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後編

 四人の突然の客たちはリュックを置いてそれぞれくつろぎ始めた。加賀と青木はあちこちをうろちょろしている。優花ちゃんはちょこんとちゃぶ台の前に正座し、榎本に至ってはさっき片付けそびれたプラモデルを早速漁っている。

 とりあえず誰も押入れにはまだ興味を示していないので良しとしよう。消臭スプレーばんざい。


「白夜クン、この部屋一人暮らしの人が住む広さに見えるよ」

「気のせいだ」


 榎本の的確な突っ込みを俺は切って捨てた。「三人家族」設定でワンルームなんて、一言で誤魔化せるレベルの不自然さじゃないけど、キニシナイ。


「しっかし今日あっちーよなー。アイスとかねぇの?」

「ねーよ。そういうのはお前らが買って来るもんじゃないか、手ぶらども」

「オレらがそんな気ぃ利くわけねーじゃんー?」


 青木はチャラチャラと答えて冷蔵庫を開けた。我が物顔であれこれ引っ張り出しては戻し、ひとしきりやって飽きると今度は冷凍庫を開けている。


「あ、そういえばようかん持って来たの。みんなで食べようね」

「……四之宮さんの爪の垢煎じてコイツらに飲ませたい」

「えー、やだぁ」


 俺の冗談でも無い冗談に優花ちゃんがくすくす笑う。


「手伝おうか?」

「いいよいいよ、ゆっくりしててね」


 彼女の柔らかそうな手が差し出すようかんを受け取り、俺はキッチンに入ってお茶を淹れたりようかんを切り分けたりし始めた。相変わらず近くでは青木たちが自由にやっている。


「あれ。お前んちって小さい冷凍庫がもう一台あるのな」

「ホントだ。何に使うんだコレ」


 ――!?


 加賀と青木の何気ない言葉に俺は包丁を危うく取り落としそうになった。

 しまった。そういえば一般のご家庭は冷凍庫は冷蔵庫と一緒になってる奴しか無いのだったか? 地方では、山や森から狩って来た獲物の保存用に冷凍庫を多く所持している家庭も多いと聞いた気がする。


(そもそも一般のご家庭ってなんぞ? そんなモノ知らん!)


 焦燥感が胸の内に広がる。

 アレの中身は、千夜の餌のストックだ――ネズミとか蛙とかそういう感じの。俺の食材と混ざるとなんとなく菌が移りそうな気がするので分けてる。


「開けるな!」


 振り向きざまに鋭く言い放った。

 二人はぎょっとして静止した。


「ど、うしたんだよ。顔コエーよ」


 引きつった表情で加賀が言う。


「そーだぜ白夜、どんなヤバイもんが入ってるんだ?」


 青木も驚いている。

 そんなに俺は今、怖い顔をしているのだろうか。とにかく思考回路をきゅるきゅる回して打開策を探した。


「ヤバイも何も、親がラボから持って帰って来た研究が詰まってる。大腸菌に天然痘みたいな変な遺伝子混ぜる奴とかさ、下手に触ったら即死するかも」


 全て口からでまかせだ。俺の「両親」が生物学や医学の研究者って設定なので、これで問題ないはずだ。ドキュメンタリーやらニュースやらを観て得た知識を適当にミキサーにかけてみた。

 狙い通り、全員が納得した。それ以上の追及をされなかったことに俺は密かに安堵する。

 気を取り直して数分後、皆でちゃぶ台を囲ってお茶にした。優花ちゃんが持ってきた抹茶ようかんは至上の味だった。


「うんめ~。でも俺はやっぱ水ようかん派かな」

「青木君がそう言うなら、次は水ようかん持ってくるね」

「まーじでー? 優花ちゃんだいすきー。あ、でもやっぱわらびもちの方がいいかも」

「――お前は図々しいわ!」

「いてっ!」


 俺はとうとう青木の背を平手で打った。おねだりの内容だけじゃなくて、ちゃっかり「ちゃん」付けで呼んでいて許されているのが信じられない。抜け駆けしやがって、俺だって面と向かって優花ちゃんと呼びたい。

 当人は、仲良しさんだねー、と楽しそうに笑っている。


「ねえ白夜君。やっぱりご両親は参観日に来れないのかな」

「ほぼ百パーセント無理だと思う」

「そう……残念だね。会ってみたいのに」


 本気で残念そうに俯いている。俺の心臓はドッとうるさく鳴った。


「あ、会ってみて、どうするの?」

「え? わかんない……白夜君が寂しがってるからもっと帰ってきてあげてね、とか言うかな。でもやっぱり、えーと、生んでくれてありがとうって言うかな?」


 おっとりと答える、おかっぱ頭がお似合いの黒髪美少女。こんな台詞、狙って出てくるものか。


「ふ、ふへ」


 嬉しさのあまりに俺は奇声を出していた。


(不意打ちは卑怯ですよお嬢さん。なんてことを言うんだキミは! もう今死んでもいいや!)


 友達三人衆をチラ見すると、奴らは揃って目を三日月にしてニヤついている。

 くっ、次に会った日にはお前ら、ジュースの一杯や二杯おごらせてくれ!


(…………けど、生んだ親は捨てた親でもあるし、絶対に会えやしない)


 嬉しさからの興奮が冷めた頃、俺は自分の身の上を思い出して目を伏せた。

 可能性は低いながらも、もしかしたら親は何かから逃げる途中に死んで、やむなく俺を育てられなかったのかもしれない。別れたくて別れたんじゃないかもしれない。

 結局その真実を知る日は来ないだろうし、俺の親はあくまで千夜であることに変わりはない。


「そうだ、あのね!」


 優花ちゃんがいきなり目を輝かせた。


「来月から移動遊園地が来るって、知ってた? みんなで行かない? お姉ちゃんも里子ちゃんも誘うから!」


 里子ちゃんとはやはりクラスメートのことで、クラス内女子可愛さ序列で言えば五番目にあたる。優花ちゃんの親友にしてはちょっとマセた雰囲気があって背も高いが、そんな二人だからバランスが良いのだろうか、いつも一緒だった。今週は夏風邪に落ちたらしくて自宅療養中である。そうでなければこの場に居たかもしれない。


「おお、年上女子参加だって!?」

「兄貴はバンド練習あるからともかく、姉貴辺りは好きそうだなー。もう一人引率役として誘ってみっか。優花ちゃんのおねえさんよりは年上だしぃ」

「ボクは高い乗り物は苦手だよ~。でも、美味しい物食べられるなら、いいかも」


 三人衆がちゃぶ台を叩いて色よい反応を示す。

 俺も顔を上げた。期待に顔を輝かせる優花ちゃんを早く喜ばせたくて、唇を動かす。

 けれども何も言えなかった。「楽しそう! 絶対行く!」と返事をしたいのに、喉につっかえる。

 思い出すのは、もっとずっと以前のやり取りだ。多分まだ、小学校低学年の頃。泣き喚いて、ずいぶん千夜を困らせたのを憶えている。


 ――ごめんね。私は一緒に行けないから、お友達の家族に連れて行ってもらうといい。

 ――やだっ。やーだー! おれは、せんやとゆーえんち行きたい!

 ――私は一緒には行けないよ。人目のある所には、決して行けない。

 ――リュックにつめてもってく。そしたらみられないでしょ!

 ――ふふ、気持ちは嬉しいけれど、無理だよ。今の君が背負って行くには私は重すぎるし、この身が全部入る鞄もなかなか無い。だから、白夜だけで行っておいで……。


「白夜君? どうしたの?」


 優花ちゃんが眉根を寄せて覗き込んでくるので、俺は誤魔化すように笑みを作った。


「やっぱり、俺はいいよ。みんな代わりに楽しんどいて」

「何言ってんだお前。こんな千歳一隅のチャンスを逃す気か! しっかりしろ、何が不満なんだ。そうか、お小遣いが足りないのか? だったら兄貴から借りてやるから」


 肩を掴まれ揺さぶられ、視界がしばらく揺れに揺れた。


「別に金が無いってわけじゃ……苦しいから放せって、青木」

「じゃあ何がダメだってんだ」


 俺が他に何か答えられるより先に。

 ガサリと音がした。


「な、なに今の音? 何かが落ちた、んだよね」


 榎本が押入れをこわごわと指差す。そっちを見なくても、音がした理由を俺は瞬時に察した。


(聴いてたのか……。アイツ、俺が自分の所為で遠慮してるって絶対思ってる)


 その通りなのだから仕方がない。でもきっと千夜は必要以上に気負ってしまうのだ、ああ見えて繊細だから。


「鼠が入り込んだんじゃね?」

「あ、待て!」


 慌ててかけた制止の声も空しく、加賀が席を立ち上がってしまった。俺は追い縋ろうとした。脚の長さが違うのだから追いつけない――!

 スパァン、と清々しい音を立てて押入れが開かれる。俺は手を伸ばした体勢で硬直した。

 数秒の沈黙。

 ややって、陰の中から千夜が頭を出した。

 赤と黒の長大な爬虫類の登場により、パニックが広がった。俺は必死に宥めにかかる。


「うわあああ! 蛇! でっけー蛇! なんつー化けモンが入り込んでんだよ! えーと、頭の形で毒あるかどうかわかるんだったっけ!?」

「落ち着けって! ソイツは無毒だから!」

「110番、あれこの場合は119番!? ていうかワシントン条約だよね、白夜クン……!?」

紅斑蛇ホンバンシェは別に絶滅危惧種じゃないし! ワシントン関係ない!」

「青木、ホーキくれ、箒! いっそ蠅叩きでも!」

「鼠じゃねーんだから! それだけはヤーメーロー!」


 蛇に相対した時に取るべき行動を、奴らは次々と間違えて行った。大声で騒ぎ立て、大振りな動きをしている。相手が野性の蛇ではないので問題にならないはずだが、いくら知性が発達していても千夜だって紅斑蛇だ、身の危険を感じれば強烈に臭い分泌液を噴出するし、噛み付いたりもする。

 本気なのかからかってるのかはわからないが、紅斑蛇は威嚇するように顎を大きく開いた。

 久々に見るこれは、流石に背筋がゾッとする。俺は加賀の肩を掴んでいた手を反射的に緩めた。


「加賀! 箒あったぜ!」


 だが不穏な台詞に再び目を瞠った。

 青木は箒を両手に構えて飛び出している。加賀に渡さずに、自分から攻撃をする気だ!


「千夜!」


 俺は考えずにただ跳んだ。養父を背に庇うように陣取った直後、箒が目前に迫った。


「うあっ」


 衝撃音を塗り潰す激痛が右肩に走った。全身が麻痺したような錯覚に陥り、俺はたたらを踏んだ。かなり痛いし目が潤むが、倒れないよう我慢した。

 また、沈黙が訪れた。今回の緊張感と気まずさは前回の比ではない。


「えーと……」


 言葉が続かない。何を言えばいいのかわからない。

 一躍、俺は押入れに飼っている蛇を捨て身で庇う変人となり、青木ときたら(不可抗力とはいえ)同級生を道具で殴る乱暴者になっている。加賀と榎本は図体のデカさとは無関係に、恐怖に青褪めて抱き合っている。

 さて、俺は急に無性に優花ちゃんの抱いている感想が気になってきた。


「ま、まあ、落ち着こうか」


 加賀たちは三人とも無言で頷き、同意を表した。


(うあー、痛い、千夜、痛い)


 俺が身代わりになって怪我したことで不機嫌になったらしい蛇が、さっきから背中に甘噛みしてくる。いや、この痛さはもう甘噛みと呼べない域に達していた。きっとシャツに穴が空く。


「そっかぁ」


 そしてやたらとふわふわした女の子の声が、沈黙を破った。ゆっくり歩み寄る美少女に、俺は遠慮がちに声をかける。


「四之宮さん?」

「白夜君ってたまに休み時間にも爬虫類図鑑読んでるよね。好きなんだね」

「え……ああ、うん、好きと言えば好きだけど……」


 優花ちゃんは臆さず俺の正面に立った。頭が、顔が、近い。


「触ってもいい?」

「え、えーと。いい、んじゃないか、な」


 千夜は甘噛みを止めて大人しくなっている。滑らかな鱗が連なる背中を、少女の細い指がすうっと撫でていく。そうか、卒倒はしないのか……。


「な、なあ白夜、その蛇は……」

「俺の家族だ。傷付けるのは絶対許さない」

「それならそうと最初から言えよー、水くさい奴だなー」

「悪かったよ」

「でも、ねえ、やっぱり白夜君って、一人暮らししてるの?」

「…………え」


 問いかける優花ちゃんの双眸は大真面目だった。

 俺は考えを巡らせる。何か皆を納得させられそうな説明は無いか。

 忙しくて全然帰って来ない親が俺が寂しくならないようにと買い与えたのがこの蛇で、ついでに早くしっかりした大人になって欲しいからと一人暮らしをさせられている――なんてどうだ。言い訳がましいか? じゃあなんで愛玩動物が普通に猫か犬じゃないんだよと突っ込まれるだろうか?

 他にもいくつか考えてみたけど、ダメだ。何も妙案が浮かばない。疲れているのだろうか。

 俺を取り囲む同級生たちの瞳には心配が映し出されていたが、俺はその先にある結果を知っている。それは子供の力ではどうにもできない領域だ。本格的に調査されたらボロが出る。


(嫌だ嫌だ、児童養護施設に入れられたくない。今の生活を捨てるなんて、知らない人に囲まれて生活するなんて、絶対に嫌だ)


 でも何より、千夜と離れるのだけは考えられない。

 途方に暮れて、俺はついに頼ることにした。昔から落ち込みやすくて気性が穏やかなくせに、いざと困ったら絶対になんとかしてくれる、唯一無二のヤツを。


「千夜、たすけて」

「いいよ」


 返事は意外にもあっさりとしていた。脳に響く声の振動は、部屋中に響いた。


『君たちはおかしな夢を見ていたんだ』


「今、蛇が喋っ――」


 榎本が言い終わることは無かった。

 千夜が妖術を用いて意識の歪みを作ったからだ。

 そして四人を内に残し、俺たち親子は歪みの外に踏み出した。



*



「ごめん」


 とっくにみんなが帰った後のことだ。どっぷりと夜も更けて、近くの河原を二人きりで散歩する時間まで待って、俺は誠心誠意を込めて謝罪した。


「どうして謝るんだい」


 千夜の返事は穏やかだ。

 壊れた電灯が多く、手入れの行き届いていなくて草が長いこの辺りなら、蛇でも心おきなく地を這うことができる。こうして夜中に出歩くのは俺たちの日課だった。


「だってさ……俺の親は千夜だけなのに、あんないい加減な嘘並べ立てて、ちゃんと紹介もしてやれないで……」


 心底悔しかった。いつか誰かに打ち明けられる日が来るのだろうかと何度も思案して、いつも同じ結論に至る。きっと人に話すのは千夜の為にならない。秘密を共有する人間を増やすのはただのリスクだ。


「君が気にすることではないよ。私が白夜に、できるだけ人間としての一生を生きて欲しいのだからね」

「でも……妖力も残り少ないのに、四人同時洗脳なんて無茶させちゃったし。肩のアザだって」

「今こうして月の下で回復しているじゃないか。それで十分だよ。いいね、遊園地もお友達とお行き」


 蛇の妖怪は呑気に笑い声を響かせる。俺は何も言えなくなった。

 千夜の妖力が一度大幅に減ったのは、俺が幼い頃に現代医学でもどうにもならない大病を患った所為だ。治す為に自分の妖力を人間の生命力に変換してくれたのだ。

 苦しくて心細くて泣きながら目を覚ました夜、千夜の太く滑らかな身体に絡まっていれば安心できた。

 昔受けた恩を負い目に感じるのは失礼だと思う。助けを求めたことを後悔するのも間違っている。千夜が十分だと言うのなら、十分なのだ。


「む。この煙草臭さは、アイツか」


 珍しく侮蔑を込めた口調で千夜が言った。するとあら不思議、ちょうど壊れていない数少ない電灯の下へ、黒スーツを着た長身痩躯の東洋人が現れた。黒髪をワックスで後ろに撫でつけている所為か、広い額と角ばった頬骨がかなり目立つ。生気に乏しくてキョンシーみたいな人だ。


「お久しぶりです、白夜君。何やら一段と疲れた様子ですね。やはり腐れ蛇の所為ですか?」

ユェンさん」


 年齢不詳のこの大層怪しげな男は、何を隠そう千夜の旧い知り合いだ。台湾に住んでいる生物学者で、実家が道士(道教の妖怪退治屋みたいな商売なのかな)の家系だと聞いている。かつて千夜を捕獲しようとした過去を乗り越え、今は研究の一環として血液や脱皮殻を金で買い取る関係になっている。

 つまり俺の生活費はこの人から出ているようなものだ。戸籍上でも父親役になっているし、「両親」の学者設定の元ネタでもある。

 まあ、戸籍に関してはちゃんと調査されればボロが出るだろうけど。そもそも、元さんが戸籍に使った名前が本名だとは思えない。


「今日は何の用で? また千夜から採取?」

「いいえ。学会の為にちょうど日本に来ていたら、君の授業参観日が近いと風のうわさで聞きまして。もし必要でしたら『父親』として出席しましょうか」

「あ! その話か。そうだった、実は……」


 俺は屈んで千夜を腕から肩へと載せ、元々話すのを渋っていた内容をかいつまんで伝えた。千夜は一通り聞き終えると、嫌そうに元さんに向き直った。


「そういう事情なら仕方ないね、こんな気味悪い屍みたいな男でも父親役なのだから」

「いいよ、俺。別に誰も来なくても」

「そうかい? 参観日に保護者が来ないと先生が心配するだろう」

「そんなん、なんとかあしらっとくよ」


 自信満々に答える俺に、元さんが胡散臭い笑みで言う。


「日本は家庭訪問の風習が濃いと聞きましたけれど。そちらはどう乗り切るおつもりで?」


 俺はカッと目を見開いた。


「うっぎゃあああああ! 言うな! せっかく忘れてたのに!」

「ククク、その時にまたお会いできそうですね。そこの蛇も、先生に術をかけてフォローをする程度の働きはなさい」

「貴様なんかに言われなくとも、私は白夜の為なら何枚でも肌(皮)を脱いで見せるよ」

「その際は、脱いだ肌は捨てずにこちらに売り渡して下さいね……」


 そうして現れたのと同じくらいに颯爽と元さんは闇に還った。


(何度会ってもよくわからん人だな)


 残された俺たちは静寂の中を歩く。蛍が度々道先を照らしていて幻想的だった。

 いつもの散歩コースの折り返し地点まで突き進み、そこで俺は歩を休めた。

 淡い半月を高く掲げた、よく晴れ渡った夜だ。

 初夏の蒸し暑さは気にならない。千夜の鱗に触れていればひんやりとして気持ちいいからである。俺たちは空を見上げたまま十五分は黙り込んだ。

 月の姿がぼやけては冴え渡り、またぼやける。これも蒸し暑さの影響だろうか。


「なあ、千夜」

「うん」

「お前は老後の世話とかあんまし必要ないかもしんないけど」

「うん? そうだね、老いると言うよりはある時ふいにくたばる方が現実的かもしれない」

「そういう話じゃなくて! 俺は、人間の普通の人生を送れたらいいけど、ダメだったとしても、やっぱり千夜とずっと一緒の方が良い」

「おやおや、嬉しいことを言うね。心配しなくてもずっと一緒に決まっている。愛しているよ、我が息子」

「……その台詞は、ちょっと俺には無理」


 むしろ「だいすき」さえも言えない年頃だ。コイツの素直さが眩しい。

 徐々に照れ臭くなって、俺は踵を返した。緩やかに帰路を辿り始める。


「ふふ、いつか愛しい女子おなごに囁いておやり。君が嫁を娶るのも、孫が生まれるのも、楽しみだね」

「気、が、は、や、す、ぎ」

「そうかな? 先程遊びに来た女子は、元気が無いのを理由にわざわざ会いに来るくらい、白夜が好きなのだろう? 私にもさわれたし、良い子じゃないか」

「や、やめろ、そういうのは! そりゃ、ゆ、優花ちゃんは可愛いけど! ていうか、小学生でいくら惚れたハレた言っててもムダなんだろ!」

「そんなことはないよ? むしろ昔は幼馴染にこそ最も深いロマンスが育まれるものでね。戦争で一度は別れたりして――」

「何十何百年前の話だよ!? お前こそたまには伴侶探せよ!」

「う~ん、私は突然変異みたいなものだからね。ちょうどいい相手はなかなかみつからないなぁ……」


 そんな調子で俺たちは、帰り着くまでにもずっと他愛も無い会話を交わし続けた。

 徹夜してしまいそうな勢いで盛り上がった。






 俺の親は――学校の行事に参加したことが無い。外で仕事をしたことが無い。俺を遊園地に連れて行ってくれたことも無い。


 それでも俺は、自分の家族に満足してる。


 千夜という大妖怪は何も持たないちっぽけな俺でも何度も命を救ってくれた恩師だ。




 そして何より、二人で眺める月が好きだから。

 きっと俺たちは、死に別れるその日まで共に在り続けるだろう。




(了)







余談ですが、今回は一人称で小学生キャラばっかり出した所為で丁寧語キャラの割合が少なかったですね。

元さんが出てからなんか妙に落ち着きました。


このお話は中学生編、高校生編、などと続いても面白いかもしれませんね。

いつかガチムチになって蛇を詰めた巨大なリュックを背負って世界を旅する青年白夜君とか(何事


とはいえ書く予定がないので人物紹介だけ出して完結ってことにします。


お付き合いくださってありがとうございました!

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