段通りしっかりとお勤め致しましょう」
「かしこまりました」
アベリアは各々仕事へ向かう使用人達の背中を頼もしく思い、微笑んでいた。
それから数時間後、ヴィダーユ伯爵が予定時間通りに到着した。
「お待ちしておりました。ケイリッヒ・ヴィダーユ様」
「あなたがアベリアか。話には聞いているよ、大変すばらしい侍女だってね」
「一介の侍女の立場としては身に余る光栄です。ありがとうございます」
「この国に四人しかいない最高位の侍女……グランキーパー。その中でも特に優秀で事実上世界一の侍女と言われているからね。一時とは言え伯爵位なのにお世話していただけるこちらの方が光栄だよ」
ケイリッヒはアベリアにそう言うと、何点か頼みごとを言いつけて貸出し用の執務室へと向かっていった。
「メイリィはいますか?」
「はい、何か御用でしょうか? アベリア様」
アベリアがメイリィを呼ぶと、すぐにメイリィがアベリアの元へやってきた。
「こちらのメモを厨房へ、こちらは執事長へ渡してくださいね」
「わかりました!」
メイリィはメモを受け取ると軽く一例をして厨房へと向かっていった。
メイリィが見えなくなるとアベリアは手帳を開いて一通りの指示出しが終わった事を確認した。
「これで一通り大丈夫ね」
アベリアは日の光に輝く庭園を眺めながら執務室へと向うのであった。
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アベリアが働いているグランアース聖国の離宮は『誓いの宮殿』と呼ばれている。
世界中で百年以上も続いた戦争を反省し、二度と誤った道へと歩まないようにと世界中の人々が誓いを込めて建てた事。まるで神が住む城のような神々しさが溢れている事。それらの事が別名の由来と言われている。
そんな離宮の全管理権限を持っているのが現在、グランキーパーであるアベリアでる。その仕事は離宮の管理者と言う名に相応しい程に多岐に渡り、仕事量も常人の域を超えていた。
「さて、これが王宮からの手紙ね?」
アベリアは執務室の自分の席へと置かれた王宮からの手紙を手にしていた。とても質素な封筒で送られてきたそれは、おおよそ王宮から届いた手紙には思えない程である。
しかし、それは間違いなく王宮からの手紙だとアベリアは確信していた。
差出人の名前はトリトアとなっており、これは聖王がアベリアに向けて手紙を出す際の秘密の名前だからである。
聖王がこの名前でアベリアに手紙を送るのは必ず大きな事が起こる前触れであった。
「はぁ……ライオットったら、面倒な事をしてくれるわね……」
アベリアは手紙の内容を読んで軽く頭痛を覚えた。
そこには、グランアース聖国への反乱が企てられているらしいとの内容が書かれていた。また、アベリアには反乱分子の確定と捕縛をグランアース聖国聖王、ライオットの名の下に命じていた。
どうやら現聖王であるライオットは誓いの宮殿にて舞踏会の開催を企てているらしく、そこで反乱分子の特定と捕縛をしてしまいたいと考えているらしい。
「そんなに上手く行く訳がないじゃないの……」
アベリアは溜め息と共に本音を零しつつ、聖王の命に従って思考を巡らすのであった。
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「聖王様、いかがなされたのですか!?」
聖王が訪れる事を知らなかったケイリッヒが驚きつつライオットを迎えた。
「ヴィダーユ伯とは久しく会っていなかったからな。気分転換を兼ねた小旅行に来たのだよ」
ライオットはにこやかだが威厳たっぷりな雰囲気を保ちつつ言った。
――嘘ばっかり……。
アベリアは表情一つ変えずにそう思った。
ヴィダーユ家は元々マルドア王国の上位貴族だったが、マルドア国が滅んでセントアース国になった事によって領地が減った貴族である。また、ケイリッヒは野心家でもあり、周囲の貴族達を纏め上げて積極的に収益を増やしている。
それらの事もあって容疑者の枠から外す事ができないケイリッヒをライオットも疑っていた。
「そうでしたか! 大変光栄にございます。本日はせっかくこちらの離宮をお借りすることができたのでささやかながら会食を開こうと思っておりました。聖王様も是非ご参加ください」
誓いの宮殿は申請をする事で借りることができるようになっている。それは初代聖王が決めたことだった。完成当時、初代聖王は『こんなに立派な宮殿を誰も使わずに残しておくのは勿体無い』と言って一般にも開放する事を決めた。
もちろん一般に公開することで罠を仕掛けられる危険性等も危惧されが、その問題は聖衛五師の一人だったユレイアが解決した。
ユレイアは聖衛五師の中でも特に『教育』と『人を視る』事に長けた人物だった。ユレイアはまず専門の養成機関を作り、そこで離宮を預かる事になる使用人達を徹底的に教育したのであった。
この養成機関は後に『天使の館』と呼ばれ、身分を問わず優秀且つ信頼のできる人物を育成した。天使の館は現在でも使用人達の憧れの機関となり、育成希望者は後を断たない。
「ほう、では私も参加させていただこう」
その後もライオットとケイリッヒは話を続け、アベリア達使用人は日々行っている仕事を着々とこなしていった。忙しい時間はあっと言う間に過ぎ、いよいよケイリッヒの晩餐会が始まった。
やはりケイリッヒは伯爵位という事もあり、晩餐会への参加者は上位の貴族が多数だった。アベリアはこの機会も逃さず貴族達の話に神経を尖らせていた。
結果としてはほとんどの貴族は反乱には関係のない人物であろうとアベリアは考えた。しかし、何人かの貴族が普通は気がつかない程自然にサインのやり取りとも取れそうな行動をとっていたのを確認していた。
晩餐会も無事に終わり、アベリアが怪しいと考えた人物を執務室でリストアップしていると唐突に扉を叩く音が聞こえた。
「やぁ、アベリア。元気かい?」
訪ねて来た人物はライオットだった。
「聖王様、如何なさいましたか?」
アベリアは笑顔を浮かべてライオットを迎えた。
「あぁ、ちょっとな。……その前にその笑っていない笑顔を仕舞ってくれないか?」
「そうですか……それでは、どうしたの? ライオット」
アベリアはすぐに表情を消すとライオットの話を促した。
「アベリア、誰か怪しい人物は見つかりましたか?」
「何人かが結託しているのは間違いなさそうね。まだ解読中だけど今疑わしい貴族が使っていたサインらしき物について調べてるわ」
「そうですか……ケイリッヒは?」
「彼はおそらく白ね」
「では今回の晩餐会は利用されていた……と?」
「そうね、怪しかったのは……」
アベリアはサインらしき物を送りあっていた貴族のリストをライオットに見せつつ話した。
内容は、今回怪しかった貴族は男爵位ばかりで、おそらく首謀者はここには来ていなかったであろう事。また、怪しいやり取りは主に社交界での積極的な交流が見られない貴族同士で行われていた事。アベリアはこれらの参考になりそうな情報を整理してライオットへ伝えた。
「なるほど……今はわからない事ばかりですね」
「そうね……サインの解読にも時間はかかりそうよ」
「わかりました。では引き続き調査をお願いします」
そう言うとライオットは寝室へと戻っていった。
翌日、ケイリッヒは大変満足した様子で帰宅していった。
その後もアベリア含む誓いの宮殿の使用人は貴族が訪れては会食を開くいつも通りの日々を送っていた。そんな日々が幾日も過ぎて行き、いよいよ聖王が舞踏会を開く日がやってきた。
アベリアはいつも通り指示を終えて執務室へと戻ると、すぐに扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
「アベリア。今日はよろしく頼むよ」
訪れてきたのはアベリアの予想通りの人物、現聖王のライオットだった。
「本日も真心込めて仕えさせていただきます」
アベリアは周囲の人の気配を探りつつ笑顔を装った。
「大丈夫です。今はこの近くに誰もいませんよ。ところで……アベリアからの手紙を読みましたが本当に今日掴まえられるのですか?」
「大丈夫よ。反乱分子のサインの解読は終わってる。首謀者もほぼ間違いないわ」
アベリアはケイリッヒの晩餐会後に離宮で行われた様々な貴族の交流を全てチェックしていた。そこからわかったのは本日開かれる予定の舞踏会で聖王を捕らえ、グランアース聖国の聖王の座を奪おうと企てていた事である。
それらのサインから綿密に計画がなされている事が窺えた。
しかし、彼らは普通ならば分かるはずのない自然なサインが見破られ、計画が全て漏れている事を知らない。
既に勝敗は決しているような物であった。
「さすがアベリアですね……僕には絶対できない事をやってのける……」
ライオットは少し情けない表情を浮かべて頭を掻いた。
「これが私の仕事だからね……それにしても、いつの世も人は変わらない物ね……」
「そうですね……悲劇の時代も遠い過去として扱われて……今では現実感を感じていない人も増えているのでしょう」
ライオットは自分が見た訳ではない時代の事をよく理解している。それは代々聖王を継ぐ者としての義務だからである。悲劇を知る事で聖王としての器が広がり、悲劇を起こさぬ様に努める事ができるとされたのであった。
「では、僕はそろそろ戻ります」
「えぇ、後はこちらに任せなさい」
ライオットは深々と礼をすると退室して行った。
それから数刻後、いよいよ舞踏会が始まった。
「今宵は我の舞踏会へようこそ。存分に楽しんでもらいたいと思う」
ライオットが挨拶の言葉を述べるとゆっくりと優雅な演奏が始まった。その演奏を合図に踊り始める者、食事へと手を伸ばす者、交友を深める者、様々な人々が思い思いに行動を始めた。
同時にアベリアも計画の為の行動へと出た。
アベリアはこの舞踏会で信頼できる騎士出身の貴族を特定の場所に配置させていた。各自担当するべき場所へ着いている事を確認しながら会場を見て周り、首謀者と思われる貴族とライオットの中間の位置でさりげなく仕事をこなしていた。
舞踏会の間、ライオットの下には多くの貴族が挨拶へとやって来た。
ライオットがその全てに対応をしていると、やがて反乱分子の何名かが集団でライオットへと歩を進めたのが窺えた。
時を同じくして首謀者と思われるゲイライト侯爵がその場から動き出した。その際、アベリアはゲイライト侯爵の胸の辺りに不自然な膨らみを認めた。
――あの形は銃……ね。
アベリアは密かに呆れていた。
反乱軍の計画は確かに綿密に練られている。お互いの役割や不測の事態への対処、考えるべき事の大半は考えられ、実行されようとしていた。しかし、アベリアが呆れたのは反乱を考えた事ではない。
呆れていたのは反乱分子の計画があまりにも幼稚だった事である。
あまりにも幼稚な計画が実行されようとしている事は対処する身としては助かる。反乱計画が起こらないに越した事はないが、人が人である限り絶対出てくる物である。そうであるならば対処が容易である事に越した物はない。
「サブリット様。お待ちください」
アベリアはサブリット・ゲイライト侯爵を呼び止めた。
「アベリアか、どうしたのかな?」
サブリットは笑顔を浮かべて振り返った。その表情は一見すると社交界を生き抜くためには完璧に見えるが、かすかに苛立っている事が窺えた。
――平和な時代しか知らないせいか……こう言う事態ではまだまだ子供ね。
アベリアは密かにサブリットを会場から連れ出した。
「さて、サブリット様。どうしましょうか?」
「どうとは……何のことかな?」
「反乱……企ててなさいますね?」
「ほう……何を根拠に?」
当然、サブリットは認めるはずがない。
この世界では正式な手順を踏まえない反乱を企てると間違いなく居場所を失う。聖王の地位を無理やりにでも奪う事に成功すると地位に守られたであろう。しかし、まだ地位を奪うことには成功していない。このまま認めてしまえば全てを失うのである。
アベリアに目をつけられた時点で手遅れではあるが。
「その胸に仕舞われている金属……出していただけますね?」
「金属……? 何の事だか……な!」
サブリットは一度アベリアへと背を向け、振り返ると同時に銃を抜き出した。白金色に金色の装飾の施されたそれは元々使うためではなく鑑賞する為の物なのだろう。
しかし、その殺傷能力は本物である。
「やっぱり銃でしたか……でもそれで何をするつもりですか?」
アベリアは真っ直ぐにサブリットを睨んだ。
既に年老いているとは言え世界一の称号を持つアベリアである。サブリット程度であれば簡単に捕縛できる。
「これがあればいくら世界一とは言え……私には勝てないだろう?」
くだらない。
そんな考えがアベリアの中で強くなる。器以上の事をしようとする人の視野は狭くなる物である。アベリアとの力量を把握できていないサブリットは大きな誤算をしたまま自らの全てを犠牲にして撃ち出してしまった。
「世界平定の法第二九条、自らを律する事ができると認められた騎士以外の武器の使用を禁ずる」
「……運がよかったな。次は本当に死ぬぞ」
次の瞬間、アベリアはサブリットの目の前まで移動していた。サブリットはいつどうやってアベリアが移動をしたのかわからなかった。
「貴様っ! いつの間に!?」
サブリットはこの至近距離であれば外す事はないだろうと引き金を引いた。しかし、弾が射出された時には銃口は空を向いていた。
「銃は簡単に人の命を奪えますが、とても扱いが難しいものだと知りなさい!」
アベリアはサブリットの顎目掛けて掌底を放ち、衝撃で意識が飛びかけたサブリットの胸を掴んだ。その直後、空中で一回転したサブリットは地面へと叩き付けられた。
「いつの時代にもあなたの様な人っているのよね……」
サブリットは強く叩き付けられた衝撃で気を失っていた。アベリアはすぐに離宮付きの騎士を呼び出し、サブリットを連れて行かせた。
舞踏会場はサブリットが発砲した銃の音で騒然としていたが、予め準備していた花火を打ち上げさせる事で落ち着かせることに成功した。
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「アベリア、今日で終わりなんだね?」
あの事件から数年後、ライオットは無事に聖王を勤めていた。
世界も平和なまま過ぎ去って行き、アベリアはグランキーパーを退職する日がやってきた。
「えぇ、次のグランキーパーも無事育ったからね。もう『アベリア』は必要ないでしょ?」
アベリアは聳え立つ『誓いの宮殿』を見上げた。
「ユレイアが次にグランキーパーになるのは僕の子供の時代かな……?」
「そうね、もうすぐ時の魔力が動くわ。後の手配はお願いね」
ユレイアはアベリアとしての最後の願いをライオットにすると、離宮の裏手へと歩き出した。
ユレイアがしばらく歩くと敷地内に小さく佇む祠へとたどり着いた。
「さて……時の法を司りし英霊よ、そなたの願いに我が身を捧げん」
ユレイアがそう唱えると祠から優しい光があふれ出し、ユレイアを包み込んだ。
光はユレイアの姿をシルエットとして浮かび上がらせていたが、次第にそのシルエットが小さな少女の物へと変わって行った。やがて柔らかな光のシルエットから花びらを飛ばすように光が剥がれ落ちると、美しい少女が出てきた。
「よし、無事に巻き戻ったわね。まずは名前をどうするかね……。ミライ……ミライアにしましょ」
簡単に自分の名前を決めると、ユレイアは慣れた足取りで誓いの宮殿の正面へと歩いていった。
「大丈夫。この世界は私がちゃんと守り続けるからね……」
それがユレイアと聖王、そして聖衛五師との誓いだった。
第四回小説祭り参加作品一覧(敬称略)
作者:靉靆
作品:煌く離宮の輪舞曲(http://ncode.syosetu.com/n4331cm/)
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