魔力
「こほんっ。その仮説というのが――この世界の魔力の強さは本来の素質だけではなく、想いが密接に関係しているのではないかということです」
「思い? よくわからないな」
「そうでしょうね。わかりやすく説明しますと。生まれ持った魔力を数値に変換して、魔力が100ある人がいたとしましょう。この人は100の威力がある魔法が使えるわけです。本当は総魔力と魔力の違いがあるのですが、それはここでは触れないでおきます。話を戻しますね、想い――言い換えるなら、心の強さによって100の威力が上下されるわけです」
心が魔力の源か……どこぞで聞いたことがある設定だが、少し疑問がある。
「想いが魔力の増幅器になっているのか? 心が強ければ100の魔力が120にも150にもなると」
学園長が掌に拳を打ち下ろし、少し驚いた顔でこちらを見ている。
「おー、そうですね。もっとも増えるだけではなく減りもするのですが。心が強ければ本来の魔力以上の威力が出せ、心が弱ければ威力は落ちる。120の力を引き出せる者もいれば50ぐらいの力しか出せない者もいるわけです」
なるほど。あれ、そうなると……。
「じゃあ、気が強いものほど力が上がる?」
「それが間違いではないのですよ。汚生魔人に会われたようですが、汚生魔人の性格をどう思いましたか?」
「気が強くて人を見下し、情緒不安定」
常に上から目線で話していたからな。ちょっと感情の揺れが激し過ぎて、若干引いたけど。
「汚生魔人はだいたいが気が強く自信過剰です。でも、それが人よりも強い理由の一つなのです。魔力の資質でいえば、確かに人間よりも汚生魔人の方がはるかに上です。ですが、人間が束になっても抗えないほどの差は本来ないのですよ。あの自信過剰な性格が魔力を増幅させているのです」
「……なら、人側も自信持てばいいのでは? この理屈がわかっているなら対処方法はあるんじゃないか。それを国民に公表して精神を鍛える訓練や、心理カウンセリングをしてみるとか」
表情豊かだった学園長の顔から感情が消えた。そして、大きくため息をつき、背もたれ付きの椅子を回転させ、窓の外を眺めている。
「それが困ったことに、この魔力の仕組みを理解した者は――創魔を行使できなくなってしまうのです。本当に困ったものですね、はっはっはっはっはっ」
乾いた笑いが室内に響く。背を向けているので表情はわからない。
「じゃあ、あんたは魔力を失ったのか……」
「いえ、それは少し違います。魔力は残っているのですが、魔法を操れなくなるのですよ。創魔の才能がない者と同様になってしまいます。どういう理屈なのかは、未だ核心にはたどり着いていませんので仮説なのですが。心が魔力に左右すると理解することにより、無意識のうちに心で魔力が制御できなくなるようです。まあ、仮説をどう立てたところで戻らなかったのですが。そこで、私は魔法が使えなくなったのなら、もうこれ以上悪化することは無いだろうと開き直り、魔法を創魔と名を変えさせ、更に研究を続けました」
この国で一番の魔法使いだった者が、ある日、突然力を失うというのはどのような気持ちなのだろうか。理解どころか想像すらできない絶望感だったことだろう。
「まあ、我が学園では授業内容に心を鍛える内容も含まれていますよ。露骨にやり過ぎると感づかれる可能性もあるので、さじ加減が難しいのですが」
魔力が想いに関係すると気づかれずに、精神を鍛える内容を自然に取り入れる。簡単なようで難しそうだな。誰か一人でも生徒が気づけば、そこから一気に広まり、皆が創魔を使えなくなる。想像するだけでも恐ろしいな。
「そういった欠点がある故に、魔力に心が作用するという事実を知るものは、この国では私と勇者殿だけとなります。私以外にも気づいた者がいそうなものですが、この情報が公表された事実はありません。その情報を隠蔽している何かがいるのかもしれませんな。おっと、話が長くなりすぎましたね。どちらかというと、ここまでは前置きなのですよ。心が想いの力が魔力を変化させると言いましたよね。心は本人だけの問題ですが、実は他人からの想いの力も魔力に関わってくるのです」
「んー、つまり、他人に強いと想われたら、その人が強くなるってことか?」
またも少し驚いた表情を浮かべている。
「ええそうです。誰かに対して強く想う時、その人の魔力がほんの少し相手へと流れ込み、強くなると考えています。勇者殿は意外と頭がよろしいようで」
褒めてないよな。
「本人の心で左右される魔力の増幅に比べたら、他人の想いによる魔力の変動など微々たるものですが、それでも確実に魔力に影響を与えます。そして他人からの想いによる増幅は純粋に、その人の魔力容量に継ぎ足されます。例えば名門出身の魔法使いは周囲から、この家系なら強力な魔力を所有していると想い込まれています。それが、当人に魔力を与えるわけです。百人に強いだろうなと想われたところで、魔力が増えたかどうかもわからない程度ですけれど」
それぐらいの差なら問題はなさそうだ。が、その魔力のシステムっておかしくないか?
「ちょっと待ってくれ。人を強いと思ったぐらいで魔力が相手に移るなら、魔力が少ない人はあっという間に魔力が枯渇しないか?」
「良いところにお気づきになられました。まず、贈与する魔力は余程強い想いでない限り、魔力容量の一万分の一もないでしょう。その程度ならすぐさま回復します。自然回復量を上回るほどの想いというのは中々ありませんので。それに、相手を想う力はある程度強くなければなりません。先程はわかりやすく説明する為に、あのように言いましたが」
なるほど、実際はちょっとアイツ強いんじゃないか? 程度では魔力は増えないということか。
「ただ、我々にだけ作用してくれるならまだしも、マイナスの要素もあるわけです。この世界の人々は、汚生魔人は人間よりも強い存在だと強く信じています。その想いが汚生魔人に更なる力を与えている悪循環が発生しているのです」
そう簡単なものじゃないわけか。数百年もの間に刷り込まれた強さへの恐怖。これだけでも想いの力の差はかけ離れているだろう。それに付け加え、信じている者の人数が違いすぎる。世界中の強い想い込みは、どれだけ汚生魔人に力を与えているのか。
「そこで私は考えたのです!」
学園長のテンションがいきなり上がった。真面目な話の流れだったから驚くだろ。
「だとしたら、逆に、国中の人々が強さに憧れを抱くような勇者を創り出すことができたら、その勇者に選ばれた者はとてつもない力を発揮できるのではないかと!」
あー、オチが見えた。
「そんな時に目の前に理想の勇者像があったわけです! 異世界の者であれば、とんでもない設定や能力も強引に納得させられますからね。そこで私はこの日記を翻訳し誤字脱字を無くしわかりやすいように文章を再編集して、小説として売り出したのです!」
余計な事を……俺の意志を完全無視で話が進んでいるよな。
「過剰な宣伝とサクラも功を奏し、大ヒット」
おい、倫理的に駄目な単語が聞こえたぞ。
「この国どころか近隣諸国の人々にまでその名が知れ渡るほどの知名度を得た現状。今、この瞬間を逃すべきではないと、生徒たちの中で魔力が強く、秘密を厳守でき、誰よりも勇者殿の存在を信じ渇望している者を選び、召喚の儀式を執り行ったわけなのです」
これも勇者を召喚したいという一途な想いの力で増幅された結果なわけか。
「なるほど。ここに召喚された理由もいきさつもわかった。俺が力を使えるのは、小説を読み勇者ならこういう技が使える、こんな力があると想い込んでいる多くの人々の想いの力によって、それが具現化されたわけだ。戦闘中に急に強くなったのも、俺が自分の事を洗浄勇者と認めたことによって、想いの力が集まった……ということか」
天を仰ぎ両手を大きく広げ、ぴたりと動きを止める。そして俺に向き直ると拍手をした。
「おー、勇者様。物分かりの良いお方で助かりました」
合わせた手をゆっくりと離し、その両手を下ろし膝の上に添えた。
「勇者よ、改めてお願いしたいのです。この国を救っていただけませんか。私の大切な生徒たちや国民が暮らす、この世界を清浄へと導いて欲しいのです。もちろん、お礼もさせてもらいます。この国の物なら何でもお持ち帰りいただいて結構です」
深々と頭を下げたその姿に、用意していた文句を飲み込んだ。
「どこまで期待に応えられるかわからないけど、やるだけはやってみるさ」
この学園長の掌で踊らされているのは承知の上で申し出を受けることにした。この場面で嫌だとか、理不尽だ、等と駄々をこねる程、幼くはない。表向きだけでも快く了承し、相手に好印象を与えておくべきだ。見知らぬ土地での、今後の生活を考えるなら従うべきだ。
それに、純粋に召喚を実行したあの子たちの期待にも応えたい。
――あとは、期待と計算もある。勇者と呼ばれる立場なら、ここで待っている生活は夢と希望とロマンに満ち溢れているに決まっている。
会社も廃業し、事後処理だけが残っている現実。それと比べたら、こちらの夢のある生活の方に惹かれるのは当然だ。
「一応聞いておくが、元の世界に帰る手段はあるのか?」
「もちろん、用意しております」
なら、何も問題はない。それが本当だという保証は何処にもないが、疑う気持ちは表に出さない方がいいだろう。
容易に人を信じたりはしない。
人は――特に権力を持った人はどんなに善人に見えても、平気で裏切るし、笑顔で嘘もつく。それは身にしみてわかっている。
親父が死んだ時に何かと親身になってくれ、一番信頼していた元請けの担当者が、他と比べて実はかなりの金額をピンハネしていたことを知り、問いただした時の事が今も忘れられない。
「あれー、仕事要らないの? 今、会社継いだばかりで苦しいでしょ? うちとしては切ってもいいんだよ、宗次君とことの契約さ」
と、鼻で笑いながら言い放った、あの顔が今も脳裏に焼き付いている。
考えが甘く、人を容易に信頼しすぎていた自分が馬鹿だった。と言われたらその通りだと言うしかない。
騙した方が悪いに決まっているが、騙された方にも問題がある……そう思わなければ、世の中は渡っていけない。自営業の社長という認識が薄く、愚かだった自分に何度言い聞かせたことか。
何となく、学園長は信用できる気がするが、俺の勘は当てにならないと実証されている。警戒するに越したことは無いだろう。
兎も角、勇者としてやるべきことはやり遂げさえすれば、プライベートは楽しんでも罰は当たらないだろう。異世界召喚物の定番としては、こちらで何十年過ごそうと元の世界では時間が止まっている。そういう風に相場が決まっている。信じているぞ、王道の設定。
それに学園長の言っていた、魔法の国にある物を何でも貰っていいという条件も惹かれる。魔法の品を何か一つ持って帰るだけでも、億万長者になれるよな。
「ありがとうございます勇者ソウジよ! では、ここで暮らすことになる勇者様に守って頂きたい幾つかの決まりと、こちらからの依頼を訊いていただけますか?」
今日から勇者であることを意識し、できる限り優雅に見えるよう頷いてみせた。